第382話姉王女:闇魔法師の隠れた力

「……いいでしょう。ええ、私は寛大だもの。聞いてあげるわ」


 ええそうよ。彼女が裏切るわけがない。ロナは王家に仕える一族。その中でも私に仕えるようにと幼い頃から家族全てが私の下で仕えてきた。そんな一族だから、私がどんな願いをしてもそれを叶えてきた。たとえそれが後ろ暗いことであったとしても。そんな彼女が今更になって裏切るわけがない。そして、そんな彼女が私に問いをかけてきたのだから、それはしっかりと聞かなくてはならないこと。

 忠臣たる彼女の言葉を蔑ろにするほど、私は落ちぶれてなんていないわ。


「ありがとうございます。——私はこれまで殿下のおそばについてきました。殿下が魔法を使用する際も、ほとんど一緒にいたと言ってもいいほどに共におりました」

「そうね。あなたはずっと私の手足として動いてくれてたわね」

「はい。そのために魔法の使用回数を大雑把にですが把握しているのですが、今回はどうにも違和感がございます」

「違和感?」

「端的に申し上げてしまえば、私の把握しているスキルの使用回数と、現在の使用回数では差があると言うことです」


 差、と言われても、私にはロナが何を言いたいのか理解できない。本人も言ったように、私たちはかなりの時間を共に過ごしているけれど、それでもずっと一緒にいるというわけではない。その離れている間に私が魔法を使ったこともあり、把握していない回数があるのは当然のはず。


「差と言っても、百二百であればそういうものかと納得もできます。ですが、今回は一万回ほどはズレがあるように思われます。私の把握していた限りでは、殿下の位階が上がるのはまだしばらく先のことだったはずです」


 一万? 流石にズレがあるのは当然と言っても、それほどの回数がずれるとなると確かに違和感はある。

 けれど、じゃあ何がどうしてそうなっているのか、という疑問が出てくる。実際に私の位階は上がっているのだから、ロナの方がまちがえていると考えるべきでしょう。


「でも実際に私は今位階が上がったわ。それとも、何? 私が見栄を張って嘘をついてるとでも言いたいのかしら?」

「いえ、そのようなことはございません。私が申し上げたいことは、もしかしたら殿下にはスキルを使用しなくても使用回数を上げる力があるのではないか、と言うことです」

「スキルを使用しなくても? ……そのようなものがあると、本気で思っているの?」


 スキルの使用回数を誤魔化すことはできない。それは私だけではなく世界的な常識のはず。

 けれど、ロナは私の思いとは裏腹にはっきりと頷いて答えた。


「ないことはないかと。『武芸者』や『勇者』、他にもいくつかの職は位階が上がるまでのスキルの使用回数を減らす力を持っている場合がございます。殿下の職も、どちらかが一定の条件を満たすとスキルの回数を減らすことができる可能性は十分にあり得るかと」

「勇者……。確かに、聞く話ではそうね。でも、あれはそういう第三位階の常時発動型スキルがあるからでしょう? 私はそんなスキルは持っていないわ」


 伝え聞く限りでは、勇者という職は確かにスキルの成長を促進する力がある。

 それは、勇者は異世界からやってくると言われているけれど、やってきてから一から天職を鍛えたところですでに強いものに追いつけるわけがないから。魔王などの人類の危機に呼び出されるにも関わらず、まともに戦えないのではな意味がない。時間をかければ強くなると言っても、その時間がないのだから最初から強い状態で呼び出すか、もしくは強くなるのに時間がかからない、というのは当然ではあるのでしょう。


 けれど、その成長の速さは『勇者だから』だ。私は選ばれた天職を持っているが、それは勇者ではなく、成長の促進を促すような力は持っていない。


「そもそもどちらにそんな力があるというの?」


 仮にそんな力があるとしても、どちらにあるというの? もし先ほど使った闇魔法の方であれば、ならどうして今までは何の効果も発揮しなかったのかという疑問が出る。


「発動条件からして、闇魔法の職ではないでしょうか。条件は誰かを傷つける……いえ、誰かを殺すこと。それによって余分に使用回数を得ることができるのではないかと愚考いたします」

「誰かを殺すこと、ねぇ」


 言われてみれば、魔法で誰かを傷つけることはあっても殺すことはなかったわ。それが今侍女を殺したことで条件が満たされ、天職の成長になんらかの助けが入ったというのならわからない話でもない。

 けれど……


「ですが、それでも一万回もの差が出るということは少々疑問が残ります」

「そうね。一度の殺しで一万回もの回数を稼げるわけないわね。それならばたった百人殺すだけで第十位階になれるもの。そんな天職が有名になっていないわけがないわ」


 もし闇魔法の特性が私も把握していないだけで『誰かを殺すと成長に補正が入る』ものだったとして、一万回分の補正だなんてありえない。そんな効果があるのならば有名になっていないはずもない。だって一人殺すだけで一万も上がるのなら、たった百人殺すだけで第十位階になれる。

 いくら自身に有利な情報は誰だって漏らさないものとは言っても、それでも王家でも把握していないというのはおかしい。


 ならば、成長に補正が入るにしても、それには人を殺す程度のことではなく他に条件のような何かがあるはずであると考えられるでしょう。


「はい。ですのでまだどういう理屈なのかは分かりませんが、それでも殿下のお力は常識を打ち破ることのできる素晴らしいものだということはわかります」


 けれど、そう。もしも本当に成長に補正が入るような力が私にあるというのならば、それこそ本当に選ばれた者にのみ与えられる力に他ならない。


 そして、そんな力があるのなら……


「……もし本当に私にそんな力があるのなら、アレを引きずり落とすことはできるかしら?」

「殿下が望むのであれば、我々はそのために力を尽くす所存でございます」


 そう言ったロナの表情は楽しげに歪んでいた。きっと、私も同じような顔をしていることでしょう。だって、私をこけにし、屈辱を味あわせたあの愚妹とその仲間たちを地べたに引き摺り下ろし、踏み躙ることができるようになるのだから。


「いいわ。なら、まずは奴隷を用意なさい。数はひとまず百程度。アレには……いえ、お父様にも気付かれないように密やかに集めなさい」


 アレ——愚妹に気づかれないのは当たり前のことだけれど、お父様にも気づかれないようにしないとよね。

 お父様は奴隷を百程度殺したところで何も文句を言いはしないでしょうけれど、後々になってそれを理由に何か私の望まないことをさせられる可能性は十分に考えられる。そうでなくてもお父様の周りの愚図たちが何かしらの文句を言う可能性はある。

 もしそんな邪魔が入ったら煩わしい。だからこそ、せめて位階を上げる力があるのだとはっきりわかるまでは、私が何をしているのか気づかれたくはない。


 全員から一万もの回数補正を受けられるわけではないと思うけれど、百人も集めれば何かしらはわかるでしょう。少なくとも本当に補正が入るのかは判明するはず。その後にもっと人が必要なら、その時はその時でまた何か考えれば良いでしょう。


「その後はどうするのがいいと思うかしら?」


 差し当たっての問題は、今後の方針について。

 百人ほど奴隷を殺して補正の有無を確認したとしても、気づかれないように動くのであればそれを終えるまでにはそれなりの時間がかかってしまう。でも、それでは私はあの弱小の貧乏国家に嫁がなくてはならなくなってしまう。それをどうにかして避けるには……


「今は一旦、王の言う通り南へと嫁ぐべきでしょう」


 と、私はそう考えていたのだけれど、ロナはそんな私の考えとは違う答えを口にした。

 その言葉を聞いて、私は思わず顔を顰める。


「……私に、貧乏人の真似事をしろとでも言うの?」

「申し訳ありませんが、その通りでございます」


 ロナは恭しくそう言ったが、私とってそれはとてもではないけれど認められないこと。

 確かに、ロナが言う通り今はまだおとなしくしていたほうがいいのかもしれない。おとなしくして、準備を整えて、それから動く方が目的の成功率としては高いのでしょう。それは理解できる。


 けれど……


 私はぎりっと奥歯を鳴らしてロナを睨みつけた。


 あんな国に行かないようにするためにどうにかする手段はある。まだ可能性だけれど、それでも手段あるのなら、どうにかするために動くべきよ。


「嫁ぐことになれば、夜を共にすることになるのよ? この私がっ、あんな小国の者とっ!」


 私とて、いずれは結婚することは理解していたし、子を成すことも理解している。

 けれど、それには私に相応しい相手でなくてはならない。とてもではないけれど、あんな国の王如きでは私に釣り合うはずがないの。

 それなのにあんなのと夜を共にし、子を成せと言うの?

 子を成さなかったとしても、私の純潔を失えと、本当にそんなふざけたことを言うの?


「お怒りはごもっともでございます。ですがそれは一時的なもの、南へと向かい、そこで殿下のお力で民衆を操り、混沌としている南部連合をまとめ上げます。その上で、その意思を打倒ザヴィート王家へと向けさせれば、南部の戦力を丸々殿下のお力にすることも可能かと。あちらの王とて、殿下のお力で支配してしまえば、殿下は純潔を保つことができましょう」


 ……確かに、そうすれば私の目的を果たすのにグッと近づくことでしょう。

 扇動者はまだ位階が低いけれど、もし私に成長の補正がかかる力があるのなら、すぐに位階を上げることも可能でしょうし、そうなれば国を乗っ取り、南の連合をまとめ上げ、支配し、好きに使うこともできるかもしれないわ。

 もし副職は補正の範囲外だったとしても、今の状態でも力の全てを個人に向ければ、最低でも王一人程度ならば思考を誘導することはできる。その場合は手間取るかもしれないけれど、コマを作ると言う意味では今の状態よりはよくなることでしょう。


 そう考えると、私は息を吐き出してから口を開いた。


「『扇動者』ね……。ふん。今までこのせいで不愉快な視線を浴びせられてきたけれど、ようやく役に立ちそうね」

「そのためにも、今はあからさまな動きを見せることなく潜み、位階が上がった原因を解明し、位階を上げて備えるべきでしょう」


 そう、ね……。今はまだ、急ぐべきではないわね。

 後二ヶ月近くはこの王都にいることができる。その間にできる限りの準備をして、それから南へと乗り込む。

 そうして南を内側から乗っ取っていき、ゆくゆくは……


「……アレは今王都を離れているのよね」

「はっ。自身の母の実家であるアルドノフ領へと向かったと報告が」

「そう。なら、ちょうどいいわね」


 アレは私からの襲撃を警戒して母親の実家へと逃げ、安全を確保したつもりなのでしょうけれど、それが間違いだったと言うことを教えてあげましょう。


 私が出て行く原因になったあいつも、それを止めなかったお父様——国王も、私へ不躾な視線を向けてきた愚物たちも、全員後悔させてあげるわ。


「……見てなさいよ。あなたの生意気な顔が歪むのを楽しみにしてるわ」


 この国は私のものよ。

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