第359話冒険者ギルドでのお話

「——聖樹の化身様、並びに御子様。お初にお目にかかります。私はこの地にて冒険者ギルド副マスターとして活動しております、ランデルと申します」


 久しぶりにやってきたギルドでは、大して待つこともなく目的の人物——ランデルに会うことができた。

 だが、ランデルはフローラに会うなり一瞬でその正体を見抜き、ついでにリリアのことも見抜き、こうして恭しく挨拶をし始めたのだ。


「面をあげよ」

「はい」

「ふっ。……いったー! なんでえ!?」

「ふっ、じゃねえよ。何馬鹿なことやってんだ」


 ランデルが自分に対して跪いていたからか、かっこつけモードに入っていたリリア。

 だが、そんなリリアの頭をはたいて強制的にカッコつけを終わらせる。


 叩かれたリリアは文句を言ってきたが、そんなのは無視してランデルへと向き直る。


「俺の時はそんな仰々しい挨拶なんてなかっただろうに」

「いやー、そうなんだけどね? でも、それは君たちがそれを望まないとわかっていたからこそ、だよ。それに、聖樹の御子くらいなら、そうなんだ、ってわかるくらいだけど、流石に化身様を前にすると、なんというか、自然と敬いたくなるんだよね」

「フローラすごい?」

「ああ、すごいみたいだな」


 ランデルの言葉に、聖樹の分身体——化身であるフローラは俺のことを見上げながら問いかけてみたいだが、俺にはランデルの言っている感覚がわからないから、すごいらしいとしかいえない。

 だが、エルフにとっては聖樹は神様、或いは天使のようなものだし、敬いたくなるものなのかもしれない。


 そうして挨拶を済ませたところで全員が席につき、俺は状況を話すことにした。


「それで、ここに来たわけかあ。いやー、久しぶりの再会で、かつこんな状況なのに、新しい問題を引き連れてやってくるなんてね」


 ランデルは冗談めかしてそう言っているが、俺だってこんなことになるとは思ってなかった。


「借金や犯罪における奴隷はたとえエルフだろうと合法だが、誘拐による違法奴隷名前の通り違法だろ。俺たちは保護しただけだ。何も悪いことなんてしてないんだから問題ないだろ?」

「それはそうなんだけどね? でも、わかってるだろう? 違法ではなくても問題がないわけではないってことに」


 ランデルの言うように、確かに違法奴隷を助けることにも問題がないわけではない。

 法律上では違法奴隷を所有することは悪なんだから、それを解放、保護するのは悪いことではない。

 だが、違法奴隷を持っているのは大抵が権力者だ。そんな奴らから奴隷を解放するとなったら、その権力者本人やその繋がりが敵に回ると言うことになる。


 しかし、そんな問題は俺にとっては問題ではない。


「まあな。だが、その問題も近いうちに消える。頼みたいのは、その〝近いうち〟が訪れるまでの間、こいつを保護してほしいんだ」

「……どうするつもりなのかな?」


 ランデルは不思議そうな様子で問いかけてきたが、俺はここに来るまでの間に考えた案を口にする。


「王太子にコネがある。違法奴隷の一斉摘発をさせる」


 正直言ってそこまでやってやる必要もないんだが、違法奴隷を理由にすれば第二王子、及び裏切り者勢力の奴らを糾弾することができる。

 今の状態だと、ちょっと無理矢理感がするんだよな。壊れている街の復旧に力を入れるべきなのに、なんで身内の粗探ししてんの、って。


 もちろんそれも裏切り者を探し出すために必要だといえば理解は得られるだろうが、それよりは外からやってきたエルフのお姫様が騒いでそれに巻き込まれた方が流れとして自然だし、文句がつけづらい。何せ、その外からやってきたエルフの姫——リリアの人気は、もはや市民の中では王族なんかよりも上なんじゃないか?


 リリアが同族であるエルフが違法奴隷になっていることを知って、それを助けるために動いた結果の全摘発。これが俺が考えた大まかな流れだ。

 もちろん細かいところに不備はあるだろうし調整をする必要はあるだろうが、基本はこれで行く予定でいる。


「そんなことができると? 本気で?」

「できるさ。どれだけ黙認されていようと、違法は違法だからな。——というか、無理でもやらせる。断れば、街が森に変わるからな」


 ぶっちゃけ、ここまで関わった以上見捨てたらリリアが絶対に文句を言うし、やっぱり聖樹も文句を言うかもしれない。他のエルフ達だって悪感情を持つだろう。特にランシエな。

 一応今も八天に所属はしているが自分の森に帰っているあのハーフエルフ。あいつは、もし俺が違法奴隷がいるのを知っていて見捨てたとなったら、怒鳴り込んでくるだろう。殺されはしないだろうが、面倒なことになるのは間違いない。

 だったら、ここで多少の多少の無茶をしてでも助けたほ俺の特になる。はず。

 それから、ここで見捨てたりしたら……後味悪いからな。


「街が森にって……それはまた、すごいね?」


 そう言ったランデルの表情がどこか引き攣っている気がしたが、気のせいじゃないだろうな。


「でもまあ、そういうことならわかったよ。……ああ、そうだ。ランシエには連絡を入れた方がいいかな?」

「ランシエ? 別にいなくても……いや。呼んでくれるならありがたいな」


 ランシエがいなくても、カラカスの住人やエルフ達は協力してくれるだろうし、俺たちだけで助け出すことも可能だ。


 だが、保険という意味ではいてもいいし、もし身分がバレた場合は八天がやったことにすれば問題は小さくなる。誰も八天に逆らおうなんてしないはずだからな。


 それに、その後の対応にも味方の八天が神兵以外に増えるのは好ましい。王太子やフィーリア、それから市民の間で聖女と呼ばれているリリアの守りとして使える駒が増えるんだから。

 二人で三人を守ることは難しいが、守りに使える駒が増えるというのは事実だ。


 ついでに、オマケだがもう一つ意味がある。どこに消えたのか知らないが、最後の一人の八天である錬金術師がもし第二王子、もしくは裏切り者陣営についた場合、神兵の言葉だけだと王太子の真贋が証明できなくなるからな。

 だがランシエがいればこっちの八天は二人になり、向こうは一人。こっちの意見が優先されることになるので、その部分ではもう「その王太子は偽物だ」って攻めることができなくなる。


「そう。なら呼んでおくよ。多分、エルフの違法奴隷の件を伝えれば、三日もあれば来てくれるんじゃないかな? もしかしたらもっと早いかもね」

「それはありがたいが……そもそもそんなすぐに連絡できるものなのか? それに、同族とはいえ、呼びつける事ができるほど親しいのか?」


 いくらランシエが同族であるエルフのことを大切にしているとしても、そう簡単に呼びつける事ができるとは思えないんだが……


「ああ。これでも一応、あの子は僕の姪だからね」


 ランデルは一瞬目を丸くしてこちらをみると、そう言ってからどこか子供のように笑った。


 ——◆◇◆◇——


「どうだ、この庭。前にあったのと比べて、変なところはないか?」


 二日後。今日は俺が作った庭にフィーリアを招待していた。


「見事ですね。本来ならば別々の時期に咲くような花が共に咲いているというのは、お兄さまのお力ですか?」

「ああ。まあ、それなりに頑張ったよ」


 庭はさまざまな花が咲いていて、別の季節に咲くものが隣り合わせで咲いていたりしている。

 こんな光景は、いくら王族といえどそう簡単に見られるものではない。聖樹のそばで聖樹からの力を与えられるか、もしくは《品種改良》ができるようにならないと見られない光景だろう。


「ですが、安心しました」


 そんな庭を見ながら、フィーリアは言葉にしたように、どこかほっとした様子を見せた。


「安心って、何にだ?」

「ここが魔王城にならなくて、という意味です」

「なんで庭造りが魔王城なんて話になるんだよ」


 確かに俺は魔王と呼ばれているが、何でもかんでも魔王と結びつけるのはやめてほしい。

 せっかく頑張って作った庭の評価がそんなもので、少し不満だ。


「そうはもうされましても、お兄さまは魔王でいらっしゃいますし、当然といえば当然の心配ではないでしょうか? お兄さまは、やりすぎるところがあるようですし」


 そう言われると、なんとも否定しづらい気もする。

 だがしかし、俺だって自重というものくらい知っているんだ。流石に迷惑になるようなことはしないさ。


「……流石に、俺だって街の外ではそんな好き勝手やったりしないさ。お前が言うような魔王城らしい作りもやろうと思えばできるけど、俺が庭を作ったとしても使うのはお前達なんだし、お前達に迷惑になるようなことはしないって」

「そのようですね。流石に寄生樹やトレントのように危険な植物を使われていたら私も笑えませんけれど、このような素晴らしい庭を造っていただけたのですから、お任せして良かったです」


 え? あ……そう? ……そっかー。トレントは笑えないかー。まあそうだよな。普通ならトレントって結構危険植物だし……。そっかー……。


「……」

「お兄さま……?」


 フィーリアは俺の反応に何かを感じたのか、訝しげな表情で俺のことを呼びながらこちらの様子を伺っている。

 そして、何かに気が付いたのか、一度俺から視線を外し、改めて庭を眺めてから再び俺へと視線を戻してきた。


 だが、その表情はどうにも先ほどまでの庭をほめていた様子とは違って見える。

 そして、おずおずと口を開いて問いかけてきた。


「……あの、一つお伺いしたいのですが」

「……ああ、なんだ」

「えっと……それでは、この樹はいったい、なんと言う樹でしょうか?」


 そう言いながら、フィーリアは俺たちの座っている場所に木陰を作ってくれていた樹を指さした。

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