第336話巨人狩り・一体目

 確かに、スキルで作れる道具は一つだけ、なんてことは誰も言ってないけどさぁ。でもあれ、かなり大変なんじゃないか?

 俺も一応鎌っていう武具を作ることができるからわかるが、あれは二個三個と同時に作るものじゃない。

 スキルの回数云々には関係ないが、精神的にかなり疲れるんだ。


 同時に作れないなら手放してしまった物を消して新たに作ればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうはいかない。

 ああいったスキルで作った武具ってのは、一定距離自身から離れると制御権がなくなるから時間経過以外には消すことができない。

 しかも、その武具を生み出しているリソースは使われ続けたままだから、その武具を失ったまま次に作るのは一本目ではなく二本目ってことになる。


 だから、普通なら魔剣も聖剣も、一度奪ってしまえばおしまいだと考えるものだ。実際、あの新王もそう考えていたみたいだし。


 だってのに、そこに実はもう一本作れます、なんてなったら、今までの行動も犠牲も無駄骨でしかないことになる。


「ふざけるな! 複数の魔剣など、そう簡単に生み出せるものではないはずだ!」

「そりゃあお前の周りににゃあ雑魚しかいなかったってことだろ。なんもねえところから一本の剣を作り出せるんだ。だったら、魔剣を複数本作れたっておかしかねえだろ? ちっとだりいが、まあそれだけだな」


 だるいで済ませることができる親父は大概だよな。


「ばかな……そんなことが……。ありえぬ……。このようなこと、あるわけがない」


 親父の言葉を聞いた新王、ゆっくりと首を左右に振りながら放心したように呟いている。

 巨人の全身に傷をつけ、腕を代償にしてまで奪った剣だというのに、それがこうも簡単に新しいものを用意されたとなっては、そうなるのも無理はないだろうな、と思う。


「あるわけがねえっつっても、実際にできてんだから認めろよ」

「だが……くっ! な、なら! もう一度奪うまでだ!」


 その言葉に反応して巨人は再び親父に向かって折れた剣を振り下ろした。

 親父はその剣を弾いたが、同時に持っていた魔剣も弾かれてしまい再び無手に戻ってしまった。


 ……さっきまでは何度もまともに打ち合ってた癖に、今回はやけに簡単に手放すな。


「これでどうだ! 二本目も奪って——やった……ぞ……?」


 なんて思ったんだが……


「言ったろ、複数作れるって。二本しか作れねえなんて、誰が言った?」


 親父の手には黒い光を放つ魔剣と……


「それと……悪いな。魔剣だけじゃなくて聖剣もだったわ」


 真剣とは真逆の光を放つ聖剣が新しく生み出された。


 これで、都合五本の剣か。魔剣と聖剣は別のスキルだから回数が被らないにしても、最低でも魔剣は三本同時に生み出していることになる。二本だけでもすごいのに、三本だなんてのは普通じゃまずありえないことだ。

 まあ、それをやったのが親父だと思うと「そんなもんだろうな」と納得できるから不思議だ。


 そんな両手に剣を携えた親父の姿を見て、新王は何も言えなくなってしまったのか間抜けに口を開いたままボケッと親父のことを見つめていた。

 あの反応は、初めて自分の常識の埒外の存在に出くわしてしまった者の反応だな。たまに俺も似たような目を向けられるから知ってる。


 だが、親父はそんな新王を攻撃することもなく、何を思ったのか持っていた二本の剣を徐に空中に放り投げた。

 投げられたその二本の剣はそのまま落下するはずだった。だが、物理法則なんて知ったことかとばかりに空中に放られた剣は地面に落ちることなく宙に浮いた。

 そしてそれは今投げた二本の剣だけではなく、先ほど弾き飛ばされた剣や巨人に突き刺さったままだった剣までもが同じように宙に浮かび、親父の元へと一人でに戻って滞空した。


「これは剣士の第三位階スキル、《舞空剣》。自身の剣を操って動かすだけのスキルだ。まあそれほどマイナーってわけでもねえし、剣士なんてそれなりに一般的な職だから知ってるだろ? 冒険者の中にはこれを使って十本の剣を操る『舞踏剣』なんて呼ばれる奴がいるらしいな」


 親父が言ったのは、剣を自在に操るスキルだ。自在にって言っても、同時に何本もの剣を使うなんてよほど卓越した使い手じゃないとできないだろう。それが十本ともなれば、達人を越して超人とか言ってもいいと思う。


 だがそもそもの話として、親父の言った『舞踏剣』ってやつはこのスキルを使って何本もの剣を同時に操るらしいが、それは実剣を使って行うものだ。決して魔剣や聖剣を何本も作ってやるようなものではない。


 だってのにそれを魔剣や聖剣を使って実行しようとは……。

 なんて呆れていた俺だが、そんな俺の目の前でありえないような光景が視界の中に入り込んできた。


 親父の背後で、一本、また一本と魔剣と聖剣が生み出されては列をなし、微動だにすることなく宙に浮いていったのだ。その総数は十本どころの話ではなく、その十倍……百本はありそうだ。


「——さて問題だ。俺は何本の剣を作ることができると思う?」


 背後に剣の戦列を従えた親父は、どこか楽しげにしながら手に持った剣を新王に突きつけて問いかけた。


「まあとりあえず、百本の剣をプレゼントしてやんよ」


 ただ飛ばすだけじゃあない。その全てが達人が振るうが如く敵の攻撃を捌き、敵に傷を作っていく。

 巨人もどうにか対抗しようとしているのか折れた剣を振るい、身を捩って避けようとするが、魔剣を受けた巨人の剣はどんどん小さくなっていき、身を捩ったところで意のままに伸ばすことのできる聖剣の攻撃を避けることはできなかった。

 最終的に、親父の生み出した合計百本の魔剣聖剣は全てが巨人の体に突き刺さった。


「巨人の体にゃあ爪楊枝程度のもんを百本刺したところで大した害は出ねえってか。なら、もう百本追加だ」


 そう言って親父はまた新たに百本の剣を生み出し、その全てを巨人に向けて飛ばし、操り、切り刻んでいく。

 そしてある程度切りつけると再びその剣を全て巨人に突き刺した。


「もう限界のようだな! 突き刺すだけで剣を操れなくなったか!」

「勝手に勘違いすんのはいいが、俺はもう操れないなんて言ってねえんだがな」


 親父がそう言うや否や、巨人に突き刺さっていた二百本の剣は一斉に動き出し巨人の体を切り刻んだ。


「巨人のブロック肉、完成だ。ま、食いたかねえけどな。巨人の肉ってかてえし」


 バラバラにされたと思った巨人はその全てが同じサイズのサイコロ状になっていた。


「どうだ? 結構目立つかっこいい感じの戦い方してみたんだが、どうよ? かっこよかったか?」


 辺りが巨人の肉と血で彩られた地獄みたいな場所で、そんな光景を作り出した親父は俺の方に振り返ってそう問いかけてきた。


 かっこよかったかって……確かに最初に見せ場云々とかよく見とけとか言ってたけど、そのためだけにあれだけの事をしたのかよ。二百本の魔剣聖剣を作って操るとか……親父の話で出てきた十本の剣を操る冒険者なんて、親父に比べたらまさしく児戯ってもんだろ。井の中の蛙もいいところじゃん。

 それなのに、そんな力をかっこつけるためだけに使うとか、馬鹿じゃねえの?


「やけに手間かけてんなと思ったが、んなこと気にしてたのかよ」

「まあ神剣は作んのに時間かかるってのもあるが、滅多にねえ活躍の場だからな。最近はこんな大物の相手してこなかったし、暇潰しも兼ねてあそびにはちょうどよかっただろ」


 まあ、この間の戦争もその前のも、俺たちだけで片付けたから親父はほとんど何もしていない。やったことと言ったら、他の国が攻め込んで来れないように国境のあたりに大規模な一撃をぶっ放しただけ。……だけっていうにはいささか規模がおかしなことになってる気もするけど。


 けど、そんなわけだから親父が活躍が足りないと思うのも無理ないかも知れない。


「まあ、見栄えで言ったら映える戦い方ではあったな。見てて結構楽しかったし」

「そーかそーか。なら上出来だな」


 俺の言葉を聞いた親父は楽しげに笑うと、腕を一振りしてそれまで存在していた全ての魔剣と聖剣を消した。

 実際、無数の剣が宙を舞うのはすごいと思った。一つの命が消えるような危険な光景だったってのに、思わず魅入ってしまうくらいに綺麗だと思った。


「ま、まだだ! 我はまだ負けてなどおらぬ! まだ巨人はもう一体いるのだ!」

「ああ、まだいたな」


 なんか今の親父の戦いを見て、それだけでお腹いっぱいって感じがしたんだが、俺たちが対処するべき相手はまだもう一体存在している。


「それほどの力、確かに認めよう。貴様は強かったとな! だが、それもここまでよ! 今までに何度スキルを使った? もう限界であろう! 今の貴様に巨人など倒せるわけがない!」


 新王はそう叫んで親父のことを見下すが、その声には怯えが混じっているように聞こえた。

 俺たちは敵対しているわけだし、親父は剣を解除したことで隙ができてるんだしで、わざわざ大声を出して語りかけてくる必要なんてない。あいつはただ巨人で不意打ちすればよかった。

 なのにそれをしないのは、不意打ちなんてみっともない、なんて見栄じゃなく、自身の怯えを隠すための虚勢じゃないだろうか?

 叫び、言葉にして見下すことで自信を奮い立たせ、自分は負けないんだ、と思い込むためのもの。それが今の新王の言葉の裏に隠されていた感情だと思う。


 だが、それも無理もないことだろう。あんな自分の常識をぶっ壊すような光景を目にしてしまったら、そりゃあそうなる。


「そうでもねえが……」


 そんな新王の言葉に頭をぽりぽりとかきながら親父は小さく否定の言葉を呟いたが、それを新王にはっきりと伝えることはしなかった。


「ま、ここは選手交代と行くか。もう一体はお前の獲物だって言ったしな」


 そして、再び俺の方へと振り返ってくるとそう言ってきた。

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