第300話神兵:生き残った後

 ・神兵


 魔王の攻撃を受けた僕だったが、体の中で暴れる何かを強引に押さえつけ、どうにか沈めることはできた。

 だが、それでも完全に押さえることなんてできず、腹の中で暴れていたそれは僕の体を突き破ってその姿を見せた。

 それがなんなのか、見下ろしてみれば植物の根のように見えなくもないが、人の体から植物が生えてくるなど常識的に考えてありえない。

 寄生樹という人に限らず生き物に寄生する植物は存在しているが、これとは見た目が違ったはずだ。


 などと、そんなことを考えていると首になんだか強い力を感じ、体が横に弾き飛ばされた。


 《闘神化》を使っていたおかげか、その衝撃を受けても怪我を負うことはなかったが、しばらく意識を失うことになってしまったようだ。


 意識を取り戻してゆっくりと体を起こし周りを見てみれば、辺りに人の姿はなく、目の前には僕たちが攻め込むはずだったカラカスの街が健在だった。


 ——た、戦いは! 戦いはどうなったんだ!


 そう思って慌てて背後を見てみるが、そこには焼け野原になった陣地——〝元〟陣地と、そこを通ってカラカスを行き来する人の姿があるばかり。

 一瞬その人達の姿を見て、街を占領することができたのかと思ったが、違った。

 その人の姿は、味方のものではなく、カラカスの住民のものだった。


「くっ……まさかこれほどだとは」


 想定外すぎる敵の強さに思わずそう呟くが、今はそんなことを口にしている場合ではないんだとすぐに意識を切り替える。

 この場でどうするべきか。それを考えなくてはいけない。

 まず大事なのは……あまり見たいものでもないが、この腹から生えている謎の植物をどうにかしないとだろう。でなければ、いくら肉体性能が高いからと言っても遠からず死んでしまう。


 だが、処置をするにしてもこの場を離れなければ。こんなところでノロノロと動いて手当てなんてしていれば、すぐに見つかって再度狙われてしまうだろう。普段なら一般の敵程度なら問題ないが、今はまずい。


 この場から離れるのは確定だが、その方向の候補としては二つある。退くか進むかだ。


 ……進もう。敵から逃げる、生き延びる、という点で考えるのなら退いた方がいいだろう。


 だが、僕は騎士だ。あそこにはもしかしたら王太子殿下が捕まっているかもしれない。ならばそれを助ける必要がある。

 仮に捕まっておらず逃げ出すことができていたのだとしても、敵の状況を確認するのはそう悪いことでもないはずだ。


 それに、あまりやりたいことではないが、必要とあれば治療に使うものをぬす……調達することだってできる。この怪我はどうにかする際に、薬があるかないかでだいぶ変わるだろう。


 だから街の中へと逃げ込もう。

 そう決断すると、僕は身体強化を発動して一瞬で壁まで辿り着き、壁を越えて街の中へと侵入した。

 壁を越える際に戦闘があるかとも思ったが、どうやら敵はもう戦いは終わったと考えたのだろう。その場にはいなかった。

 あるいは、本来そこにいるはずの敵は、僕たちの味方である王国の兵達を追いかけに向かったのかもしれない。


「……。…………くそっ」


 壁を越えた後は這々の体で隠れられそうな場所を探して腰をおろしたが、もうまともに動くことはできそうにない。


 しかし、まだやらなければならないことがある。この怪我の処置だ。


 改めて自分の腹から植物が生え出しているなんて光景を見るのが、全身を引っ掻き回されるような不快感がある。


 加えて、そんな光景をはっきりと認識したからか、今になって全身にものすごい痛みが発生した。スキルの効果が切れた、というのもあるだろう。

 それは、常人では耐えきれないであろう気が狂いそうなほどの痛みだが、幸か不幸か、肉体性能の高い僕はその程度では死なない。


 だが、ここからこれをどうにかするには……


「腹を開くしかない、か……」


 完全に腹に埋まっているどころか、腹の中から生えている植物を取り除くには、強引に腹を破きながら引っこ抜くか、腹を開いてから取り除くかのどちらかしかない。

 他にも人がいればできることがあったのかもしれないが、あいにくと今いるのは僕だけで、僕にはその方法しかない。

 普通ならどちらの方法であっても死んでしまうような大怪我だが、僕には副職の『治癒師』がある。

 あまり位階が高くないために一瞬で傷を治すなんてことはできないが、多分耐え切ることはできるだろう。

 それでも失敗して死ぬ可能性は十分に考えられるが……やるしかない。やらなければ死んでしまう。


「うぎっ、ぐっくううううあああああっ!!」


 取り除く覚悟を決めた僕は、自分で自分の腹を割くというその覚悟が鈍らないうちに剣を取り、その刃を腹に入れた。


「はあはあ……っ、くう……」


 そうしてどうにか腹の中にあった気味の悪い植物を取り出し、すぐに治癒をかけたが……もう二度とこんなことはしたくない。


 だが、傷そのものはどうにかすることができた。これで死ぬことは無くなっただろう。

 とはいえ体力の消耗は激しいし、スキルの回数もさほど残っていない。僕は他の者達よりもスキルの最大使用回数が多いわけではない上に、つい今しがたの治癒でほとんど使い果たしてしまった。


 しばらく休めばなんとか動ける程度には体力は回復するだろうけど、スキルはそうはいかない。使えたとしても後十回程度が限度だろう。


 しかしだ、生き残ることができ、こうして街の中に潜入することもできたのだから、後は様子を伺いながら行動していけばいいだけだ。

 大事なのは、まともに戦えるようになるまで気づかれないようにすることだが、敵もまさか僕が街の中に逃げ込んでいるとは考えないだろうし、しばらくは見つからないはずだ。


 そう考えると多少は安堵することができ、僕は壁に寄りかかってゆっくりと、深く息を吐き出した。


 だが、そうして落ち着いてしまえば思い出されるのは先の戦いのこと。

 あの戦いで僕は敵——おそらくは魔王のものであろう攻撃を受けて倒されたが、その際に他の者達も同じような植物が腹から突き出した状態になっていた。

 僕はこうしてどうにか治すことができたが、他の者達はそうはいかないだろう。全員殺されていると考えた方がいい。……とても、そんなことは信じられないが。


「まさか僕たち『八天』が全滅させられるとは……」


『八天』それはこの国最強の八人の称号だったはずだ。にもかかわらずこうも容易く殺されることになるなんて思いもしなかった。

 だから、僕の口からはそんな言葉が漏れてしまっていた。


「よおよお。お疲れさん」


 不意に、建物の外からそんな声が聞こえてきた。


「……っ!?」


 さっきまでこの建物の外には誰の気配もなかったはずだが……くっ。消耗しているとはいえ、気を抜きすぎだ馬鹿者!


 ここは建物の中であり、僕がここにいることは誰も知らないはずだから僕に話しかけているわけではないだろう。

 外にいる他の誰かと話をしているのだろうが、相手はどんな人物だろうか?

 そう思って外の様子に意識を向けるが……


「あっちの魔女の方も生き延びてるっぽいから全滅ってわけでもなかったぞ。すげえなお前ら。さすがは第十位階ってか?」


 その言葉で僕は咄嗟に立ち上がってそばに置いていた剣を手に取った。

 バレていないはずだった。僕がここにいるなんて、誰にも知られていないはずだった。

 にもかかわらず、この声は建物の中に隠れている僕に向かってかけられている。

 その上、その言葉はこの建物にただ誰かが隠れているのではなく、僕という『八天の一人』が隠れているのを承知のものだ。

 つまりこの声の主は、僕を捕らえに来た敵だということになる。


 ——早すぎるっ!


 それが嘘偽りのない僕の内心だった。

 確かに敵地に侵入するのにまだ明るい時間から壁を超えて街に入るなどというのは、些か相応しくない行いではあるだろう。

 だが、壁の内側に侵入を果たした後はすぐにその場を離れたし、誰にも見つからないようにここまでやってきたはずだ。


 あるいは勘違いである可能性もないわけではないかもしれな……


「勘違いでも偶然でもねえから、さっさと出てこいっての。こっちだって建物を壊してえわけじゃねえんだ」


 ……どうやら、この人物は本当に僕のことを認識していて僕のことを呼んでいるようだ。

 どうする? どう対応するのが正解だ? ここで素直に出ていくか、あるいは壁を壊して逃げるか。

 だが、僕がここにいると知った上で姿を見せたのなら、いるのは最低でも第八位階以上だろう。

 だが、たとえ第八位階第九位階の者だとしても、複数で作戦だって動けば僕達を殺すこともできる。

 だから周囲も同程度の力を持ったもの達に囲まれているはずだ。


 声のする方向と逆に逃げたところで、あらかじめ準備を整えて罠を張られたところを進むのは、今の消耗している僕ではまともに逃げ切ることができるか怪しいか……。


 そうなると、最善はどこにいるのかわかる敵のところを進み、倒して囲いを強行突破するべきだろう。

 複数を相手するのは難しくとも、最初に一人倒してしまえば敵の作戦にも穴はでき、綻びができればそこを突き破ることはできるはずだ。


 そう覚悟を決めると、僕は軽く体を動かして調子を確認した後、右手には剣を持ち、左手には槍をとる。

 街中ではあまり槍というのは使いやすいものではないが、それも状況次第。今の突撃と同時に攻撃を仕掛けるような状況なら、少しでもリーチがある武器というのはありがたい。


 ——よし、行こう。

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