第256話新しい街の在り方

 

「……俺としてもあんたと手を組んだのは良かったと思うよ。けど、あれはやりすぎじゃないのか?」


 突然話しかけられて少しだけ……本当に少しだけびびったが、まあなんとか無難にいつも通りの様子で答えることができたと思う。


「はて、やりすぎと言われるような何かをしてしまいましたかね?」


 エドワルドは俺の言葉にすっとぼけて首を傾げて見せたが、それで誤魔化されないことは本人もわかってるだろう。あくまでもこれはただのおふざけ。

 この会話の狙いとしては俺の気を紛らわせるための小芝居だろう。本題でなくて少し横道に逸れた話であったとしても、少しでも話すことができればこの空気になれることができるから。


 その気遣いはありがたいと思うんだが、その狙いの裏にある俺のことを舐めている考えがわかるだけにちょっと不愉快に思わなくもない。


「しただろ思いっきり。攻めてきた奴を潰したのは俺たちだけど、その後、弱ってるところに人をやって領地をぶん奪ったの誰だよ」

「誰でしょうか? 私はただ困っている方々に私のもとで働きませんか、と提案しただけですが? あくまでもあれはあの方々が協力して下さった結果です」


 そもそも困る状況を作ったのは誰だよって話だ。人を送って脅したくせに。

 まあ元々貧しい土地だったみたいだし、人によってはエドワルドに雇われ、俺たちの下に入ることで幸せを目指すことができるようになるから大歓迎なのかもしれない。


「結果で言うなら相手からしてみりゃあどっちでも同じだろ。そもそも人を盗られただけでもだいぶ損害だろ。今後のことも考えると領地としても国としても頭の痛い問題だと思うぞ。そのうち抗議文でも来るんじゃないか?」


 今回の領地強奪事件。俺たちからしてみれば使える場所が増えたって感じで喜ばしいことではあるんだが、それを所有していた国からしてみれば普通に迷惑な行為でしかない。なにせ無理矢理奪われたんだからな。

 流石に領地全部を奪ったわけじゃないが、それでも奪われたことに変わりない。


 今俺は抗議文と言ったが、それで済めば嬉しいなって感じだ。実際にはそれ以上の何かしらの行動があるだろう。


「その辺は私は関与していませんので。考えたいのならあちらで勝手に考えればいいのですよ」


 だが、エドワルドは国の対応など気にすることなくそう言ってのけた。


「もしそのことに腹を立ててまた攻め込んできたらどうする気だ?」

「その辺りは頼りにしています。今回手に入れた労働者たちの稼いだ金の一部をお譲りしますので」


 そしてその対応をこちらに丸投げしてきやがった。

 まあ、攻め込んできたら対応するけどさ。国を相手に戦うのに対して金を払うって言っている以上は、こいつなら適正価格を払ってくれるどころか色をつけてくれるだろうし。


「んで、その増えた奴らはまとめ切れんのか? 暴れて面倒があるようなら俺はお断りだぞ」


 はあ、と俺がため息を吐き出すと、親父が話に入ってきた。


「それはもう完璧に。労働者を虐げるのは愚か者のすることですから。労働者には気持ちよく勧んで働いてもらうことで作業効率が上がるんです。無理強いして効率を落とすなど……金にならない」


 無理やり住んでる土地を奪われて傘下に入らされたって聞くとひどいことをしてる感じだが、今まで貴族に虐げられていた平民達からするとこいつの話はいいことだよな。適度に働いて適度に金をもらって楽しんで、危険からも守ってもらって……ってなると、この世界からするとだいぶホワイトだ。

 でも実際のところそうだよな。ただ追い詰めて強引に働かせるとか、作業効率が悪すぎると思うし。


 だが、平民達の労働環境がいいのはいいが、予想外にも土地を分奪ってきたのに全く悪びれないのもどうかと思う。

 そのせいで色々と起こるってのは俺でもわかるんだし、こいつがわからないはずがない。少しは反省というか、すまなそうにしてもいいんじゃないだろうか?

 確かに預けたのは俺だけどさ、そんな無茶するとは思わないじゃん。


「お前の金事情はどうでもいいけどよお。こっちに面倒を持ってくんじゃねえぞ?」

「さて、それは周りの反応次第ですのでなんとも。ああ、私からは攻め込んだりしませんのでご安心を」

「……はあ。めんどくせえなぁ。今からでいいから全部返してこいよ」

「嫌です」


 はっきりとした、どこか子供っぽくすら聞こえるエドワルドの否定の言葉を聞いて、親父はこれからの展開を思い浮かべたのかだるそうに椅子の背もたれに寄りかかった。


「まあ土地を奪うなんてバカをやったけど、やったもんは仕方ないとしきな。そんなことでぶーたれるよりも、起きたことばっかりについて話すんじゃなくて、今後どう対応していくのか話し合わないかい?」


 と、そこで南のボスであるカルメナ婆さんが、指先でトントンと机を叩いて注目を集めながらそう切り出した。


「そう切り出すってことは、なんか考えがあんのか?」

「ないわけじゃあないね。でもあたし一人で決めちまっていいわけでもないだろう? だからそれを話し合おうって言ってんじゃないかい。そのためにこうして集まったわけだしね」

「そりゃあそうだ。……まったく、そこの眼鏡には困ったもんだな。めんどくせえ」

「そうは言うけどね、あんた。今回のはそっちのバカにも理由はあれども、あんたはあんたでバカやって西を潰しちまっただろう?」

「ありゃあ俺から仕掛けたんじゃなくてあいつからだ。俺ぁ悪かねえだろ」


 確かに親父は五帝の一人を殺しはした。

 だが、今回のことは花園の方を攻めてきた貴族に唆されたことで西のボスが動いたらしいから、親父はただ自分の領地を守っただけとも言える。


「だとしても、結果的に五人いたボスがここ最近で三人まで減っちまったんだ。それに、街の外に新しく街もできた。土地も増えて人も増える。今まで通り、とはいかないだろう? この街の在り方も変える必要があるとは思わないかい?」


 新しい街ってのは花園のことだよな。ばあさんもチラリと俺のこと見てきたし、そもそもそれ以外に該当する場所なんてないし。


 そして、五人いた統治者が三人に減ったんだから新しく体制を変える必要があるのは理解できる。

 中央が消えただけならそれぞれが追加で支配地を増やせば良かったが、西みたいな分割しづらい場所が消えるとなるとどうやって分配しましょうって話になる。

 地図を見て街の支配地域を三分割して線を引き直すこと自体はできるが、地図上ではなく実際にそれを行いましょうってなると建物の作り替えやなんやらが必要になる。それは現実的ではないんじゃないかと思う。


 そのあたりのことはどうするんだろうか? 新しい誰かを五帝に加えるとか?


「じゃあどうすんだよ。誰か一人が王様にでもなれってか?」


 親父としては冗談で言ったんだろう。だが……


「察しがいいじゃないかい。その通りだよ。領主と名乗るか王と名乗るかは考える必要があるだろうけどね」


 親父の言葉を聞いた婆さんは、おや、とでも言うかのように軽く驚いた様子を見せると、一つ頷いてから答えた。


「……はあ?」


 そんな婆さんの答えに、さしもの親父も一瞬だけ言葉に詰まったように目を丸くすると、訝しげな表情になって疑問の声を漏らした。


「いいんじゃないですか? どのみちここは王国の領土内にあっても王国として暮らしてきませんでしたし、ここらで独立していっその事新たな国を名乗った方が金が入ってきそうです」


 しかしそんな驚いた様子を見せる親父とは違ってエドワルドは特に驚いた様子を見せずに同意を示した。

 でもこいつ、こんなにスムーズに頷くってことは前から似たようなこと考えてやがったか?


「……お前らそれでいいのかよ」

「私は特には。アイザックと違って領地だ縄張りだボスの座だと言うものに興味はありませんでしたから。金稼ぎのために有用だったから使っていた。それだけです」

「あたしも似たようなもんだねえ。娼婦ってのは舐められやすい。それぞれがバラバラに動いてちゃあ、あいつらみたいなバカどもに対抗できないからまとめて組織として動いている。それだけの話だよ。まともな頭が統治するってんなら、それを拒む理由はないね」


 そんな二人の言葉に親父はテーブルに肘をつけながら頭を押さえる。


「……お前ら、ボスだってんならもっと真剣に考えろよな」


 親父が意外とまともなことを言っている気がするけど、気のせいだろ。

 だって集まったメンバーの中で親父を真面扱いしなくちゃいけないってなると、他のメンバーの頭の中が不安になってくるもん。


「それじゃあ方向性は決まったし、次はこの街の王様を誰がやるのかって話に行こうかね」


 そんな頭が痛そうにしている親父のことを無視して、カルメナ婆さんは話を進めた。


「それはその人でいいんじゃないでしょうか?」

「はあ? 俺が王様なんてガラかよ」


 エドワルドが親父のことを指差しながら提案をしたが、親父は嫌そうな顔をして文句を言っている。


 まあ、親父の性格から言えばそう言うだろうけど、適任って言えばそうだよな。エドワルドも婆さんも、王様って言うにはなんか違う気がするし。


「良いんじゃないかい? この街で王様やるってんなら、まず力がないとだろ? あたしたちにそれだけの力があると思うかい?」


 婆さんは首を振って答えたが、そん否定を込めた言葉を親父はさらに否定した。


「ねえわけでもねえだろ。そっちのメガネは魔法具を使いまくれば街の一つ二つ制圧できんだろ。婆さんだって『娼婦』の第十位階にいってんだからなんかしらあるだろ。《魅了》とかよ」


 エドワルドの場合は金をかけて魔法具を買い漁っていけば、準備に時間はかかるけど戦力としては十分だろう。


 だが、エドワルドのことは理解できるからいいんだが、問題は婆さんの方だ。……婆さん、あんた第十位階だったのかよ。

 そりゃあ長生きしてるし『娼婦』が実際に娼婦やってたんだから毎日のようにスキルを使うことだってあったかもしれないけどさあ。

 単純計算で一日五十回くらい使ってれば六十年で第十位階にいけるから、十歳から使い続けてれば七十歳で第十ってのは理解はできる。できるが……まさか、こんな身近に第十位階がいるとは思っていなかった。


 しかし……婆さんの『魅了』かぁ。なんか、失礼かもしれないけどあんまり受けたくないなぁ……。

 若い頃だったら魅了されたのかもしれないけど、今の婆さんにスキルを食らったところで魅了されるのか微妙な感じがする。

 まあそんな考えをぶっ壊して効果を出すのがスキルってもんだけどさあ。


「金がかかるので嫌です」


 うん。エドワルドは予想通りっていうか、予想を外さない答えだな。


「あたしの場合は純粋に歳だからねぇ。魅了系のスキルは見た目で効果が変わんのさ。こんな婆さんの見た目だと……まあ精々千人も操れれば上出来なもんだよ」


 できるんだ、魅了。なんだろう、幻覚を見せるとかだろうか?

 それならばまだマシだけど、対象の好みを熟女……いや、老女に強制的に書き換えるとかそんなんだったら……嫌すぎる。


「それでも十分にやべえだろうが」


 親父はいやそうな顔でそう言っているが、確かにやばい。その見た目で千人も魅了できるって事実もだけど、千人も好きに操ることができるってのはかなりやばいだろ。

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