第197話ドラゴン狩り

 

 どう見ても隙だらけの状態だ。相手は最強種なんて呼ばれるほどの化け物で、本当ならここで徹底的に攻勢に出て殺すのがこの状況においての正しい選択なのだろう。

 だが、こいつはただ殺すだけじゃ気にいらない。


 これが使役系のスキルを使うやつに操られてたんだったら俺だって考えるさ。仕方なかったんだな、と判断してすんなりと殺しておしまいだ。


 だがこいつは違う。


 確かにスキルによって行動を変えられたということはあるかもしれない。本来いた場所とは違う場所に無理矢理連れてこられたのかもしれない。人を襲うようにも命じられたのかもしれない。

 でも、人を襲ったのはこいつ自身の意思だろうと思っている。でなければあんな人を見下し、甚振るのを楽しんでいるような嗤いなんて浮かべたりなんてしないはずだ。


 口の中の痛みは一旦無視することにしたのか、ドラゴンは先程から自身に痛みを与えてくる敵——つまりは俺を殺そうと大きく腕を振り上げた。


「《案山子》」


 だが、その腕は俺ではなく全然的外れな場所へと振り下ろされることとなった。

 案山子による意識の誘導だ。

 普段ならドラゴンなんて強者相手じゃそんなものは効かないだろう。案山子に付与されてる『挑発』ってのは、まだ覚えたばかりだからそれほど効果が強いってわけじゃないからな。


 だが、今の状態なら別だ。

 最強種であるが故に、今まで他者から傷つけられたという経験はなかったかもしれない。気ままに動いて好きなことをする。そんな生活をしてきて、誰からも止められたことはなかったんだろう。

 それなのに俺みたいなのが現れ、訳のわからない痛みを与えられている。


 今まで好き勝手してきた暴君がそんなことになってしまったんだ。怒っているだろうし、焦ってもいるだろう。困惑もしているかもしれない。もしかしたら恐れだって感じているかもしれないな。


 そんな精神が乱れている状態では、たとえ効果が弱かったとしても、敵意を誘導するなんて効果をまともに受けてしまっても無理はない。


 ドラゴンはなんで攻撃がそれたのか理解できないのか叫び声を上げてから今度は反対の腕で同じことをしたが、結果は同じだ。案山子を生み出し、そちらに意識を向けてしまい、自分から攻撃の対象を変えてしまう。


 そして、そうこうしている間に俺はドラゴンの下まで辿り着き、ドラゴンは立ち上がる土煙のせいか俺の姿を見失っているようで困惑したような叫び声を上げている。

 好都合。そう判断した俺はニッと口元に笑みを浮かべると、大きなその体を支えている腕に触れた。


「《肥料生成》」


 そう口にした瞬間、ドラゴンの腕は俺の触れているところから黒ずみだし、異臭を放ちながら溶け始めた。


 今までのこのスキルでは、触ったところだけを肥料の前段階として腐らせることしかできなかったが、今は違う。

 もうだいぶ前の話だが、第五から第六位階に上がったことでスキルは強化されていた。その恩恵として、俺が直接触れていなくても触れたところの周辺までも腐らせることができるようになっていた。

 加えて、今までドロドロのヘドロ状態になっていたが、それもちょっと固形が残るようになってきた。ちゃんと肥料を作れるようになってきたってことなんだろうが、まあそれは今はどうでもいいか。


 感覚が鈍いからなのか知らないが、大人が数人がかりで手を広げないと囲えないくらい太い腕の三分の一ほどまで腐ったところで、ドラゴンは足元まで潜り込んでいた俺の存在に気づいた。


 俺の存在と自身の腕の状態に気がついたからかドラゴンは叫びながら乱暴に腕を振り回して後ろへと離れてしまったが、よほど痛かったのか、後方にいた人間の軍隊を巻き込みながら着地した。そんなことになれば当然下敷きになった者は潰れてしまうが、人でない存在にそんなことは関係ないようで俺だけを見ている。


 そんなドラゴンの腕の半分ほどは腐り落ち、向こう側が見透かすことができる状態だ。


 そして、離れたとは言ってもそんな腕で体を支えることができるはずもなく、ドラゴンはズシンと音を立てて地に倒れることとなった。


 倒れたドラゴンを見た敵軍——ザフトの連中が混乱したような悲鳴をあげているのがそこら中から聞こえる。

 だがそれも当然だろう。何せドラゴンだ。伝説や御伽噺の存在だ。英雄や勇者がいなければ、たとえ軍隊が相手でも下手をすれば滅ぼされてしまうような相手。それがドラゴンだ。

 完全に使役したわけではないのかもしれないが、そんな存在を味方につけることには成功したのだ。だから勝てると確信したわけだし、だからこそこんなところまで攻め込んできたのだろう。


 だというのにだ。その肝腎要のドラゴンが倒されてしまった。それも二体もだ。二体とも別々の人物が倒し、片方は満身創痍だとはいえ、ドラゴンを倒されたという事実は変わらないし、ドラゴンを倒した片方に至っては怪我一つなく立っているのだ。騒がずにはいられないだろう。


 しかし、さすがは最強種というべきか。片腕を壊され、一度は倒れたドラゴンではあったが、残っていた三本の手足で立ち上がり、残っている片方の目でこちらを鋭く睨みつけてきた。

 だが、その視線には当初の傲慢さはなく、怯えのこもったものだというのが簡単に理解できるほどに情けないものになっていた。


 そしてまたブレスを吐こうとしているのか口を開いたが、俺がポーチに手を突っ込むとビクリと体を震わせてからガチンッと音が聞こえるほどに勢いよく口を閉じた。

 多分だが、口を開けたらまた攻撃を喰らうと思い出したのだろう。


 だがこれだけ距離が開くと他に攻撃手段はないようで、迷うように唸った後叫びながらこちらに向かって突っ込んできた。


 突進という単純な物量攻撃ではあるが、ドラゴンの身体能力と頑丈さ、それにその巨体が合わさるとただの突進が必殺技に早変わりだ。


 だが……


「《播種》——《生長》」


 ポーチから取り出した種を残っていたドラゴンの目に向かって放ち、そのままいつもの通りにスキルを重ねてやれば、それでおしまいだった。


 突進しているにもかかわらず視界を潰されたドラゴンは、上げていた叫びの色を悲鳴へと変えた。

 だが、悲鳴をあげようともその突進の勢いは多少落ちただけで止まる様子はない。今の状態でもまともに食らえば俺は簡単いに吹っ飛ばされて死んでしまうだろう。


 だが、それはまともに食らえば、だ。目が見えず心が乱れている状態の突進なんて、俺にとってはゴブリンと戦うよりも簡単に対処できることでしかない。


「《天地返し》」


 そう口にした瞬間、目の前にあったはずの地面が宙に浮き、百メートル近い範囲の大穴ができた。


 目が見えないドラゴンは何かが起きたのは察したかもしれないが、そのまま突進を止めることなく突き進み、穴へと落ちていった。

 そして宙に浮いていた地面がくるりと反転し、穴に落ちたドラゴンの上へと落下していく。


 結果、本来は国が総出で軍隊を派遣するか、時代を代表するような英雄、英傑、勇者が戦わなければならないような存在であり、生きた災害とすら呼べるほどの化け物であるドラゴンは……全身から植物を生えさせ、片腕を半ばまで腐らせた状態で体の半分を地面に埋められることになった。


 無様……とは言えない。周りを見ればドラゴンという何相応しい破壊の跡があるのだ。先ほどの突進だってその直線上にあったものは消し飛び、地面には大きな跡ができている。そんな光景を見て到底無様とは言えないだろう。

 だが、その光景は異様でしかないだろう。


 そんなドラゴンの姿を見たからだろう。ドラゴン達を連れてきたはずのザフトの奴らも、奴らに連れてこられたであろう魔物達も、後ろで見ているはずのザヴィートの奴らも……誰も彼もが何も言わず、動かず、ただただその場に立ちすくんでいた。


 ……いや、かすかにだが後方からはまだ戦っているのか物音が聞こえる。だが、それもごく少数だけ。多分だが、ドラゴンがどうなったのか見えない兵達が戦い続けているのか、動きの止まった隙に叩けるだけ叩こうとしているのかどっちかだろうが、まあその辺はどうでもいい。


 静まり返ったその中で聞こえてきた音を無視して、俺は体の半分を地面に埋められて動けないでいるドラゴンに近づき、その首に手を当てる。


 そしてスキルを発動させ——


「呆気ないが、これでおしまいだ」


 ドラゴンの首は黒に侵食されていき、生物としての形を失った。


 一つの区切りがついたことで深呼吸をし、だがすぐにハッと気を取り直すと倒れていた母の元へと駆け寄った。


 意識はないみたいだしかなりの重症を負っているが、それでもまだ生きている。顔色は悪いが、胴体に致命的な怪我はない。

 強いていうなら脚だろう。両脚がドラゴンに踏み潰されたせいでかなり酷いことになっているし、血が流れた跡があったが、意識があるうちに自分で薬でも使ったんだろう。今はもうさほど出血はなく、これならしばらく放っておいても急変して死ぬことはない。……と思う。


 それでもできる限りすぐに医者に見せる必要があるだろう。砦に戻れば治癒師もいるはずだし、いなければアルドノフ領にいるリリアを引っ張ってくればいい。あいつもそれなりに高い位階だったはずだから、この脚だって治すことができるだろう。少なくとも、最低でも容体が急変しないように命を繋ぎ止めることくらいはできるはずだ。


「母さん……」


 そう呟いたのはほとんど無意識だった。

 だが、そんなふうに呟いたってことは、俺はまだ覚悟が決まってないだのなんだの言っていたが心の中ではすでにどうしたいかなんて決まってたってことだろう。


 ここに来るまで散々迷って覚悟がどうとか考えたってのに、その結果がこんなあっさり出るだなんて、我ながら笑えてくるよな。


 ……でも、答えは出た。

 どんな話をすればいいのかなんてわかんないし、この人がどんなふうに俺のことを思うのか、何をいうのかもわからない。正直まだ恐ろしい気持ちはある。それでも、俺は母さんに会えて嬉しいし、ちゃんと話したいとも思えた。……いや、そう思っていたのを理解できた、の方が正しいかな。まあ、その辺のめんどくさい感情の詳細なんてどうでもいいか。


 ともかく大事なのは俺は母さんに会うことができたってことと、後は怪我をしている母さんを砦まで連れて行って治療を受けさせるだけで——


「か、囲え! 敵はここに来るまでにスキルを使い、ドラゴンを倒すのにもスキルを使っている! すでに残りの使用回数などほとんど残っていない死に体のはずだ! スキルの使えない者など取るにたらぬ一般人と同じだ! 倒せ! 倒してしまえ!」


 ——と、意識のない母さんを抱き上げようとしたところで周囲から何やら再会の余韻を吹き飛ばし、雰囲気をぶっ壊す声が聞こえてきた。

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