第186話伯母さん

「ライン? ……あー、あの馬鹿な騎士」

「はい。それです」


 なるほど。あれの血筋だと思えば実力という点では問題ないだろう。現時点でもうすでに才能が見えてる状態だし、これからも成長していくだろうからな。


 ってか、だからフィーリアはあんなやつを護衛として使ってたのか。確かに実力だけでいったら信用できるんだろうが、それでも頭の出来を考えると護衛にするほどのやつだとは思えなかったんだ。だが、それは信頼という点を加味した結果だったわけだ。


 ……ちょっと待った。あいつがアウグストの血縁だとすると、それってアウグストといとこ関係の俺もあの脳筋の血筋が入ってるのか?

 確かに難しく考えるよりも行動しようぜってところはあるかも知れないけど……俺、脳筋じゃないよな?


「あのラインですが、伯父様の奥方であるメリーチェ様の父の兄弟の子だそうです」

「……んん? えー……伯父——領主の妻。その父親の兄弟の子供って、あー……つまりは領主夫人の従兄弟か?」

「そうなりますね」

「随分と離れてないか?」


 ラインの血筋が入ってるって言った割に、ラインとは結構離れてるような気がする。

 ……いや、親のいとこってことはその血筋の源流は曽祖父母あたりで同じなわけだし、そう考えるとそんなに離れているってわけでもないか?


 でも、その感じだと俺には脳筋の血は流れていない感じだな。よかった。


「ラインとはそこそこ離れているといってもいいですが、代々あの家はそういった血筋なので、性格的には似たようなものです。メリーチェ様も似たようなところがありますから」

「似たようなってのは、ガンガン行こうぜ、みたいな感じか?」

「そうですね。多少の不備や不安があったとしても、可能性があるのなら突き進む、という人です」

「そりゃあなんとも豪快な……。貴族の女としてはあまり好まれない性格だろうに」

「ええ。おとなしい従順な女を求めますからね。そのことで本人もそれなりの苦労はされたようですし」


 全部が全部そうってわけでもないけど、貴族社会に限らずこの世界……いや、この国では、か? まあとにかくここでは女は従順であることを求められる。


 俺の周りにはフィーリアやリリアみたいな規格外がいるからそうとは思わないかも知れないが、わかりやすい例としていうならソフィアだ。俺としては縛るつもりはないが、ソフィアは縛られたがっているというか、下につくことを求めているし、俺に尽くすように振る舞ってきた。

 まあソフィアの場合はそれまでの人生が影響してるってのもあるだろうけどな。親から求められずに生きてきたから、誰かに求めてもらおうと特定の誰かに尽くす。

 だが、貴族の令嬢としてそう育てられてきたという下地があったからそうなった、というのも事実だろう。


 レーネが臆病で引っ込み思案なのは、元々の性格もあるんだろうが、前に出過ぎるなと教えられてきたからなのかも知れないとも思わなくもない。


 そんな社会だからこそ、前に出て突き進むという性格はあまり好ましいとは思われないんだろうな。


 しかし、そんな話を聞いて少し思ったことがあった。


「……今更だけど、俺はお前についてあんまり知らないな」


 そう。俺はこいつと兄妹ではあるが、あくまでも血縁上の話でしかないのだ。俺もこいつを妹として〝認識〟しているが、心の底からそう思っているかというと怪しい。

 だからだろうか、こいつのことに関して表面上のことしか……いや、表面上のことすら知らない。何せ、たった今こいつの親族について知ったばかりだし、こいつの騎士が血族として関わりがあるなんてのも今まで知らなかった。そもそも知ろうともしなかった。


「それは仕方ないのではありませんか? 出会ったのなどつい最近の出来事でしたし、今のお兄さまはお母様のことで頭がいっぱいでしょうから」

「そりゃあまあ、そうなんだけどさ……それでもなんつーかな……」


 フィーリアは仕方ないと言ってくれてはいるが、それでも先日のドレスを褒めた時のように歩み寄ろうとしてくれていることを知っているだけに、俺は自分の至らなさが嫌になる。


 だが、だからといって今すぐにこいつについて知ろうと思うことはできない。それはこいつについて知りたくないんじゃなく、今の俺にはそんな余裕がないからだ。今の俺は母親や俺自身の今後について考えるのが精一杯で、そのことが解決するまでは他のことなんてまともに考える余裕なんてない。

 だから……


「俺が何をどう選ぶかなんてわからないが、頭の中の整理がついたらもう少し色々と話してくれないか?」


 それらが片付いたら話をしようと提案してみることにした。


「……。ええ、もちろんです」


 そんな俺の言葉に驚いたようで、フィーリアは一瞬何を言われたのかわからないとでもいうかのようにポカンとした表情を晒し、徐々に目を丸くしていった。だが、最終的には楽しげに微笑んだ。


 前回のドレスの時に引き続き恥ずかしい気持ちはあったが、まあよしとしておこうか。




「あなたが水魔法師だというのは本当ですか?」


 そしてさらに翌日。俺はここの領主の妻であるメリーチェから呼び出しを受け、城の一画にあった庭園へとやってきていた。


 俺はもうリリアのことはレーネに任せて久しぶりの自由を満喫していたのだが、朝起きて朝食をとって部屋に戻り、さて今日は何をしようかと考えたところで部屋に突然メリーチェからの使いがきて驚いた。

 だが、そうして呼ばれた場所に案内されて向かったのだが、やってくるなりそんなことを言われてさらに驚いた。それも結構鋭い視線つきで、周りには普段よりも多い使用人を引き連れて、だ。


「誰がそのようなことを?」


 俺は自分が水魔法師だなんて言ったことはないのだが、どうしてそんな変な話が出てきたんだろう?


「アウグストです。あのこと模擬戦をしたのでしょう? その際に水を操ったと。……あなたは、本当に『ヴェスナー』ですか?」


 ……oh。あの馬鹿が原因かよ。俺は農家だって言っただろうに。

 いや、副職の方が水魔法師だと思ったのかも知れないか……。


 勝手に勘違いしてそれを言いふらすなんてことをしでかしたアウグストのアホには言いたいことがなくもないが、今はこの鋭い視線を向けられている状況をどうにかしないとまずいだろう。


 彼女が言いたいことは理解できる。俺の母親の親族であり俺のことを話すような親しい存在であれば、俺の職について知っていてもおかしくないだろう。俺は『農家』と『盗賊』だ。だというのに、実は『水魔法師』としてのスキルを使ったとなれば、俺が本当にヴェスナーなのか、もしかしたらその名を騙っているだけの別人なのではないかと疑わしく思うことだろう。


「……メリーチェ様が何をおっしゃられたいのかわかっているつもりですが、私はれっきとした『ヴェスナー』ですよ」

「では、それを証明なさい。本物であれば、水魔法ではなく『農家』と『盗賊』の天職を持っているはずです」


 それで呼び出したのが庭か。ここなら多少スキルを使ったり動き回ったりしても問題ないからな。


 本来はあまりスキルを使うのを見せびらかしたくないんだが、この状況では仕方ない。メリーチェは既に知ってるんだし今更だとは思うが、もう他の使用人たちに関しては諦めるしかないか。


 そう判断すると、心の中でため息を吐き出してから『農家』として《天地返し》と《生長》を使い、『盗賊』として使用人の一人から《紐切り》と《スリ》を使ってボタンを盗むことで自身の職を証明して見せた。


「これでいかがでしょうか?」

「……確かに両方ともあっていますわね。ですが、ならば水魔法を使ったというのはどういうことですか?」


 だが、メリーチェは自身の息子から聞いた話との食い違いが気になっているようで、すぐに信じるということはできないようだ。


「『農家』のスキルの中には水を放出するというスキルがありますので、それを使わせていただきました。操ったわけではなく、ただ放出しただけです」


 ただ放水しただけって言ってもスキルを同時に十回分くらい使ったから結構な勢いにはなったが、まあ言ってしまえばそれだけだ。


「確かに『農家』にそのようなスキルがあることは確認しております。ですが、それはただ指先から水を撒く程度のものでしょう? 人を飛ばすほどの勢いなど出ないはずではありませんか?」

「初期の状態ではそうですね。ですが、位階や最大使用回数が上がればスキルの効果も上がる。それは『農家』に限らずどの天職でも同じことだったはずです」


 スキルの効力に関しては俺だけではなく世界の常識と言ってもいいくらい当たり前のことだ。そんなことをメリーチェが知らないわけがないのだが、どうしてそんなことに気づけないんだ?


「……その通りですわね。ですが、そうなると別の疑問が湧いてきます。ただ指先から水を出すだけのスキルとのことですがどれほど位階を上げれば人を吹き飛ばすことができるほどの威力が出せるようになるのですか?」


 ……ああ、なるほど。気づけなかったんじゃなくて理解できなかったのか。まあ俺の年齢で人を吹き飛ばすほどの効力を出せるほどの位階にたどり着くことはできないだろうし、回数だって俺より上の年齢出会っても普通はたどり着けない境地だ。だからこそ、貴族としてスキルを使ってきた経験則があるからこそ、俺がどうしてそんなに効果の高いスキルを使うことができるのかという考えが思いつかなかったんだろう。何せ、俺の位階や最大回数は常識って道から二、三本道を外したところを進んでるからな。


「今の私の位階は第六位階です」


 天職と副職に引き続き、できることなら位階も教えたくはないのだが、状況的に教えるしかないので仕方なく教えることにした。


 だが、自分からバラすだけの価値はあったようで、その効果は覿面だった。


「第六!? まさか、その歳でですか!?」


 俺の天職の位階を聞いた瞬間、メリーチェはそれまでの淑女然としていた態度を一変させ、声を荒げた。


「奥様」


 使用人の一人が声を荒げた自身の主を嗜めるが、そう言った声はわずかながら震えていた。多分この人も驚いているが、使用人としての誇り的なあれそれで驚きを隠して自分のするべき行動をしているんだろう。


「失礼しました」


 使用人たちに声をかけられたことでハッと気を取り直したメリーチェは軽く呼吸を整えてから謝罪を口にしたが、位階を教えれば驚かれるのも理解していたので、俺としては驚かれようがそれによって突然叫ばれようが特に気にすることではなかった。


「いえ。位階に関しては驚かれるのも理解できますので」

「そう、ですわね。あなたは今十五、だったかしら?」

「十四です。今年で十五ですので、あと半年程度ですが」


 大した違いでもないかも知れないが、一応訂正しておかないとな。


「そう。……どっちにしても、その年齢で第六位階など、普通であればありえないことです。何をしたのですか?」

「何をと言われましても、普通に努力しただけです」

「努力?」

「はい。スキルは自身の使用回数限界まで使うとその使用限界回数が増えます。ですので、毎日気絶しながらスキルを使い続けました」

「……は?」


 また驚かれるんだろうなー、なんて思いながら答えたんだが、案の定メリーチェはまたも驚いたような声を漏らした。

 だが、その声は先程の驚きとは違ってなんだか理解できないとでもいうかのようなものが混じっていた。


 うん。まあそれも予想できたよ。今までの奴らだって同じような反応してたし。

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