第135話ランサーキャット、襲撃

 

「ランサーキャットか。生息地はわかるか?」


 少女からの依頼を果たすために、俺は早速とばかりに後ろを歩くソフィアへと声をかけた。


「確か、西に一日ほどの山の麓だったかと」

「……よくわかるな」


 ぶっちゃけとりあえず聞いてみただけなんだが、まさかまともな答えが返って来るとは思わなかった。


「先日従者の天職が第三位階に上がりましたので、《知識》というスキルを手に入れました。これからは今までよりもお役に立てるかと存じます」

「ってことは、天職も副職も第三位階になったわけか。これは俺、抜かされたかな?」

「年齢を考えれば妥当なところではありませんか? むしろ私よりも五年も下であるにも関わらず、比べ物になっているという時点でおかしいと思いますが」

「俺はほら、頭おかしいから」


 俺が冗談めかしてそう言うとソフィアはくすりと笑ったが、一応従者なのに主が頭おかしいって言って笑うのはどうなんだ? 別にいいけどさ。事実だし。


「なんにしても、優秀な従者で助かるよ」

「お褒めに預かり恐悦至極です」


 先ほど部屋を出てくる際にあの依頼人の少女に言った言葉をまるっきり同じで返され、俺は肩を竦めながら歩き続けた。


「ちなみにその《知識》って何ができるんだ?」

「自分が必要だと思った情報を忘れることなく記憶し、好きな時に引き出すことができるというものです。ですが覚えるときも引き出す時もスキルを使うことになりますので、そこが少々難点と言えばそうです。言ってしまえば、見たもの全てを記憶することのできる『司書』のスキルの劣化版ですね。あちらは覚えた後は自由に記憶を引き出すことができますから」


 劣化版というが、それは事実だ。基本的に従者の天職はいろんな分野のことができる代わりに、他の天職の劣化版が多い。例えば今言った知識だとか、裁縫や料理。それぞれ司書、裁縫師、料理人のスキルの劣化版だ。


 まあ主人のサポートとしての職なわけだし、いろんな分野のことができる必要はあるかもしれないが、だからって全てにおいてプロフェッショナルである必要はないんだから、そんなスキル構成になっても仕方ないのかもしれない。


 ちなみに『従者』の第二位階のスキルは《裁縫》だが、流石に戦闘には使えないのでこれまであまり活躍したことはない。旅をしてれば活躍できないってこともないんだが、残念ながら今のところは刺繍をしたり小物を作ったりしてるだけで、後はたまに戦闘でできた服のほつれやなんかを直してるくらいだ。


「で、この辺の魔物や採取物の情報を全て覚えたって?」

「はい。レベルアップしたのは先日ですのでひとまずはこの辺りだけですが」


 それだけでも十分すぎるほどに十分だ。ソフィアが覚えてなかったらまずランサーキャットがどこに生息してるのかから調べないといけなかったからな。手間も時間も省けて万々歳だ。


「でも一日か。日帰りは無理っぽいな」

「向こうで目標が見つからずに泊まることも考えると、二泊三日でしょうか」

「そんな感じだな。準備は……」

「おまかせを。メイドとして万全の準備をいたしましょう」

「よろしくな」


 そんなわけで俺は準備の一切をソフィアに任せ、翌日にはランサーキャットのいるらしい森へと向かうことにした。

 ……でもこれ、今更感するけどソフィアを頼りすぎか? もし今回の旅に一緒にソフィアが来なかったら、もっと色々と面倒だっただろうな。


 でも、頼りすぎって言っても今ソフィアが抜けると絶対に困るし、まともに生活できるか怪しい気がしてくる。

 ……いや、あれだ。持ちつ持たれつってな。人という字はうんたらかんたら……。まあ戦闘面では役に立つから、それ以外は任せた!


「——で、やってきたわけだけど……」


 目的地の森にたどり着いた俺たちだが、その森の入り口前にして俺は背後にある馬車を見た。


「毎回思うけど、馬車はもうちょっとどうにかしたいよな」

「どうにか、とは内装についてでしょうか?」

「ああいや、そっちじゃなくて守りの方。俺たちが二人で行動することになるとこいつら放置することになるだろ? 防御の結界とか姿隠しとか、なんかそういう道具が欲しいよなって」


 毎度森の中に入ったりどこぞに放置する時に思っていたが、後は宿に泊まる時もか。そう言った馬車から俺たちが離れるときには何度も思ってきたことだが、これを放置するってのは些か不用心すぎる気がする。カラカスでは街中であってもこんな馬車を放置しておけば速攻で盗まれるか壊されるぞ。


 カラカスの街が特殊だってのはあるだろうから普通なら街の中、それもどっかの宿に泊まっていれば盗みなんてないだろうが、それも絶対じゃないし、そもそも今は街中ですらない。

 こんな周りが敵だらけと言っても過言ではない状況で馬車という金のかかるものを放置するのは、ちょっと心配なのだ。できることなら何かしらの対策をしたいところではある。


 そしてその方法として一般的なのが魔法の道具で固めて守ることだ。


「ああ、そうですね。理想で言えば両方ですが、どちらもそれなりの金額をしますから難しいところですね。特に姿隠しの方は、魔法師系の職を持っていて尚且つ隠密系統のスキルを持っていないと作ることができませんから、単純な防御用の魔法具よりも高くなってしまいます」

「魔法師系の職もちしか魔法具を作れないのがネックだよな」


 魔法具ってのは天職か副職に魔法師系の職があるやつじゃないと作ることができない。例えば、土魔法師の天職であれば土系統の魔法に関する道具が作れるし、天職か副職のどっちかで隠密系のスキルを覚えてれば、その隠密の効果を持った魔法具を作ることができる。

 逆に言えば魔法師の職がなかったり、求めている効果のスキルを覚えていなければその効果の魔法具を作ることができない。そのために魔法具は基本的にどんな効果のものであっても高価だ。……駄洒落じゃないぞ?


「他には仲間を増やすという方法もありますが……」

「んー……今はパスかな。今はお嬢様の依頼を受ける途中だし、仮に奴隷を買うにしてももうちょい後じゃないと」


 奴隷に限らず仲間を増やすってのはありと言えばありだが、今の俺たちはこの後どういう状況になるのか読めない。なので今仲間を増やすのはやめておいたほうがいいだろう。


「ですね。とりあえず、そのことは後でじっくり考えるとして、今はランサーキャットの方を先に片付けるべきかと」

「だな。っし、じゃあそろそろ行くか」


 そうして俺たちは話に区切りをつけると装備を確認し始め、ついでに俺は森の中の様子を確認することにした。


 後はいつも通りの流れだ。見つけた対象の元までいき、潜伏、観察をして倒すだけ。


 そうして植物たちから教えてもらった場所まで行った俺たちは、そこに目標の魔物であるランサーキャットを発見することができた。いつもながら、反則級のスキルだよな。便利だし迷うことなく使うけど。


 そこにいたのは体長二メートルくらいの、もはや猫ではないだろと文句を言いたくなるくらいの大きさの猫だった。

 だが、その猫は大きさ以外にも特徴があり、一つは猫よりも顔が厳ついこと。厳ついと言ってもゴリラのようになってるわけではないが、例えるなら野良猫のボスみたいな、ちょっとゴツい感じの猫って顔つきだ。

 そしてもう一つの特徴。これが最も大事なことだが、尻尾が鋭く尖っていることだ。

 前にハチェットテイルという尻尾の先に斧がついた猿と戦ったことがあるが、そんな感じだ。

 返しのついた槍……というか銛? が尻尾の先についている。資料によると、高速で突っ込んでいってあの尻尾で獲物を貫くらしい。だからランサーキャットなんて名前だそうだ。


 だが、そんなのは接近される前に片付けてしまえばそれでおしまいだ。そのためにもよく観察しないとな。

 今は気づかれてないからいいけど全部で四体倒さなくちゃいけないわけだし、その全部が今みたいに休んでいるところに遭遇できるとは思わないから。だから他の三体と戦う時のためにもこいつの様子を観察する必要がある。一応資料を読んでどんなやつなのか知ってるけど、資料と実際に見るのじゃ違うからな。


「いたな。まあいつも通り行くとして……」


 だが、そうしてランサーキャットのことを観察をしようと潜伏し出したところで、不意にランサーキャットがぴくりと反応して俺たちの方へと顔を向けた。


 ——気づかれた!?


 その思いは間違いではなかったようで、ランサーキャットはじっとこちらを見た後にグッと体を縮こませると、立ち上がる動作を省いて突っ込んできやがった。

 なんであの体勢からこんな速度で走ることができるのかはわからないけど、そんなことは今はどうでもいい。ともかくバレてるのは確実で、なら迎撃しないとまずい。


「くっ! 《播——」


 いや、だめだ! 間に合わない!


 速っ——!


「くっ!」


 スキルを使って迎撃しようとしたが、まだ攻撃する意思はなかったので手には何も持っていなかった。

 そのためスキルを使うには一旦ポーチの中に手を入れる必要があったのだが、それでは間に合わないと判断し、咄嗟にスキルを使うのを諦めてその場を横に飛び退いてランサーキャットの突進を躱すことにした。


「ソフィア!」

「無事です!」


 俺はすぐに体勢を立て直してソフィアに確認の声を投げかけたが、どうやらソフィアの方は問題ないようだ。


 だが、怪我という意味では問題なくとも、戦いという意味では問題がありそうだ。


「思ったよりも速いな」


 ギルドの資料通りランサーキャットは木々を蹴って森の中を跳ね回っているのだが、それが思っていたよりも速い。

 位階が上がって身体能力が強化されているから見えるけど、そうじゃなかったら結構まずい。頭に食らったら即死、胴体は……ギリギリ生きられるか? でもあの槍は返しがついてるから貫かれでもしたらその後は叩きつけられたりするだろうし、どのみち死ぬな。

 身体能力は圧倒的に負けてて、今の俺たちだとギリギリ避けることができてる程度。純粋なぶつかり合いだったら勝ち目なんてないだろう。


 だが勝てないわけではない。あくまでも純粋に力比べをした場合は勝てないって話で、力で戦ったら負けるんだったら、勝てる戦い方をすればいいだけだ。


 あの猫はどんな体勢からでも突っ込んでくることが可能みたいだが、突っ込んでくるその一瞬だけは動きを止めざるをないようだ。ギルドの資料にもそんなことが書かれている見たいだし、さっきだって体勢はおかしかったもののグッと力を込める動作はあった。

 なら、そのタイミングだけを気をつけていればいい。視界内を動き回ってる影なんて無視して、確実に視認できた姿だけを意識していれば……


「《播種》!」


 こうして仕留めることはできる。


 視界内でフッと何かが姿を現し、それがなんなのかはっきりと認識する前に〝それ〟へと視線を合わせ、俺は予め握っていた種を使ってスキルを発動した。


 その瞬間、今にも飛びかかってこようとしていたランサーキャットは目を潰され、だが走り出そうとしていた力を完全に消すことはできなかったのだろう。もしくは突然の異常に驚いて力を解放してしまったのかもしれない。

 どっちにしてもランサーキャットは視界が効かない状態で突進を行なってしまい、あらぬ方向へと進んでいった。

 そしてその先には俺たちの姿はなく、代わりに大きな樹が存在していた。


 普段のランサーキャットなら避けることができただろうし、着地することだってできたかもしれない。

 だが今は目が見えない状態だ。そんな状態で突っ込んでしまえば衝突は免れず、ランサーキャットは樹に体を打ち付けて死亡した。


「なんとかなったか……」


 予定外ではあったが、一応怪我をすることもなくランサーキャットに勝つことはできた。


 でも、播種の弱点がわかったな。何にでも言えることだが、使う前に攻撃されちゃ意味がない。それから、視認できないほどの速度で動き回られると狙いを定められないからスキルを使えない。


 俺の対応外の速度の敵を相手への対処としては……どうしたもんかな?


 狙いをつけられないなら、狙いをつけずに範囲攻撃をする? いやー、でもそれで当たるって保証はないしなぁ。


 絶対に狙いをつけられる瞬間を狙うとか? 具体的にはカウンターだ。一応俺に向かってくる瞬間は見えてるわけだし、手を翳すとかして触れた瞬間に《肥料生成》を使えば相手が有機物だった場合はなんとかならないか?


 でもなぁ、それも問題あるかぁ。まだ肥料化させる速度が遅いし触れた範囲しか肥料にすることできないから、思いっきり突っ込んでこられたら多分完全に溶かして肥料化させる前に俺がダメージを喰らう。相打ち覚悟なら殺せるだろうけど、相打ちなんてお断りだ。


 まあ避けながら相手に触ることはできそうだし、ギリギリで避けつつ溶かしてちまちま削るしかないか。

 もしくは仲間を使うとかもありか。俺とソフィアのどっちかが引きつけてる間に《播種》を使って目をつぶす。そうすれば後は問題なく勝てるだろ。

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