第109話雨宿り

 

「雨か」

「雨ですね」


 街を出てから数日街道を進んでいくつかの村や町を通って進んでいたのだが、あと数日で王都に着くというところで雨に降られてしまった。

 今に至るまでまで雨が降らなかったことの方が珍しかったのだが、今はそんなことよりもこの雨をどうするかだろう。


「どうする? このまま目的地に向かっても今日中にはつかないだろ?」

「そうですね……確か、少し進路を外れますが近くに村があったはずですので、そちらに向かえば雨宿りくらいでしたらできるかと」

「じゃあそうするか」

「かしこまりました」


 そんなわけで俺たちは本来予定していた道を外れて近くにあるという村に進むことにした。


 心持ち急がせながら馬車を進めていたのだが、しばらくすると僅かな明かりが見えてきたので、きっとあれが例の村なのだろう。


「誰もいないな。雨だから当然かもしれないけど」


 だが、たどり着いてみるとどうにも村の雰囲気が暗いような気がした。今は雨だからなのかもしれないが、どうにも違和感がある。


「とりあえず一番大きな家に向かってみましょうか」


 ソフィアの言葉に同意し、俺たちは村長らしき人物が住んでいるであろう建物を目指して進んでいく。


 宿があればいいんだが、こういった村には宿なんてないことがある。この村もその類いだった。主要な道から外れてるし仕方がない。

 宿のない場合は村長の家や集会所のような場所を借りて寝泊まりすることになるのだが、まあ当然ながら断る人もいる。見ず知らずのやつなんて止めたくないだろうから無理もない。


 しかし聞いてみないことには始まらないので、俺たちは一番大きな家の前に辿り着くと馬車を降りて建物のドアを叩く。


「すみません。旅の者ですが少々よろしいでしょうか?」

「……ど、どちら様で?」


 扉越しに声が聞こえてきた。だが、その声はどこか震えているように聞こえた。怖がられてしまったんだろうか?


「僕たちは王都に向かっているのですけれど、その途中で雨に降られてしまいまして、もしよろしければ代金はお支払いいたしますので、雨が止むまで馬と一緒に雨宿りをさせていただけないでしょうか?」


 そう言うと、ゆっくりだが扉が開き、中から四十過ぎくらいの男性が姿を見せた。

 が、最初は俺の背が低かったからだろう。ソフィアにしか気づいておらず、俺のことなど認識していなかった。


 男性は驚いたのだろう、ポカンと間の抜けた表情をしてソフィアを見ている。まだ昼過ぎとはいえこんな雨の中でメイドが玄関に立っていたら驚くのも無理はない。俺だって日本にいたときにメイドが玄関いいたら似たような反応をすると思う。


 だがそれも僅かなことで、軽く頭を振って話をしようとしたのだろう。だが、そこで今度は俺に気がついて再びポカンとした表情になった。


「すみませんが旅の途中で雨に降られてしまいました。明日の朝、もしくは雨が止むまで泊めていただけないでしょうか?」


 そのままでは話が進まないので、そう声をかけた。

 俺たちだって雨の中立っていたくないんだ。断られたら他の方法を当たらないといけないわけだし、さっさと話を進めたい。


「……二人だけか?」


 だが、その様子は警戒するようにキョロキョロとドアの外を確認したり、何かを怖がっている様子だ。


「はい。あっ、あとあっちの馬二頭も何ですけど……どうでしょう?」


 俺がそう言うとようやく確認を終えたのか、男はほっとしたように一息ついてから俺たちへと視線を向けた。


「まあ代金を払うと言っているし、俺としては構わないが……」


 そう言うと男性は何かに気づいたのか、言葉を止めて俺たちを見た後にスッと視線を逸らした。……一体何を考えたんだか。


「どうかしましたか?」

「……いや。見たところ身なりがいいからな。こんなボロ屋でいいのかと思ったんだ」


 男はそう言ったが、何となくその真意は別にあるような気がした。

 ただ、その真意は現状では何にもわからないし、何かを考えているんだとしても今日はここに泊めてもらいたいので、気づかないふりをして話を進めることにした。


「身なりがいい? ……そうでしょうか?」


 この問いは話を進めるための雑談ではあるが、疑問自体は本当のものだ。

 今の俺は街で普通に売っている服を着ているはずなんだが、それでも身なりがいいとはどういうことだろう?


「普通旅人はほつれも汚れもねえ服なんて着ねえだろ。当て布をしてあるのが普通だ」


 当て布か。そういえばそうだな。他の人たちはそんな感じの服を着てるやつがいたな。まあ破れるたびに新しい服なんて買わないだろうし、そんなもんなんだろう。


「ああ、なるほど。まあこれは気にしないでください。つい先日旅を始めたばかりなのでまだそれほど汚れてないだけでしょう」

「始めたばかりってーとエルベイルかアルドアから来たのか」

「アルドアからですね」

「そうかい。まあいい。うちでいいなら泊めてやるな。馬は……ちっと待ってろ」


 男が一旦ドアを閉めて家の中に戻っていくと、家の中から何かしらの話し声が聞こえてきた。多分家人に事情を話しているんだろう。

 けど、なんだか少し口論になってる気がする。まあ口論ってほど大袈裟なもんでもない感じなんだけど、問題なく話がついたって感じでもないと思う。


「こっちだ」


 少し待っていると再び男がドアから姿を見せたのだが、少し空いたドアの奥からは女性の姿がチラリと見えた。多分あれはこの男の妻なんだろうな。ほんの一瞬だったけど目があった気がする。


 男が俺たちを先導するように歩き出したので、俺は男の後をついていき、馬車はソフィアが誘導することになった。


 そうして家の隣にあった建物の脇を指示されたのでそこに馬車を置いて、馬は馬車から離して案内された建物の中へと誘導していった。


「ここは倉庫だが、納屋はうちので埋まってるから使えないんだ」

「いえ、貸していただけるだけありがたいです」


 納屋であろうとなんであろうと、今は雨を凌げるだけでもありがたい。

 この後はどうしようか。馬と馬車の手入れに自分たちの装備と体調の確認。それから断らなければだが、事情の説明と感謝をこの男と、それから先ほど見えた女性にもしなければならないだろう。


 とりあえず雨で濡れた全身を乾かすところから……


「《浄化》」


 なんて考えているとソフィアが俺の体にスキルを使い、俺の全身を濡らし、服が吸っていた雨水を取り除いていく。

 ただ、一度だけでは完全には弾けなかったようでその後二回ほどスキルを重ねたが、それでもう俺の体を濡らしていた雨は完全に取り除かれた。


 ソフィアに礼を言おうと振り返ると、ソフィアはにこりと笑ってから自分の体に《浄化》をかけていき乾かし、今度は馬にスキルを使って体を濡らしていた雨を弾いていく。だがそれだけでは雨で冷えた体は元には戻らないので馬達を暖かくするために色々と準備していくが、俺はその様子から視線を外して泊まる場所を提供してくれた男を見た。


「改めまして、この場を貸していただきありがとうございます。王都に向けて旅をしている最中だったのですが、突然の雨に振られてしまいまして助かりました。申し遅れましたが、ヴェスナーと言います。そちらがソフィアです」

「ああ。俺はスコットだ」

「家人の方がいるのでしたらご挨拶とお礼を申し上げたいのですが……」

「いらん」

「……そうですか。わかりました」


 家人に会いたいと行ったのだがその言葉は一瞬も迷うことなく断られてしまった。


 その視線はどこか俺たちを品定めしているような視線だ。だが、悪意によるものではなくどこか必死さを感じるような視線。それよりももっと強烈で悪意に満ちた視線を向けられ続けてきたからよくわかる。


「……それで、今日は泊まっていくのか」


 その理由が何か、なんて考えていたのだが、スコットは突然そんなことを言ってきた。

 だが、それはどういう意味だろうか? ここに泊まりたいという話はしたし、スコットだってそのつもりでここに案内したんだと思っていたんだが?


「できればそうしたいですね」

「そうか。まあ、そうだよな。そういう話だった」

「いえ、やはりダメだったでしょうか?」

「いや、そのために案内したんだし、大丈夫だ。問題ない」


 問題ない、なんて口にしてる割には、随分と悩ましげな顔をしているな。それに、先ほどまでとは違って俺と視線を合わせようとしない。


「ただ……」

「ただ、なんでしょう?」


 スコットは何かを言おうとしたようだが、その言葉は途中で止まった。

 その先の言葉を促すために声をかけたのだが、そこでハッと何か思いとどまったように頭を振ると、息を吐いてから俺たちに背を向けた。


「……いや。ただ、あまり出歩かないでくれ。よそのやつがなんの説明もなしに歩いていると驚く奴らがいるかもしれないからな」

「はい。わかりました」


 多分、その言葉は本来言おうとしていた言葉とは違うものなんだろう。そうわかっていても、俺はそれ以上を聞くことはしなかった。


 気にはなる。だが、それでいいんだ。言わないことを無理に聞き出すことはないし、聞き出したところで厄介ごとだってのはわかってるからな。協力を要請してきたのなら手を貸さないでもないが……


 そう考えながら納屋の入り口に向かって進んでいたスコットの背を見ていたのだが、その向こう。開きっぱなしだった扉の傍からスッと一人の女性が姿を見せた。その女性は先ほど俺がスコットの家を尋ねたときにドアの隙間から見えた女性だ。


「お前……どうしてきたっ」

「どうしても何も、お客さんが来たのなら挨拶をしないとでしょう? それに、雨に濡れたなら必要になるかと思ったのよ」


 そう言いながら女性はスコットの横を通り抜け、俺に向かってその手に持っていたタオルを差し出してきた。


「私はマーサよ。寒かったでしょう?」

「おい」


 マーサはタオルを差し出しながら俺に微笑みかけたが、そんなマーサに向かってスコットは非難するように声をかけた。


 だがマーサは気にすることなく俺にタオルを押し付け、俺はそれを受け取った。


 タオルを受け取るとスコットがマーサの肩を掴んでその体を強引に振り返らせたが、その様子を見ればわかるだろうがスコットは明らかに不機嫌になっている。

 そんな状態でもマーサは顔だけをこちらに向け、どこか悲しげに笑って口を開いた。


「ただ、あまり長居はしないほうがいいわ」

「おいっ!」


 マーサの言葉を聞いたスコットは先ほどよりも遥かに感情を込めて叫び、マーサを咎める。

 そしてこれ以上はここにいられない、いてはいけないと思ったのだろう。スコットはマーサの手を掴んで強引に納屋の外へと出ていった。


「いっちゃったか」


 ドアが開きっぱなしになっているために雨が降っている様子がよく見える納屋の中で、俺は二人が出ていった納屋の入り口を見ながらそう呟いた。


 返ってくる声は何もなく、ただ雨の音だけが聞こえてくる。

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