01 先輩を捜して
「あの、この人見てませんか!?」
ある日の早朝。
道行く人へ声をかけ、手に持ったビラを見せる俺。それを受け取った男性は、『知らない』と手を振るジェスチャーをし、そのまま歩き去ってしまった。
小さくなってゆく背中に軽くおじぎをしつつも、また他の通行人へと声をかける。
一体俺が、何をしているのか?その理由は、昨夜起きたある事件から始まる――
※
「えぇっ!?センパイが帰ってきてない!?」
その日俺は本部に呼び出されてキョウヤさんと合同でハイヴァンド討伐に向かっており、一日店を空けていた。
ちょうどセンパイも休みだったらしく、意気揚々と昼頃出かけて行ったそうなのだが――深夜になっても戻っていないというのだ。
「おう……あいつがこんな時間に帰ってこないなんてありえねぇ」
苦々しく吐き捨てるおやっさんに、俺は首を縦に振って同意する。
センパイは元々、いいところのお嬢様だったと以前聞いたことがある。
ある事情で家が無くなり、そこを助けたのがおやっさんらしい。
そこまで思い返すと、俺はある仮説に至る。
「まさか……誘拐!」
机を叩いて叫ぶ俺に、おやっさんが頷く。どうやら、同じことを考えていたようだ。
「明日の朝、捜索願を出すつもりだ」
「じゃあ俺、ビラ作っていろんな人に聞いて回ります!」
「ああ、そうしてくれ。どうしてもお役所じゃ動くのが遅くなるしな」
「押忍!」
こうしちゃいられないと俺は早速部屋へ戻り、作業を始める。
センパイ、どうか無事でいてください――!
※
そんなことがあり、俺は今こうしている。
昨日から一睡もしておらず正直フラフラだが、センパイのことを思えば、それも耐えられた。
しかし、身体はそうでなく。
「うっ……くそ……」
襲い来ためまいに、足元がふらつく。踏ん張ろうとするも、どうにも力が入らない。
そしてついに、俺は倒れ――
「!」
道を歩いていた一人の男性の肩にぶつかってしまった。
「ああ、ごめんなさい!」
急いで立ち上がり、謝る。
「……お前は」
そう小さく呟く男性。スラっとした体形の、若い人だった。
「あの、どっかでお会いしましたっけ……?」
彼の言葉に、返す俺。
男性は「いや、こっちの話だ」と言い、その場を立ち去ろうとする。
そんな彼を、俺は引き止める。
「あの!」
「何だ」
「この人、知りませんか?」
そう言って、ビラを見せる。彼はそれを一瞥すると、
「知らん」
一言、バッサリと言い捨てた。
「そうですか……ありがとうございました」
焦りと不安の伴った声が、無意識に漏れる。
まさか、ここまで何も得られないなんて、と。
「……おい」
そんな俺に、男性が声をかける。
俺が少し遅れて、「はい?」と聞き返すと、
「こいつは、お前にとっての何だ」
俺の眼を見つめ、質問してきた。
そして一瞬、固まってから――
「……その、仕事仲間と言うか。同居人と言うか。とにかく!」
「大事な……人なんです」
拳を握りしめつつ、俺は答えた。
おやっさんの所で世話になるようになってから一年。俺とセンパイは、ほぼ毎日一緒にいた。
まぁ、同じところで暮らしているのだから当たり前っちゃあ当たり前の話なんだけれども。
おやっさんを交えた俺たち三人は、共に働き、バカな話で笑いあい。そして時には言い争い。
カフェ『スターズ』は、俺にとって、最早第三の『家』だった。
一度目は些細な言い争いで飛び出したっきり、永遠の別れになり。
二度目はこの手でその命を奪うこととなり。
そして三度目が、今まさに訪れようとしている。
もう、家族を失いたくない。そんな俺の思いは、一秒ごとに増してゆく。
俺の眼からは、とめどなく涙が溢れ出していた。
「……そうか」
俺の返答に、男性は短く頷くと。
「使え。返す必要はない」
静かにハンカチを取り出して、俺に差し出した。
「ありがとう、ございます……」
それを受け取ると、ぐしゃぐしゃになった顔を拭く。
その様子を見届けた男性は――
「そいつを一枚寄越せ。……手を貸してやる」
「!」
ぶっきらぼうではあるけれど、そう言った。
俺は驚きつつも、「いいんですか」――そう返し、ビラを一枚手渡す。
男性は静かに頷くと、それを受け取る。
そして振り返ると、
「夕方、ここで落ち合うぞ」
短く、そう言った。
「ありがとうございますっ!」
俺は叫び、深々と頭を下げる。
男性は顔をこちらへ向け、俺の様子に少し引きつつも、「フン」と返す。
そして改めて立ち去ろうとしたが――
「あ、ちょっと待ってください!」
あることを思い出した俺が、それを引きとめる。
「何だ」と面倒そうにこちらを見る男性に、俺は言った。
「あの……お名前聞いてませんでしたよね。俺、ジンって言います」
「……ツバサだ」
「っ!」
ツバサ――その名前に、俺はドキリとする。
その名前には、嫌な思い出があるからだ。
突然現れて俺に殴り掛かり、森を消し飛ばした挙句博士に手を出そうとした、あの謎のメモリアナイツ。
傍若無人で暴力的、はっきり言ってクソ野郎。
その男の名前こそ――ヒカリ・ツバサだった。
「……これでいいか」
「あ、はい!」
どもりつつも、俺は去ってゆく背中を見つめる。
そうだ。ツバサなんて名前はありふれているじゃないか。
あんないい人を、あのあんちくしょうに一瞬でも重ねてしまった自分が情けない。
俺は手を振り見送ると、再び道行く人へ声をかけ始めた。
一筋の希望を、抱きながら――
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