11

 がやがやと、賑やかな声がする。でも、耳の中に水が入っているような違和感で、ぼんやりとしか聞こえない。でも、確かに騒がしい。

 意識を向ければ、何もないと思っていた目の前に、信じられない光景が映る。


 ツムギさんの店が、めちゃくちゃ繁盛している。

 席は皆うまっているし、窓からは外に並ぶ客が見えている。おかしい。昨日まで、あんなにガラガラ――どころか、誰も来なかったのに。

 ハッとすれば、極度に緊張しているのか、ツムギさんがむっつりと黙り込んだまま料理をしているのが分かる。

 いけない、ぼーっとしてたら駄目じゃん、わたし、なんの為に雇ってもらったの。


 働かなきゃ! と足を踏み出そうとした瞬間、ハッと目が覚めた。天井はあの屋根裏部屋。ツムギさんの店ですらない。ついでに言うなら、少しばかり早い朝で、営業時間ですらない。ツムギさんはもう仕込みを始めているかもしれないが、わたしの終業時間はもう少し後だ。


 店、混んでたなあ、と、夢の内容をぼんやりと思い出す。でも、実際に体験した出来事じゃないからか、お客さんの顔は誰一人として思い出せないし、性別すら分からない。混雑していた店内を見ていた時には、ハッキリ『お客さん』だと分かっていたのに、起きた今では、店が繁盛していた、という事実しか思い出せない。まあ、夢なんてそんなものだけれど。

 わたしはそんなことを考えながら、着替えを済ます。着替え終わっても、夢の内容が気になって仕方がなかった。


 あれが目指すべき光景だから、というのもあるだろうが、なんだか今日はお客さんが来るような気がしたのだ。わたしのこの予感、昔から意外と当たる。


 予知夢、というほど精度が高いわけではないが、転生して、幼少期から不思議な体験をしてきた。

 湖で溺れ死ぬ夢を見た次の日は、浴槽に顔から突っ込んで酷い目に合うし、火事を目撃する夢を見た次の日は、火傷を負う。悪いことばかりではなくて、好物のリリップ(林檎と桃のハーフみたいな果物)が豊作、という夢を見た日のおやつは、リリップのパイだった。


 いいことも悪いことも、大げさな予知夢を見ては、ささやかなことが現実になる。ちなみに溺れ死ぬ夢を見て、浴槽に頭から突っ込んだことが原因で、わたしは泳げなくなった。前世では結構水泳好きだったんだけど、今は完全に無理。湖に近付くこともなくなった。

 そんなわけで、あれがただの夢ではなく予知夢だとしたら、今日、わたしが勤めてから初めてのお客さんが来るかもしれない。


 わたしは少しばかり――いや、そこそこ、かなり、だいぶ期待しながら、屋根裏部屋を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る