第16話(2) ギリギリで生きていたいから
「? だ、大丈夫ですか、苦竹さん?」
担任の教師や周囲の生徒が心配そうに万夜を見る。
「し、失礼しました、ちょっと頭を滑らせただけです……」
「ふ、不思議な所を滑らせるのですね……ああ、鬼ヶ島さん、貴方の席はあそこです」
「は、はい」
裏返った声で返事した勇次が席につく。
「……鬼ヶ島さん、先生がお呼びですわ」
ホームルーム後、転校生にとって恒例である周囲の生徒からの質問責めにあっている勇次を万夜が言葉巧みに連れ出す。人気のない場所まで来て万夜が口を開く。
「……どういうことですの⁉」
「……こういうことだ」
勇次は低音ボイスで答える。
「姉様が言っていた手配ってそういうことですの⁉」
「学籍などは完璧に偽造してあるからバレる心配はないそうだ」
「外見でバレますわよ!」
万夜がパツンパツンの制服姿に身を包んだ勇次を指差す。
「え……ギリギリセーフじゃないか?」
「じゃないですわ。そもそもギリギリの時点でアウトなのですから」
「……結構な生徒数だし、一人位こういう奴がいても問題ないだろう?」
「問題ですわ……良いですか、勇次様。この学校はいわゆるお嬢様学校なのです」
万夜が両手を大袈裟に広げて話す。
「ああ、分かっている。その点に関しては俺も心配していたんだが、隊長が『ある意味適任だな』とおっしゃって……」
「どこが適任なのですか⁉」
「それは分からないが隊長が言うからには間違いない」
「なんなのですか、その隊長への全幅の信頼は……」
万夜が呆れた様子で呟く。
「万夜、これはあくまでも潜入捜査だからな」
「はあ……」
「要は目立たなければ良いんだ」
「もうかなり目立っていますわ……」
万夜はため息交じりで教室に戻ろうとする。
「あ、認めてくれるんだな」
「……相手の気を引いてくれれば、こちらもそれだけ動きやすいというもの……今日一日よろしくお願いしますわ」
「あ、潜入捜査は今日から5日間の予定だそうだ」
万夜は廊下の壁にドンと頭を打ちつける。
「い、5日間……別の意味で根絶されそうですわね……」
今後の学校生活、お嬢様学園には相応しくないマッチョな女装男性をフォローしつつ、自身の任務を遂行するのはかなり骨が折れる。万夜が暗澹たる気持ちで教室に戻る。
「……ふう、ここまではなんとかなっているな」
授業を三限目まで終えた勇次は小声で呟く。傍らに立つ万夜が応える。
「まあ、転校生には学校の雰囲気に慣れてもらうのが先でしょうから、教師の皆さんも無闇に当ててこなくて助かりましたね。教科書を朗読しなさいなんて言われたら、どうしようかとハラハラしていましたわ」
「この問いに答えなさいとかならともかく、朗読なら問題ないと思うが?」
「問題大ありですわ。終始裏声で英語の長文を朗読されたときには大騒ぎですわよ」
「そうかな? ……次は体育か」
「更衣室は女子のしかありませんから、皆が出た後にお使い下さい。出入り口はわたくしが見張っておきますから」
「それはすまない」
「……皆さん着替え終えましたね。それでは勇次さん、どうぞ」
更衣室を確認し、万夜は勇次を中に促す。
「今は勇子だ」
「どちらでもよろしいですから、早く着替えて下さい。もう時間がありません」
「し、しっかり見張っていてくれよ……」
「はいはい……これでは調査どころではありませんわ……」
万夜が更衣室のドアにもたれながらため息をつく。ジャージに着替えた二人は体育の授業に臨む。体育教師が生徒たちに声をかける。
「……よし! 今日はA組とB組による宿命のバレーボール対決を行う!」
「うおおおっ!」
生徒から雄叫びが上がる。勇次が小声で驚く。
「お、お嬢様学校じゃなかったのか?」
「勝者には豪華賞品だ……『学食一か月割引券』!」
「ふおおおっ!」
「『絶対に負けられない戦い』がここにはある!」
「くおおおっ!」
「教師が煽ってどうするのですか……」
万夜が頭を抱える。
「よし! それでは各自準備しろ!」
「苦竹さん!」
如何にも勝気そうな女子が位置につこうとしていた万夜に声をかける。
「……なんでしょうか」
「これまで我がA組は貴女たちB組に対して苦杯を舐め続けてきましたが……その負の歴史も今日でおしまいです!」
「随分と大げさな物言いですわね……」
「どうやらそちらも強力そうな新戦力を加えたようですね!」
勝気な女子が勇子(勇次)を指し示す。万夜がため息交じりで答える。
「新戦力って、単なる転校生ですわよ……って、そちらもですって?」
「そう! こちらには強力な新戦力が加わりました! さあどうぞ、林葉さん!」
「⁉」
左目に眼帯を付けたさほど長身ではないが細身でスラッとした体格の女性が姿を現す。
「初めまして……林葉笑美と申します……」
女性は丁寧に頭を下げる。オフホワイト色のセミロングの髪がかすかに揺れる。
「ちょ、ちょっと待った!」
万夜が声を上げる。勝気な女子が少し驚く。
「ど、どうしたのですか? 苦竹さん?」
「失礼! 林葉さん? こちらに! 勇次様も!」
「……」
「ああ、もう! 勇子さんもこちらにいらっしゃって!」
万夜は二人を体育館の隅に呼び寄せる。
「あ、貴女、見覚えがありますわ、武枝隊の方でしょう⁉ お名前は……そう、
林根と言われた女性は考え込むとかすかに電子音声が流れる。
『……極力目立つのを回避する為、上杉山隊との合流はぎりぎりまで遅らせるべきと判断。ここでの素直な肯定はベストとは言い難い……』
間を置いて女性が答える。
「……いいえ、私はごくごく普通の女子高生、林葉笑美です」
「ごくごく普通の女子高生はかすかに電子音声を流さないのですよ!」
「その眼帯には俺も……アテクシも見覚えがあるかと思ったんですが、他人の空似か、気のせいだったぜ……だっただすわよ」
勇子の呟きに万夜が突っ込む。
「こんな他人が居てたまりますか! 後、口調を無理やりお嬢様に寄せないで下さい!」
「そろそろ試合が始まりますので……失礼します」
林根が金属音をギシギシと鳴らしながら、自らのチームに合流する。
「もう十分過ぎるほど目立っていますわよ……」
万夜が頭を抱える。
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