第15話(1) おもちゃ購入

                  弐


「鬼ヶ島、参りました」


「入れ」


「失礼します」


 勇次が隊長室に入る。


「訓練から数日……体の具合はどうだ?」


「あ、はい。大丈夫です。隊長は?」


「すぐに武枝に治癒してもらったからな、大事ない」


「そうですか」


「改めてだが……すまなかったな」


 御剣が席を立ち、勇次に頭を下げる。勇次が戸惑う。


「な、なにがですか?」


「貴様の姉君を利用して、貴様を煽ったことだ」


「あ、ああ……人体実験がどうとか……」


「そんな噂は全く無い。本当にそのようなことがあるのなら、全力で姉君を奪還する」


「は、はい……でも、あれは俺の力を引き出す為に吐いた嘘ですよね? 全然気にしていませんから。むしろありがとうございます」


「……そう言ってもらうと助かる」


 御剣は席に座った。勇次が尋ねる。


「ところで何の呼び出しでしょうか?」


「ふむ……貴様は今よりもさらに強くなる必要がある……とは先日も似たようなことを言ったと思うのだが」


「はい」


「妖絶講に入隊して数か月……知力・体力・精神力と、それぞれの面で目覚ましく成長を遂げているように思う」


「ありがとうございます」


 勇次が頭を下げる。


「だが、もう一段階踏み込んだ成長を貴様には求めたい」


「もう一段階?」


 勇次が首を捻る。


「そうだ。あえて言葉にするなら……『賢さと素早さと粘り強さ』といったところか」


「は、はあ……ど、どうすればいいでしょうか?」


「そうだな……まずは『素早さ』だな」


「素早さですか……」


 その時、部屋のドアをやや乱暴にノックする音が聞こえる。


「樫崎千景、来たぜ」


「来たか、入れ」


「うぃーっす」


 千景が首の骨をポキポキと鳴らしながら、部屋に入ってくる。


「トレーニング中に呼び出してすまなかったな」


「別にそれはいいけどよ……何用だい?」


「貴様と勇次で共同任務にあたってもらいたい」


「任務……妖レーダーは今のところ反応が無え……調査段階から始めろってことか」


「察しが良いな」


 御剣が満足そうに笑みを浮かべる。対照的に千景は呆れたように両手を広げる。


「悪いが人選ミスってやつだ、姐御。そういうのは億葉とかが適任だ」


「それがそうでもない」


「何?」


「これを見ろ」


 御剣が机に紙を広げる。それを覗き込んだ勇次が呟く。


「これは……地図ですか?」


「そうだ。新潟県西南部と長野県北東部を拡大した地図だ」


「なんでそんな限定的な……」


 首を傾げる勇次の隣で千景が笑みを浮かべながら呟く。


「なるほどな……こりゃあアタシが適任ってことか」


「そういうことだ。理解が早くて助かる。必要なものがあれば申し出てくれ」


「勇次も連れていくとなりゃあ……新しいおもちゃが要るな」


 悪そうな笑みを見せる千景に御剣が尋ねる。


「……いくらだ?」


「三……いや、四か」


 千景が右手の指を四本立てる。


「……高いな」


 御剣が渋い顔になる。


「色々といじりゃあそれくらいにはなるさ」


「そこまで必要か?」


「この任務の後もなにかと重宝すると思うぜ」


「……分かった、経理に申請しよう」


「話が分かる隊長殿で助かるぜ」


 御剣が紙にペンを走らせ、その紙を千景に差し出す。


「申請書類だ。経理部に持っていけ」


「はいよ。悪いが勇次、持っていってくれや」


「お、俺が?」


「アタシは経理部の連中とは折り合い良くなくてよ……下手すりゃ断られちまうかもしれねえ……任務のことはちゃんと聞いておく」


「わ、分かった」


 勇次は紙を受け取ると、部屋を出た。そして数時間後、勇次と千景は上越市にいた。


「……着いたな」


「な、なんで上越に? 長野県じゃないのか?」


「その前におもちゃを受け取らないとな」


「おもちゃ?」


「まあ、着いてきな」


「お、おい、ちょっと待てよ!」


 千景はさっさと歩き出し、勇次は慌ててその後に続く。


「……ここだ」


「……バイク屋?」


「ああ。お~い」


 千景が声をかけると、店の奥からつなぎの作業服を着た若い女性が顔を出す。


「ああ、千景総長! お待ちして――ブフォ⁉」


 千景がその女性の両頬を片手でムギュッと挟む。


「いい加減、その呼び名は止めろ……」


「しゅ、しゅみません、つい癖で……」


「ったく……」


 千景が手を離す。


「ははっ……失礼しました、千景先輩」


「急な話で悪りぃが、用意は出来ているか?」


「それはもちろん! 先輩の頼みですから、他を差し置いて爆速で用意しました!」


「流石だな、それでこそ頼んだ甲斐があるってもんだぜ。で現物は?」


「隣の作業場にあります! 案内します!」


「これか……」


「はい! ご注文のやつです! 定番のモデルを先輩用にカスタムしました!」


 女性が差し示した先にはサイドカーがあった。千景が早速跨り、エンジンを吹かす。


「悪くねえな……良い仕事だ」


「ありがとうございます! あ、すみません、店の電話が……」


 女性が店の方に戻る。勇次が怪訝そうな顔で尋ねる。


「話がよく見えないんだが……?」


「簡単だ。このサイドカーで妖退治のツーリングとしゃれ込もうぜって話だよ」


「ええっ⁉」


 勇次は驚いた。

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