第13話(1) 無断城主ヅラ

                 拾参


「やっぱり隊舎は移転することになりますか……」


 慌ただしく動き回る人々を見ながら勇次が呟く。御剣が腕を組んで答える。


「死者ゼロ、建物自体の損傷が少ないとはいえ、やはり縁起が悪いからな。正式な決定は上からの沙汰待ちとなるが、とりあえず、文献など重要なものを一旦別の隊舎に移す」


 御盾が尋ねる。


「其方が指示を出さなくていいのか?」


「用事が済んでからな。今は万夜と又左に任せてある」


「その用事じゃが……本当にこの人数で良いのか?」


 御盾が居並ぶ顔を見る。そこには、御剣と御盾の他に、勇次、愛、山牙がいる。


「少数精鋭で臨むというと、他の連中に悪いか……とにかく下手に多人数で動くと察知される恐れがある。それでは意味が無い、今日の内に片を付ける」


 御剣の側に見知らぬ忍びが姿を現し、御剣に囁く。


「報告致します。標的は上越市の……に向かっております」


「そうか、ご苦労だった。星ノ条管区長にも宜しく伝えておいてくれ」


「はっ」


 忍びは姿を消す。御盾が問う。


「わざわざ他管区の忍びを使ったのか?」


「三尋を信頼していないわけではないが、向こうに警戒されていると思ってな。雅さんに頼んで貸してもらった」


「既に目星は付いているということじゃな?」


「ああ、そうだ」


「話を繰り返す様じゃが、我が隊の面々だけでも連れていかぬのか?」


「無いとは思うが、万が一、隊舎が再襲撃された際の迎撃を頼んである。逆にこちらにもしものことがあれば、我が隊ともども救援にきてもらうことになる」


「そうか、分かった」


「では急ぐぞ」


 御剣たちは転移室に向かう。




 雷も鳴る大雨の中、上越市市内を走る車が一台あった。車は迷うことなく市内を抜けると、山道に入る。しばらく進み、ある場所に車を停め、スーツ姿の男が傘を手に降りる。


「こんにちは、いえ、こんばんは、ですか」


 男が振り向くと、そこには御剣の姿があった。


「この場所に一体何の用です?」


「……」


「黙っていては分かりませんよ、曲江実継さん」


 雷がピカッと光り、傘を差していた男の顔がはっきりとする。勇次たちは驚く。御剣が標的云々と言っていたのが愛の次兄である実継だったからである。


「えっ……!」


「実継兄さん⁉」


 実継はパッと笑顔を浮かべる。


「これは上杉山さん、どうしたのですか?」


「それをこちらが聞いているのです」


「この先の神社にお参りしようと思いまして……」


「このような天気の日に、しかもこんな時間に?」


「この雨ですからね、時間が思ったよりもかかってしまいまして……」


 御剣がため息を突きながら、歩み寄る。


「もう茶番は結構です……」


「茶番?」


「半妖を集めて何をなさるおつもりです?」


「平凡な神主を捕まえて一体全体何のお話をしているのか……?」


「平凡な神主は半妖の猫が発する鳴き声を言葉と認識することができません」


「!」


 愛が先の戦勝祈願の際の廊下でのやり取りを思い出してハッとする。実継は又左の話した『殺しにくる』という言葉が聞こえてきたと言っていたからである。


「……」


「勇次に妖絶講のことを教えたのも貴方でしょう。世間一般にとっては単なるマイナーな都市伝説に過ぎない妖絶講も、確かに存在するのだと勇次に信じさせることの出来る人、また勇次にとって信用に値する身近な存在は貴方しかいない」


「……ふはははっ、噂では多少剣の腕が立つだけの脳筋女だと聞いていたのだが……なかなかどうして鋭いじゃないか」


 実継が傘を放り投げ、眼鏡を外し、髪をかき上げながら不敵に笑う。愛が戸惑う。


「に、兄さん……?」


 御剣が刀に手をかける。


「貴様の目的はなんだ? 人に仇なすつもりか?」


「そうだと言ったら?」


「斬る!」


 御剣が刀の鯉口を切り、刀を抜いて実継に斬りかかる。愛が叫ぶ。


「隊長!」


「⁉」


 御剣の刀は実継の鼻先で止まった。横から飛び出した金糸雀色の髪をした鬼ヶ島一美が鎌で御剣の刀を受け止めたためである。勇次が叫ぶ。


「姉ちゃん⁉」


「やや踏み込みが甘かったね、可愛い隊員の肉親ということで情でも湧いたかい?」


「……鬼ヶ島一美に何をした?」


「さっきから質問が多いね。そうだな……折角だから中で話そうか」


 実継が指をパチンと鳴らすと辺り一帯を覆い尽くす紫色の巨大な空間が広がる。


「こ、これは……⁉」


 御剣が驚いた、山の上に城が立っていたからである。


「かってこの地にあった名城、春日山城を再現してみたんだ、どうかな?」


「父祖伝来の城にズカズカと上がり込んで、尚且つ城主ヅラか……!」


「所詮分家の末裔にしか過ぎない君にとやかく言われる筋合いは無いね」


 自らを睨み付ける御剣を、実継は一笑に付して、城に向かって歩き出す。


「待て!」


 御剣は追いかけようとするが、一美が鎌を振ってそれを防ぐ。


「だから話なら中で聞くよ、濡れるのは嫌いなんだ」


「くっ!」


 御剣は一美と数合激しく打ち合う。すると、いつの間にか実継が山を登って大手門にまで差し掛かっている。実継が一美に声を掛ける。


「ずぶ濡れになるといけない。それくらいにして、君も中に入りなよ」


「はい……」


 一美は頷くと、空高く飛んで、実継の側に降り立つ。


「逃げるな!」


 御剣の言葉に実継は呆れたように首を振る。


「この期に及んで逃げたりなんかしないよ。何度も同じことを言わせないでくれ……中で、そう、天守で話をしようじゃないか。もっともそこまで来られたらの話だけど……」


 そう言って、実継と一美は大手門をくぐる。


「追いかけるぞ!」


「おっと、そうは行かねえよ!」


 山伏姿の男が現れ、御剣たちの前に立ちはだかる。


「天狗の半妖か! 貴様に構っている暇は無い!」


「そう言うなよ!」 


「おっと!」


「⁉」


 天狗が御剣に向かって斬りかかるが、山牙が槍でそれを防ぐ。


「て、てめえは⁉」


「正直全然覚えてないんだけど、なんだかどでかい借りがあるみたいだからね……アンタの相手はアタシがやる!」

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