第12話(1) こんなにも柔らかい手触り

              拾弐


「そういえば隊長」


 新潟市近郊のとある山の中、勇次は前方を歩く御剣に尋ねる。


「なんだ」


「目の方は大丈夫なんですか?」


「愛に治癒してもらったし、あの後すぐに専門医にも診てもらった。大事ない」


「それは良かったです」


「それよりも貴様の金棒問題だ」


「なんですかその問題」


「出先で妖と遭遇した場合に武器を携帯していないのはやはりマズい。貴様も常日頃金棒を持ち歩くようにしたらどうだ」


「職質の嵐ですよ、そんな事をしたら」


「なにか袋やケースに入れて持ち運ぶというのはどうだ。私はよく分からんが、ネットには様々なものが売っているのだろう?」


「流石に金棒ケースはどこにも売ってないと思いますよ……ただ、成程、ケースか、例えば大き目の楽器ケースを改造すれば……億葉に相談してみるか」


「着いたぞ」


 御剣は立ち止まる。


「こんなに沢山!」


 勇次が驚きの声を上げる。辺り一面の木々や地面に茶色い泥のかたまりのようなものがいくつもうごめいていたからである。


「奴らの巣のようなものだな」


「こ、こいつらも妖なんですか?」


「ああ、『邪粘じゃねん』という種族だ。人や動物に文字通り粘着し、悪事を働く」


「レーダーにそれらしい反応がなかったんですが……」


「元々単体ではそこまで妖力が高い妖ではない。生物に取り付くことでその真価を発揮する種族だからな。レーダーに引っかからない場合もある」


「取りつく……」


「悪事の度合いはそれぞれなのだがな。邪な気持ちが強い人間に取りついたりすると厄介だ。それ故に、発見次第根絶する必要がある」


「よく発見出来ましたね?」


「この辺りの近隣で野良犬や野良猫が凶暴化したという報告が何件かあったので、こいつらが絡んでいる可能性に思い当たった」


 前に進み出た御剣は抜刀しようとするが思い留まり、勇次の方に振り向く。


「貴様に任せてみよう。やってみろ」


「は、はい!」


 勇次は金棒を手に取り、片っ端から邪粘を叩き潰す。


「これは楽勝ですね!」


「気を付けろ……」


「え? どわっ⁉」


 勇次は驚く。目の前の小さな邪粘が突如大きくなり、勇次に覆いかぶさろうとしたからである。勇次は間一髪のところで後ろに飛んで躱す。


「取りつくのではなく、中に取り込もうとする奴もいるからな」


「は、早く言って下さいよ!」


「日々鍛錬に明け暮れるのも結構だが、資料にも目を通しておけということだ」


 御剣は腕を組み、木にもたれながら呟く。


「くっ!」


 勇次は若干手間取りながら、辺り一面の邪粘の根絶に成功する。御剣は膝に手をつき、肩で呼吸する勇次に歩み寄り、声を掛ける。


「ご苦労だった……!」


「……ちら又左……御剣、応……応答せよ……」


 又左からノイズ混じりの通信が入る。御剣がすぐさま答える。


「どうした?」


「現……隊舎が……多数の妖によって……撃されているにゃ……大至急救援を……」


「! おい、又左!」


「……」


「ちっ、通信障害か?」


「今の通信、隊舎が攻撃を受けているってことですか⁉」


「そのようだな。急いで戻るぞ!」


「はい! ん⁉」


 二人の背後に大きな邪粘が現れる。


「巣の主が戻ってきたか!」


 大きく広がった邪粘は二人を一気に覆い尽くしてしまう。うつ伏せの形になり、目の前が暗くなった勇次が必死にもがく。


「く、くそ、破れない! こんなにも柔らかい手触りなのに!」


「ば、馬鹿か、貴様! ど、どこを触っている!」


「え?」


 勇次は御剣の声を聞いてハッとする。どうやら自分が仰向けに倒れた御剣の体に覆いかぶさってしまっているらしいことに気付く。


「す、すると、この柔らかいものは……!」


「下手に動かすな! 器用に両の手で両の……を掴むな!」


「り、両の何をですか⁉」


「捩り斬るぞ……!」


「す、すみません……!」


 勇次は慌てて手を離す。


「早く隊舎に戻らねばならんというのに!」


「どうすれば出られますか?」


「取り込まれたことなど無いから知らん!」


「そ、そんな……」


 御剣は一旦深呼吸をして、自らを落ち着かせる。


「とにかく打てる手は打つか、少し癪だが……」




 一方その頃、上杉山隊舎は混乱のさなかにあった。作戦室で千景と万夜が睨み合う。


「おい、どうするんだよ!」


「わたくしに怒鳴らないで下さる⁉」


「いつも副隊長だなんだって威張っているじゃねえかよ!」


「こんな事態は初めてなのだから仕方がないでしょう⁉」


「二人とも! 喧嘩している場合じゃありませんよ!」


 愛が千景と万夜を諌める。二人は後輩に注意される自分たちを省みて、それぞれ苦々しい顔を浮かべる。


「ぐぬぬ……」


「むう……」


「万夜さん、指示をお願いします!」


「あ、改めて状況を確認!」


 作戦室に駆け込んできた又左が告げる。


「複数の上級妖から攻撃を受けているにゃ! 既に一部侵入を許してしまったにゃ!」


「姉様、隊長に連絡は⁉」


「通信状況が思わしくないにゃ! 一応通じたとは思うのにゃけど……」


「姐御はアテに出来ねえってことだな、アタシらだけでやるしかねえ!」


 千景は左の掌を右の拳で叩く。そこに億葉から通信が入る。


「こちら現在、転移室! 転移鏡に強い反応があるであります!」


「! こんな時になんだというのですか⁉」


「さっぱり分からないであります!」


 万夜たちは困惑しつつ転移室に向かう。すると転移鏡が眩く赤い光を放っている。


「!」


「ふはははっ! 宿敵の頼みならば致し方あるまい! ここは此方たちに任せよ!」


 転移鏡から武枝御盾ら武枝隊の面々が現れる。

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