第3話(3) どうしたことか

 勇次たちはすぐに作戦室に集まった。


「億葉は出張中……これで全員集合だな」


「あ、あの隊長……」


 何事か言いたげにしている愛の様子を見て御剣が首を傾げる。


「どうかしたのか、愛?」


「い、いえ、やっぱりいいです。すみません、大したことではありませんので」


「? まあいい。万夜、状況説明を頼む」


「はい。糸魚川市の病院に妖の反応があります。数としては約三十体程でしょうか。級種は癸級と壬級のみのようです」


「ふむ……ならば今回は私と万夜と勇次の三人で向かうとしよう。愛と又左は連絡係、千景は待機していてくれ」


「ちょっと待った姐御! アタシの怪我ならもう大丈夫だぜ?」


「この所ずっと出動が続いていたからな、無理はするな。たまには休め」


「……そう言われちゃあな、了解」


 千景は渋々ながら引き下がる。御剣は頷き、万夜と勇次に向き直る。


「では出動する。二人とも、私に続け」


 そう言って、御剣は転移鏡に飛び込む。万夜が何かを思い出したかのように振り返る。


「又左さん、愛さん、どちらでも構いません。申し訳ないのですが、わたくしのアレを用意して下さいます? 更衣室のロッカーに入っておりますから」


「! アレが必要になるのか⁉」


「念の為ですわ。なんとなく嫌な予感がするので」


「……分かりました。持ってきておきます」


「ありがとう。お願いしますわ」


 万夜は転移室を出ようとする愛にお礼を言って、転移鏡に飛び込む。


「……アレ?」


 首を捻る勇次に千景がにやける口元を抑えながら話しかける。


「くくっ……勇次、心の準備をしておけよ?」


「……骨は拾ってやるにゃ」


「えっ? どういう意味だよ?」


「健闘を祈るぜ!」


「! お、押すなよ!」


 勇次は千景に背中を叩かれ、バランスを崩しながら転移鏡に吸い込まれていく。


「どわっ!」


 次の瞬間、勇次は病院の床に突っ伏した。


「ふふっ、三度目の正直ならずか」


「全く、何をやっているんですの……」


 勇次の間抜けな姿に御剣は笑い、万夜は呆れる。


「い、いや千景に押されたんですよ!」


「どうでもいいですわ。それより情報の共有と現状の把握をしますわよ」


 万夜の言葉に御剣が頷く。


「この病院は東棟と西棟の二つの棟で出来ています。我々が現在いるのは東棟の入り口ですわね。レーダーを見た所、妖は西棟に集中しているようですわ」


「狭世がこの建物自体を覆っている。新潟や上越の時と同様に、どこかに上級の妖が潜んでいるだろう。私はこのまま東棟を見回る。二人は西棟を頼む」


「「了解!」」


 勇次と万夜が西棟へ向かったのを見届けて、御剣は東棟の捜索をはじめる。


「さて……そう何度も勘が外れてしまっていては隊長としての沽券に係わるのだが……」


 御剣はやや早足で、棟内を見てまわり、突き当たりの部屋にさしかかる。御剣はそのドアを押し開く。


「ここは手術室か……ん?」


「ひっ!」


 白衣を着た男性が御剣を見て手術台の陰にしゃがみ込む。


「連れ込まれたのではなく、迷いこんでしまったのか……もう大丈夫ですよ」


「ひぃ……」


 御剣が優しく話し掛けるが、男性は尚も怯えた様子を見せる。


「迷い込むということは出ることもまた可能。どこかに穴は……待てよ、あるいは一旦隊舎に送るか? ちょっとお待ち下さい――」


「!」


 御剣が背中を向けると、しゃがみ込んでいた男性が突如襲いかかったが、その鋭い一撃を御剣は背中越しで刀で受け止める。


「ちょっと待てと言っただろう? わざわざ三文芝居に付き合ってやったというのに……」


「ちぃっ!」


 男性に化けていた妖は舌打ちをする。その妖の両肩辺りからは蟷螂の鎌のようなものが生えていた。


「蟷螂型の妖……貴様が親玉か。勘が当たった、三度目の正直だな」


「何をブツブツと! 狩りの邪魔をするなら始末してやる! オペの開始だ!」


「上手いことを言ったつもりか? その両手でまともな手術が出来るとは思えんが」


 御剣は刀で妖の両手を指し示す。


「悪性の腫瘍は切除するのが一番だ!」


「!」


 妖が右の鎌を振るうが、御剣はしゃがみ込んで躱す。


「悪性とは随分とご挨拶だな」


「褒めたつもりだ、お前のことは知っているぞ、白髪の女剣士!」


 蟷螂の妖が今度は左の鎌を振るう。対して御剣は飛んで躱すが、妖は間髪を入れず、右の鎌を振るう。御剣はなんとか刀で受け止めるが、衝撃を殺しきれず、弾き飛ばされ、壁に叩き付けられる。御剣は小さく呻く。


「ぐっ……」


「喰らえ!」


「!」


 妖が再び左の鎌を振るうが、御剣はまたも刀で受け止める。


「反対側がお留守だぞ! こうやってお前のような剣士を何人も……!」


「何人も……どうした?」


 妖は絶句する。繰り出した右の鎌を御剣が左手の指二本で平然と受け止めたからである。


「そ、そんな馬鹿な!」


「鎌使いの達人の相手は何度かしたことがある。貴様の鎌さばきはそれに比べると見極め易いな。次からは気を付けることだ。もっとも……」


「お、おのれ!」


「次など無いが」


 御剣は刀を瞬時に横に薙いで、妖の両方の鎌を切り捨てる。さらに返す刀で妖を左肩辺りから袈裟切りする。妖は力なく崩れ落ちる。御剣はレーダーを確認する。


「西棟もあらかた片付いたようだな……ん! これは⁉」


 消えかけている妖を見下ろしながら、御剣は舌打ちをする。


「そういうことか……」


 一方、西棟では……


「ミョギ!」


「せい!」


「フィダリ!」


「うりゃ!」


「フム、ビョウデキデスワネ……」


「飴ばっか舐めてないで戦って下さいよ!」


 蟷螂型の妖を何体も金棒で叩き潰した勇次が万夜に抗議する。万夜は飴を取って答える。


「これは行動のトレーニングですわ。やはり何事も実戦で実践が一番!」


「ええっ⁉ メンタルトレーニング、まだ続いていたんですか⁉」


「終わったとは言っていません」


「そりゃそうですけど……なんか、それにかこつけて楽してません?」


「失敬な。的確な指示をしたでしょう? 何かご不満?」


「いいえ! 何も!」


 その時、レーダーに新たな反応があった。


「まだ妖が残っていましたわ。ん……これは⁉」


 次の瞬間、万夜の目前に突如現れた妖が鎌を振るう。


「危ない!」


 勇次が万夜に飛び付き、抱きかかえるようにして、妖の攻撃をすんでのところで躱し、床に転がり込む。勇次は声を掛ける。


「万夜さん! 大丈夫ですか⁉ ん! な、なんだ⁉ 真っ暗だぞ!」


「だ、大丈夫ですから! そのまま顔を上げないで下さいませ!」


 転がった拍子に、どうしたことか勇次の顔が万夜のスカートの中に入り込んでしまった。


「万夜さん、無事なんですか⁉ 」


「む、無地なんですかですって⁉ 何を確認しているんですの⁉」


「暗くてよく分かりません! それだけ教えて下さい!」


「それだけって! それも教えるつもりはありませんわ!」


「そ、そんな!」


「良いから離れなさい!」


 万夜が勇次を蹴り飛ばす。勇次が視界を確保する。


「あ、明るくなった! って、お前は!」


 勇次の視線の先には看護師服姿の妖が立っている。


「……可愛い子供たちを潰すのに飽きたらず、目の前でイチャつくとは……随分とまあ好き放題やってくれるじゃないのよ……!」


「くっ!」


 勇次は再び万夜を抱き抱え、蟷螂型の女妖が繰り出した鎌を飛んで躱し、距離を取る。


「くそ、あの長い鎌は厄介だな……迂闊に近づけない」


「……ちょっと下がってなさい」


「万夜さん⁉」


 次の瞬間、万夜の攻撃が妖に当たる。


「ぐおっ⁉」


「な、なんだ⁉」


 万夜の右手には鞭が握られている。


「そ、それは⁉ 万夜さんの武器ですか⁉」


 勇次が尋ねるが、万夜はブツブツと呟いている。


「ス、スカートの中に……で、でも二回も体を張って助けてくれたのは、恰好良かったというか……それに、なんというか、心が……」


「万夜さん!」


 万夜が鞭を思い切り床に叩き付けて、勇次に向かって叫ぶ。


「ま、まだ認めませんわ! わたくしがあの妖を倒したらノーカウントですわよ!」


「な、何を言っているんですか⁉」

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