第2話(1) 目標へ向けて

                     弐


「はっ!」


 目覚めた勇次がガバっと飛び起きる。


「ここは……隊舎か?」


「勇次君! 良かった~」


「どわっ⁉」


 勇次に対し黒髪のポニーテールの女子が思い切り抱き付く。


「お、お前は⁉」


「本っ当~に心配したんだからね!」


「な、なんでお前がここに?」


「取込み中の所大変申し訳ないのだが……」


 二人の様子を眺めながら、御剣が話を切り出す。


「どわっ⁉ た、隊長⁉」


「ふむ……隊長と認識しているか、ではこちらの彼女のことも説明してくれないか?」


「か、彼女……」


 勇次に抱き付く女子はポッと顔を赤らめる。


「え、えっと……」


 勇次は自らに抱き付く女子をゆっくりと引き離し、その顔を見ながら、説明を始める。


「えっと、こいつは曲江愛まがりえあい。俺の家の近所にある神社、曲江神社の娘さんです」


「貴様との間柄は?」


「あ、間柄? 友人っていうか……そう、幼馴染ですよ! 単なる!」


「た、単なる~⁉」


「ど、どうした愛、いきなり、首が……な、なんか、く、苦しいぞ……」


 ベッドで繰り広げられる二人のプチ愛憎劇には構わず、御剣は考えをまとめる。


「危惧されていた暴走はしなかった模様、戦闘後の意識や記憶もしっかりしている……『半妖の鬼としての力』を完全とまでは言わないが、それなりにコントロールすることが出来たようだな、宜しい……」


「よ、よろしい……?」


 妙に力のこもった愛の両手をようやく振りほどいた勇次が問う。


「合格だ、勇次。貴様を我が上杉山隊の隊員として、正式に迎え入れよう。初の実戦後、己の思っている以上に体力と精神力が消耗したのであろう。今日はゆっくり休むといい」


「は、はあ……」


「どうかしたのか?」


「あ、は、はい……今俺のことを勇次って……」


「? 貴様の名前は勇次だろう?」


「そ、そうですが……痛っ!」


 愛が御剣の見えない所で勇次の手をつねる。勇次が小声で愛に文句を言う。


「な、なにすんだよ!」


「……勇次君、顔ニヤケていない?」


「べ、別にニヤケてねえよ!」


 愛が御剣の方に向き直る。


「隊長、率直にお尋ねします!」


「なんだ、愛?」


「先日の私との通信では、彼のことを鬼ヶ島と呼んでいました。それが、任務を一つこなしただけで、下の名前で呼ぶようになるとは……新潟でお二人の間に一体何があったのでしょうか⁉」


「何があったか……まず勇次が女子トイレに転がり込み……」


「女子トイレに勢い良く転がり込み⁉」


「なんやかんやあって金の棒を口に咥え……」


「き、金の棒をおもむろに口に咥え……⁉」


「蜘蛛の妖の下着を覗き見て、殺されそうになっていたな」


「し、下着を厭らしく覗き見~⁉」


 愛は勇次の手を思い切りつねる。


「痛っ‼」


「勇次君! 貴方何をやっているのよ!」


「ほ、本当に何をやっているんだろうな! 我ながら!」


「ひ、否定しないのね……」


「そ、そりゃ否定したいのは山々なんだが……」


「大分端折っている気がするが……概ね事実だ」


「!」


 バシンっと大きな音が病室に響き渡った。愛の平手が勇次の右頬を打ったのである。


「は、破廉恥極まりないわ! 貴方の顔なんてもう見たくないわ! 失礼します!」


 愛は勢い良く部屋から出て行ってしまう。


「なかなか厄介なことになっているようだな」


「お陰さまでな!」


「怒りの矛先が私に向くのか?」


「もうちょっと、物は言いようだったんじゃねえのかな~って思うんですけどね!」


「まあ、それは良いとして……」


「良かねえよ!」


「誤解が生じたのならば、後で解けばいい」


「簡単に言ってくれる……ってか、あいつの服装……あいつも隊員なんですか?」


「そうだ。ちょうど別の任務にあたっていたからな。紹介が遅れた」


「そんなこと俺には一言も……」


「原則として、妖絶講に所属していることは家族以外の者には口外禁止だからな」


 御剣が愛の座っていた席に腰を掛ける。


「話は変わる。貴様の今後の目標について話をさせてもらおうか」


「目標?」


「又左から聞いたが、姉の行方を突き止める為に妖絶講に入ったのだろう?」


「ああ……はい、そうです」


「妖が人攫いをするという話は古今東西よくある話だ。貴様の読みもあながち外れというわけではないだろう。仮に貴様の姉上が妖によって攫われていたのだとしたら……」


「だとしたら?」


「下級の妖には難しい。我々妖絶士の目もある。上級の妖の仕業と見て間違いない」


「上級……」


「そうだ。級種で言えば、甲・乙・丙位か」


「こないだの蜘蛛女よりも上の連中ってことですか?」


「そういうことになるな。つまりだ……」


「つまり?」


 御剣は立ち上がって、勇次を指差す。


「貴様は優れた妖絶士にならなければならない!」


「優れた妖絶士……」


「まずは霊力、半妖の貴様の場合は妖力になるか。これは申し分ない。ただ……」


「ただ?」


「確かに底知れない妖力を感じるが、それを効率良く引き出す、またはそれに耐え得る、知力・体力・精神力がいずれも圧倒的に不足している! だからそうやって気を失って倒れることになるのだ」


「ど、どうすれば……」


「なに、難しく考える必要は無い。足りないのなら補えば良いだけのこと」


「補う……」


「まずは基礎体力をつけることだな」


「隊長が直々にトレーニングしてくれるんですか?」


「そうしてやりたい所だが、私もこれで色々忙しい。明日、奴の所へ向かえ」


「奴、ですか?」


 翌日、勇次はその者の場所へ訪れる。


「……という訳で来た。い、いや、参りました」


「ったく、姐御め……面倒事をアタシに押し付けてねえか?」


 千景が腕を組んで憮然とした表情で呟く。

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