ヒーローに憧れた少女達は呪われていた

あるみす

第1話 ヒーロー

 皆はヒーローに憧れたことってある?

 漫画や映画でスーパーパワーを使って華麗に人助けっ!ああいう存在って憧れるよね~。

うん。でも現実世界ではスーパーヒーローなんて滅多に聞かないでしょ?それもそのはずだよ、皆自分の事で精一杯だもん。それにそんな簡単に見栄えのいいスーパーパワーなんて身につかないしね…。あ、でも私の身内はちょっと例外かも。どういう意味かは後でのお楽しみって事でね?

 これはヒーローに憧れた一人の女の子のお話。

 その子の名前はメア。私が両親から貰った大切な名前です。



「おい!お前達、休んでいいなんて一言も言ってないぞー」

「上司―、そんな事言わないで~、もう一日も水飲んでないんだよぉ」


 とある組織の広場では喧騒にもみ消されるように一人の男性の声と四人の少女の会話が繰り広げられていた。


「体力バカのメアでさえばて始めてるのに…」


 そうバテ果てたクリーム色の髪を持つ少女を心配するのは銀髪碧眼の少女ルエ。


「ほらノノ、大丈夫?」

「う、うん…だいじょぶだよミカちゃん…」

「さすがに限界ね…」


 ミカと呼ばれた金髪のツインテールをなびかせる少女はノノの肩を抱き支えながら上官の方に目線を送る。


「はぁ…仕方ない、休憩だ」

「やったー!やっと水が飲める~」

「まぁ、無補給訓練も規定時間超えたし、妥協点かな」


 オレンジ色の髪色がまぶしい少女メアが大喜びで水を煽る横で、四人の上官であるアベルは安心したように息を吐いた。


「今回のでひとまず訓練課題は終わりだ。よく頑張ったなお前たち」

「やったー!」

「ほんと、メアがヒーローになりたい!って言い出してここに入ってから1年くらいかしら?」

「そだね〜、来週でちょうど1年だよ」

「……突拍子も無いことはいつもだけど、今回のは長かった」

「何言ってるのルエ!楽しいのはこれからだよ!やっと私達も人助けの為に働けるんだもんっ!」


メア達がおよそ一年前に入団試験を受けて、激闘の末に所属できたのがヨーロッパを中心に活動する自警団シュルツだ。

アメリカをかの有名なスーパーヒーロー集団が護る中、そのヨーロッパ版だ。

アメリカに高性能なスーツで戦ったり、特殊合金の盾を持った超人兵士が居るようにシュルツにも超能力に目覚めたり、超人的な身体能力を身につける人達がいる。

しかし、その様な人材はごくごくひと握りなわけで、新兵などは揃ってシュルツが定める基礎能力向上プロジェクトを受ける事になっていた。


そしてその過酷なプロジェクトをたった今メア達四人は突破する事が出来たのだった。


「お、やっとお前達も終わったんかー?」

「あ、ミルクちゃんだ」

「ミルクちゃん言うなっ!」


水をスポンジで吸い取るようにあおっていた四人に四人の少女達が近寄ってくる。

少々小柄で明るい茶髪。武器や機械系に強いユキ。長身で飄々とした黒髪ショートで片目が隠れがちなスナイパー、マヤ。三人を援護で繋ぎ合わせる立ち回りが得意な赤毛の少女セーラ。大柄で粗暴だが根は優しい近接戦闘大得意のミルク。

四人ともメア達と共に入団試験で戦い、生き抜いた同期のメンバーであった。


「あんた達はちょっと前に終わってたわよね?」

「うん、言っても二、三日前位だけどね」


ミカの問にユキが答え、彼女達は会話に花を咲かせる。歳にばらつきはあれどほぼ同年代の同期なだけあって仲はいい方だ。

しかし、シュルツは若者の入団者は少なくないのだが、その過酷さ故に退団するものも後を絶たないので、育成プロジェクトが終わっても同期のメンバーで顔を合わせられるのは何気に運が良かったりする。


「後はルルちゃん達だけかぁ。大丈夫かな」

「ルルだけだったら心配だけどリリやエリーも居るのよ?大丈夫でしょ」

「ミカちゃん、ルルちゃんの事もちょっとは信頼してあげようよ…」

「そうだよミカ!ルルも結構体動かすの得意だもん!」

「脳筋なメアに似てるから心配なんでしょうがっ」

「確かにな、ウチのミルクも似たようなもんだから気持ちは分かる」

「おいマヤ!俺をメアと一緒にすんなよな!」

「うちらってどうしてこうも一人は脳筋を抱えてるのかしら」

「……しかも全員前衛」

「あはは…」


そんなたわいも無い会話をしていたその時だった。

 アベルの持っていた端末に連絡が入り、さっきまでの優しい声から一変、引き締めるような鋭い声で命令を下す。


「メア、ミカ、ノノ、ルエたった今近隣で強盗事件があったらしい。丁度いい機会だ、今から対処に当たる」

「「「「はい!」」」」


 号令を受けた四人は走って準備室へ向かう。

 アベルはユキやマヤ達に向き直ると、


「お前たちは別の地点での作戦が割り当てられてる。急いで戻ってバナンの指示に従え」

「「「「了解!」」」」


 四人が立ち去るのを見送ったアベルは自身もメア達との作戦の為に合流地点へと向かうのだった。


 ◇


 防衛自警団シュルツ。近年力を増してきている犯罪やテロに対して、警察と連携する戦闘特化の団体である。基本的には警察からの応援要請や独自のネットワークに感知した情報を元に四人程度を一組としたチームを向かわせて解決にあたる。

 ヨーロッパ中にある支部のうちメア達が属しているのはイタリアの第三支部であった。


 指示から約三分後、四人はシュルツの正式隊員の証である制服に着替えてアベルの元に集合していた。


「よし、お前達行けるな?」

「「「「はい!」」」」


 意思確認を行うと一行は装甲車に乗り込む。

 シュルツでは現場に速やかに急行するために様々な乗り物を駆使する。そして、それらを運転する専門の人たちが存在する。


「お~これが有名なシュルツの車両かぁ~」


 メアが憧れの乗り物に乗れて感嘆の声を上げている。


「あなた達、第53部隊所属の子たちよね?今回が初めて?」


 そう声を掛けてきたのは今回の運転を担当しているベテランドライバーのレイラだった。


「は、はいっ!」

「ふふっ緊張しちゃって可愛い♪心配しないでも今回の任務は暴徒鎮圧だからそんなに気を張らなくても大丈夫よ」

「そう…ですか?私達さっき訓練卒業したばかりですし、正直不安です…」


 ノノは四人の中でも特に賢く、記憶力もとてつもないのだが少々心配症なところがある。

 見かねたアベルは少し口角を緩めながら助言をする。


「レイラさんの言う通り心配しなくても大丈夫だ。お前たちは訓練を終えたからと言ってまだひよっこだ。俺も完璧を求めているわけじゃない」


 アベルは腰に下げた西洋では少し珍しい東洋の刀を撫でて、言葉を続ける。


「シュルツがなんで小隊制を導入してるか分かるか?」

「え、なんだっけ?そういえば考えたこと無かったや」

「あんたはそうでしょうねあんたは…。…お互いを、助け合うため…だったかしら?」

「あらかた正解だミカ。うちもトップの隊員はアメリカの組織の様に個人個人での活動が主だし、世間への認知度も高い。だがそれ以外の人間は『死なない為』に小隊を組んでいる」

「…お互いでお互いを守りあう?」

「そうだ。お前たちは四人で一人分であればいい。それにシュルツの理念的には市民の命が最優先だが、俺個人としては隊員であるお前達にも死んでほしくない。というか万が一にも死なせないがな」

「おー上司、いつになくかっこいいじゃん」

「お前は俺を何だと思ってんだ…」

「あははっ、いい子たちじゃん。ちゃんと上官やれてる様で私は嬉しいよ」

「レイラさん…」

「もし失敗するような事があったら全部アベルのせいにしときな?なんたって元№2ヒーローなんだから」

「上官ってやっぱりあのライデンだったんですか!?」


 ノノが目を丸くする中、アベルはバツが悪そうに眼を逸らす。

 

「…ライデンってあの昔活躍してたヒーローの?」

「そうそう!あの刀に帯電させて戦う電撃系ヒーローの!」

「よく覚えてるなノノ…」

「私1度覚えたものは二度と忘れないのでっ!」

「でも今の今まで全く気が付かなかったわ…。風貌がまるで違うし」


それもそのはず、かつてヒーローとして活躍していたアベルは短髪の金髪に白いコートのユニフォームときらびやかとした風貌だったが、今のアベルは髪は片目を覆うように伸びているし、何より黒髪だ。ユニフォームも一般隊服と同じような黒を基調としているので、共通点と言ったら刀を持っているくらいだ。

それにアベルはメア達の前では一切帯電能力を使ってなかったので気が付かないのも無理無かったのである。


「なんで今まで黙ってたの?」

「なんでも何も今の俺はライデンじゃなくてアベルだからな。……まぁ色々あったんだよ」


アベルの遠い目をした表情には四人もどもってしまう。


「さぁお前たちっ!湿気た表情してないでお仕事だよ!行っといで!」

「は、はい!」


車が事件発生現場に到着しアベルに続いて四人も降りようとする。

その時レイラはノノを引き止めて小声で耳打ちする。


「アベルにとってあなた達は初めての直属の部下だから…まぁなんと言うか、よろしく頼むわね」

「レイラさん…。大丈夫ですっ!私達の上官はアベルさんしか居ないと思ってるので!」

「あははっ、なら良かったよ。引き止めて悪かったね、さぁ行っといで」

「はい!」



車から降りるとそこには酷い光景が広がりつつあった。

被害にあった店から吹き出す煙、逃げ惑う人々の悲鳴などが非日常を演出する中、四人は初めて目にする光景に目を丸くしていた。


「強盗事件って言ってなかった…?」

「ああ」

「明らかに度が過ぎてる気がするんだけど!?」

「最近は犯罪組織も軍備力が上がってきてるからなぁ。それよりお前達、あの市民の中に紛れてる男達が見えるか?」


 アベルが促す先には逃げ惑う市民の中である程度理性が残っている男を数人見付けた。


「おそらくあれが今回の首謀者のメンバーだろう。俺とメア、ミカは犯人の確保に向かう。ノノとルエは警察と協力して救助活動を先導しろ。救助活動は警察や消防が突入しづらい所からの救助を優先するように」

「「「「はい!」」」」


 アベルの指示を受けた四人はすぐさま行動に移った。

ノノは別れざまにミカに何かを耳打ちしてからルエと共に倒壊現場の中へと入っていく。

 ノノとルエが救助に向かった一方、アベルを先頭に気配を殺しながら近づいていく。

 市民に飲まれて若干身動きが取れなくなっている犯人たちは確保寸前にアベル達の存在に気が付き、二手に分かれて逃げ出した。


「あっ!逃げた!」

「いいか二人とも、動きからして左手の路地裏に逃げ込んだ方が雑兵だ。二人でそっちを抑えろ。俺は恐らく首謀者であろう男を抑えに行く」

「「了解!」」


アベルはそう指示すると人の間を縫うように駆け出した。


「メア、行くわよ!」

「おー!」


メアとミカが追うは三人の怪しい男の影。

三人は一様にアタッシュケースを持っており、追っ手の目を惑わせる作戦なのかもしれない。

逃亡犯の後を必死に追いかける二人。最低限の防具と拳銃などの武装しかしていない二人は訓練生の時代から運動能力に優れていたので、ぐんぐんとその距離を縮めていく。


「おい!お前地理が出来るっていってたじゃねぇか!なんで一本道なんだよ!」

「うるせぇ!俺が得意なのは世界地理のほうだッ!こんな街中の道筋覚えれてるわけねえだろ!」

「どうすんだよ!追ってきてるんだぞ!?あの軍服シュルツんとこのだろ!?」


「何揉めてんのかしら…。まぁいいわ、あんた達!痛い目に合いたくなかったら大人しく投降しなさい!」

「ん?…ンン?おいよ見て見ろよ!今時シュルツにはこんなガキまで入れるのかぁ?」


 袋小路に追い詰められた男たちは追いかけてきたメア達の姿を見てバカにしたように吹き出した。


「ねーねー、おじさん達ー」

「あ?俺はまだお兄さんだ!28だぞ」

「どうでもいいけどさぁ、なんであのお店襲撃したの?」


 メアはミカの前に出て能天気に話しかける。


「そんなの決まってるだろ?俺たちも金がいるんだよ。大いなる目的のためにな!」

「大いなる目的?気になるなー、私すっごい気になるなぁ?」


 中年の男は今まで話していた若い男を手で制し、銃を構えながら低い声で威圧する。


「いいか嬢ちゃん。今まではそうやって温い世界で生きてきたのかもしんねぇが…。世の中はそう甘くねぇ。殺されても文句は言うなよ?」



「じゃあおじさんも恨まないでね?」


 刹那、メアは姿勢を低くして地面を這うような体勢で走り出す。


「よそ見はしない方がいいわよ?」


 メアの行動に一瞬目を取られた隙を逃さず、メアに隠れて両手に持ったベレッタを構えていたミカは一気に三回発砲した。

 放たれた銃弾は寸分の狂いもなく男が構えていた銃と大事そうに抱えていたケース。そして足を撃ち抜いた。


「グッ!?」

「ジョージさん!」


 一瞬で無力化された男に駆け寄ろうとする二人にメアは肉迫する。


「よそ見、しちゃダメなんでしょ?」


 メアは鋭いパンチを一人目の鳩尾に的確に打ち込んでノックし、それを見た男が銃を発砲…しようとしたところをミカが弾き飛ばす。


「…いっぱい話してもらうね?」

「こんのガキぃ…」


 なすすべもなく思わず笑みを漏らした男にメアは掌底を食らわせて意識を奪うのだった。


「ふぅ…ナイスアシストぉ!」

「全く…あたし以外と組むときは気を付けなさいよ?」


 メアがぐっと親指を立てるとミカは肩の力を抜いて笑って返す。


『ミカちゃん!メアちゃん!大丈夫?』

 

 ミカの通信機にノノからの連絡が入る。


「ええ、大したこと無かったわ。それよりそっちは大丈夫なの?」

『うん、ルエちゃんが音で誰がどこにいるかすぐに調べてくれたからもう全員助け終えたよ。それより、現場見ててウロボロスの紋章の入った武器が落ちてたの!』 

「ウロボロス?」

『うん、今急激に勢力を伸ばしてるヴィラン組織だよ。気を付けてっ、敵がウロボロスなら多分もっと狡猾に来るはずだ…』


「ミカ!!しゃがんで!!」


 メアは伸びている男たちの持ち物を確認していると、何かに気が付いて、ノノの通信をかき消すように大声で叫ぶ。ミカも弾かれた様にしゃがむと先ほどまでミカの首があった場所にナイフが薙がれていた。


「ほぉ、なかなかやるじゃねえか。お嬢ちゃん」

「で、でっかい…」


 ミカのすぐ後ろに立っていたのは恐ろしい体躯をした大男だった。



「お前、ライデンだろ?十年前突如姿を消したNo2ヒーロー」

「…No2だったのはうちの中だけだ。世界中には俺より強い奴はごまんといるさ。それにもう昔の話だ」


 アベルは飄々とした男を追い詰め、にらみ合っていた。張りつめた緊張感は威圧だけで人を殺せそうなほどだ。


「俺はなぁヒーローさんよ。お前たちが大っ嫌いだ。いつもいつも仕事中に現れては味方を捕らえていく。お前らには人の心は無いのか?」

「別に俺もあんたらを捕まえたくてヒーローやってるわけじゃない。お前たちが無関係な人たちを躊躇なく殺して回るのが許せないだけだ」


 アベルは普段よりも低い声で押しつぶすように威圧する。

 その姿に圧倒され、男は汗を一筋流すがその表情にはまだ余裕を感じられた。


「そもそもなんで今頃外でヒーロー再開したんだ?お前が居なくなってから犯罪率も増えたんじゃねえのか?こっちとしては有難い10年間だったがな!」

「これ以上おしゃべりをするつもりは無い。大事な部下の援護に行かなきゃならんのでね」

「はっ、やってみろ。こっちだってただで命くれてやるほど安くはないぞ」


 男は懐から機械の様な剣の柄を取り出し、構えると短剣の刀身が現れた。

 アベルは初めて見る武器に思わず刀を握る手に力が入る。


「シュルツではお目にかかれないだろうなぁ。なんせうちには優秀なメカニックがいるもんで」


 キヒヒと笑うと男は間合いを詰めにかかる。

 安直な突進。居合の構えを取るアベルは風圧が起こりそうな速度で刀を振りぬき、男の体を捕らえた。…はずだった。


「10年も離れてたんじゃ最新技術にも対応できないでしょおじさん」


 アベルが居合斬りで叩き落したのは男が投擲した小型プロジェクターの様な物だった。


「くっ…」


 間合いを詰められたアベルはとっさに後ろに飛び、短剣のリーチ外に出るのだが。


「ざーんねんでした」


 瞬間、男が持ったいたナイフはブーンと振動するとアベルが持つ刀並みにリーチが伸びたのだ。アベルは目を丸くするが、すかさず刀で攻撃を弾いた。


「おおっ、やっぱ元が強いと防がれちゃうか~。でも、やっぱ俺の方が強い」


 男の攻撃は伸縮自在のナイフが攻撃の軌道を変則的にし、そんな変態的なラッシュを前にアベルはとうとうわき腹に刃を食らってしまう。

 真っ赤な鮮血が吹き出すが、アベルはぐっと歯を噛み締めるとその傷を一時的に止血させた。


「結構深くいったんだけどなぁ。そんな事もできるなんて器用だね」

「さっきからキャラブレブレだなお前。…もういい、お前の攻撃は分かった」

「俺は今最高にハイなんだ。いくらライデンと言えど負ける気がしないね」

「…言ってろ」


 アベルは息を整えると刀に意識を集中させる。すると刀がバチバチと帯電を始める。


「ほーこれが超能力って奴か~。さすがは元No2」


 アベルは生まれつき超能力を有した異端の人間だった。能力『ボルト』、アベルは自分が持っている持ち物に電気を蓄えさせることが出来る能力者だった。因みに帯電できるのは持ち物だけで、体に電気をまとわせることはできない。

超能力は先天的に遺伝したり突然変異したりする場合と後天的に外部からの影響で力が発現したりする場合が多く、絶対数は少ないが一般に認知される程度ではあった。


「うちにも結構能力持ちはいるけど、もっと強くて派手なやつ多いぞ?」

「確かに俺の能力は弱い。同系統の能力にすら負けるだろう」


 アベルはバチバチと光輝く刀を逆手に持ち変えると…。


 地面に思いっきり突き刺した。


「だからこそ俺は、誰よりも電気と向き合ってきた」


 バチバチと地面を伝って路地裏の壁に電気が帯電する。本来ならあり得ないとどまり方だが、物体に帯電させるアベルならではの技だった。


「こんな見掛け倒しにだまされるか!」


 男はアベルにとどめを刺そうと剣を伸ばした瞬間だった。両壁から空気中を通電し、弾かれた様に男の剣が粉砕する。

 男は顔面を蒼白に染め、自身が今いる状況を一瞬で理解した。


「ありがとう、いい経験になったよ」


 アベルはバチッと空気を伝って感電させ、男の意識を奪い取るのだった。



 男に手錠を掛けて武装を解除させ、レイラに回収を頼むと、ミカに連絡を入れようとする。


「ミカ、大丈夫か?そっちはどうなった」


 アベルの言葉には何も返事はなく、ただ向こうの会話が流れてきていた。


『どっちから潰されたいか?』


 アベルはその声をきいた瞬間二人の元に走り出したのだった。


「あいつまで絡んできてるのかっ…」



「くっ、離しなさいよ!」


ミカは大柄な男に腕で拘束され、身動きが取れなくなっていた。


「さてと、オレンジの嬢ちゃん。どうする?俺に仲間を引き渡すか、この嬢ちゃんの首をへし折るか」

「ぐっ……………」


メアは眉を顰め、歯を食いしばる。ここで敵に引き渡してしまえば今後今回みたいな事件が多発してしまうだろう。それに、人質を取れば逃げられると思われる可能性もある。しかし、だからと言ってミカを見捨てる事なんてできるはず無かった。


「め、めあ……こいつの言うこと…なんか…きに…しちゃダメ!」

「まだ喋れるか、意外とタフだな」


男は首を絞める力を強めるとミカは顔を苦悶に歪ませる。


「や、やめて!分かったから、渡すから」

「ほう、聞き分けのいい嬢ちゃんだ。嫌いじゃないぞそういう奴は」


男がメアにむかってミカを投げる様に解放したので、慌てて抱きとめて泣きそうになるのをギュッと堪える。


「もう…バカなんだから…。でもありがとね」

「うん…でも、どうしようあいつに勝てる気がしない」

「二人で力を合わせましょ。あんたの動きに完璧に合わしてあげるから」

「う、うん…」


メアはぐっと拳に力を入れると死角から男に殴りかかった。

メアは元々人一倍身体能力が高く、本人もそれに甘えず訓練も続けてきていたので、そのパンチも鋭く威力もあるのだが…。


男はしゃがみながら振り返ると片手で軽々と受け止めて見せた。


「スピード、パワーも申し分ないな。身体増強の血清を打ってないにしては…だが」

「くっ…死角から攻撃したはずなのにっ」


メアは咄嗟に身を引こうとするが男はメアの腕をその熊のような剛腕で掴むと、まるでゴム風船を弾ませるように軽々とメアの体を中に浮かせて見せる。


「メアッ!!」


ミカは咄嗟に発砲しようとするが斜線が上手く通らない。


「こんのぉ!」


ミカは意識を目に集中し、常人では有り得ない程の動体視力を発揮する。

普段の何倍も遅くなった世界でミカは活路を見出すと、男に向けていた銃口を壁に向かって発砲する。

そして壁を上手く跳ねた弾丸は男の左腕を貫通する。


「跳弾か。咄嗟にしてはいい判断だ」


男はフッ笑うと右腕を引き絞る。


「だがこれでは止まらん!」


ドゴッと鈍い音を立ててメアの腹にパンチを打ち込んだ。


「グハッ!?」


メアはボールのように地面を跳ねて壁に打ち付けられ、苦しそうに息を切らす。


「メア!大丈夫!?」

「ミカっ、だめっ!」


メアに駆け寄ろうとするミカに男は既に肉薄していた。


「まだまだ甘いな」

「それくらい!」


ミカは男の蹴りをしゃがんで避けると、足を狙って発砲する事で男を退けさせる。


「なかなかいい目を持ってるなぁ。でもどうする?頼みの片割れはもう戦闘不能だぞ?」

「ま、まだ…」

「ん?」


男がメアを見るとメアはボロボロの身体に必死に力を入れて立ち上がった。


「まだ負けてない…」

(ほー?こいつさっき咄嗟に手でガードしてたのか。とんでもない反応速度か、それともそこに来るのが分かっていたのか?)

「もう立ってるのがやっとだろう。何の為にお前は戦うんだ?」

「ぐっ…はぁ…そんなの…決まってる…!」

「メア!」


ミカの呼び掛けを無視してメアは男をまっすぐ睨み付けながら言葉を口にする。


「自分に負けないためっ!!」


メアの言葉は男に向けたものと言うより自分への覚悟の確認のようだった。


「だから戦うんだ」


メアがフラフラとしながら拳を構えた瞬間。

メアは事切れた様に意識を失ってしまう。


「メア!!大丈夫!?」


ミカが駆け寄ると同時に現場に駆けつけたアベルは深いため息を付きながら頭を掻いて、男に話しかける。


「もういいですか?オーガストさん」

「え?上官、このおっさんと知り合いなんですか?」

「おっさんて…最近の若い子はキツイなぁ」


さっきまで相対していたオーガストと呼ばれた男は豪快に笑ってみせるとアベルに答えてみせる。その姿からは先程までのような殺意は微塵も感じられなかった。


「いやー試して悪かったなぁ嬢ちゃん達。俺ぁレイ・オーガスト。あんた達の上官のアベルのそのまた上の人間だ」

「え…?まって、全然わかんないんですけど」


ミカは意識を失っているメアを守るように抱きかかえながら不審な目を向ける。


「あー、正しくはうちの支部の支部長だ。この人は根っからの戦闘人間でな、よく新人相手に敵のフリして襲いかかって洗礼を浴びせてるんだよ」


アベルもやれやれと言いたげな顔で説明すると、メアの容態を近くで見た上でミカに撤退の指示を出す。


「犯罪者たちの搬送は俺がやっとくからミカは早いとこレイラさんに回収してもらってメアの手当てしてあげてくれ」

「わ、わかった……」


まだ納得がいかないといった顔だが、メアを背負うと車を近くまで回してくれていたレイラの元へと急ぐのだった。



「どうした?お前にしては釈然としない顔だな」

「そりゃあ自分の大切な部下をボコボコにされていい気分の上司がどこにいますか…」

「ハッハッハ!まぁそう言うな、それにあの誰とも関わろうとしなかったお前にしちゃいい変化じゃないか」

「流石に10年もあれば人は変わりますから。……それで二人はどうでした?」

「俺は気に入ったね」

「実力は?」

「まぁ悪くないとは思うがなぁ。努力したのも分かるし、確かに強さはあった。だが二人とも才能に頼りすぎてる…とは思った。」


オーガストの分析は恐ろしいほど冷静でアベルもよく参考にするのだが。

アベルはそれよりもオーガストがここまで新人を褒めている事に驚きを隠せなかった。


「珍しいですね所長がそんなに褒めるなんて」

「だから嫌いじゃないって言っただろ?それに、あのオレンジ色の子みたいに覚悟の決まってる奴はまだまだ強くなれる」


オーガストはメアを背負って歩くミカの背中を見て呟いた。


「お前から見てどうだ?イベニア出身の四人は」

「俺は……やはりあの子達が呪われた種族だとは思えません。確かに人よりも優れた能力がありますけど、それ以上に感情豊かで、愛があって…。あの子達を貶す人達よりよっぽど立派な人間です」

「ハッハッハ、その通りだ。俺達はヒーローである前に一人前の人で在らねばならん。超パワーを持っていて戦いが強いからヒーローじゃない、強く優しい心を持っているからヒーローなんだ」

「……おっしゃる通りです」


どこか遠い昔を思い出すような目をで去っていくミカ達を見つめる二人は、四人のイベニア人の少女達という小さな歯車が回り始めたのを感じていた。

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