2 🔒🍌☕️

1



「また、殺せなかったよ」




空を瞳に映し、その呟きが静かな部屋に響く。


シンプルなベッドとクローゼットの中の服以外、この部屋には何も無い。


私が、何も持たずに家を飛び出してきたから、私物なんてなにも持ってきていないのだ。




『出ていくのは自由だけど、そうしたらここはオートロックだから、戻って来れないからね』


『君へ与えるチャンスは、この一度きりだから、よく考えて』




自分の意思でここへは来たけれど、軟禁状態でもある。


私はこの部屋に来てから、一度も外へは出ていない。


戻って来れなくなったら、アイツを殺せなくなるから。




そしたらこの煮え滾るような殺意は……どう対処しろというのか。


私はその方法を知らない、別の人にぶつけてしまうかもしれない、あるいは自分にぶつけるかもしれない……。






いや、自分にもぶつけはしてた、最初の頃は。


後悔の念に駆られ、頭部を掻き毟り、頭を割りたいような衝動に駆られ壁に頭突きをかまし、机の上にある物ごと蹴り飛ばした。


打撲痕は数日もすれば治ってしまう。


でも一番発散出来たのが、ぶつかることやぶつけることだった。




それでも足りなく感じた私は、あの日、外へ出て歩道橋へ登った。


死ぬ気という訳では無い、ただ傷付きたかった。


心の傷を忘れてしまえるくらい、体を傷付けて痛み付けて、忘れてしまいたかった。




その場所で。


『あの子』がまだ居た時の、その場所で。


『あの子』を失った時の……その場所で。






私は階段の上から、下を見下ろした。


ひと息、ついて、ただ下だけを見つめて。




手摺りから手を引き、一歩、踏み出そうとして──。






腹に一瞬腕が回ったのが見えた直後、強く後ろに引かれ、その人と共に歩道橋の上で座り込んでいた。




それが『この家の主』だった。






呆然と、体を強く引かれた時のその体勢のまま、私を引いたその腕に視線を落とし、階段の下へとまた視線を落とす。


自分が何をしようとして、何が起きて、なぜ私はまだあの階段の下に転がっていないのか、ゆるりゆるりとした思考回路が、現状を把握しようとする。




『責任者、だよ』




後ろからそう投げ掛けられた言葉の意味も理解することが出来ず。


ゆるりと振り向けば、藍色の柔らかい髪の隙間から瞳が覗く。


その視線と絡み合うと、なぜだか逸らせなくなった。


逸らしたく、なかったのかもしれない。




『責任者……?』




彼に返せた言葉といえば、それくらいで。


責任者というのが何を指しているのかも、わからなかった。




『君の大事なものを奪った奴の責任者、俺』


『……は?』



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る