告白とアルセラの涙
私は外出用のしっかりした仕立てのエンパイアドレスに着替えると、アルセラを伴って街へと繰り出した。
私は、ライムグリーンのエンパイアドレス、鮮やかなエメラルドグリーンのフレンチジャケット。腰から下にはオーバースカートを巻いて頭にはヘッドコサージュを乗せていた。
それに対してアルセラは体の抑揚を目立たせないウエストの絞りのないストンとしたシルエットのシュミーズドレス。色はピンク色で麦わらのカンカン帽子をのせている。両肩にはここでも大柄なフィシューを履いていた。
フィシューを必ず出してくるあたり彼女の自分自身の出自への強いこだわりのようなものが感じられた。
彼女と連れ立ってオルレアのメインストリートを歩く。
学校街からも近く、私も学生時代に友達とよく行き交った場所だった。馬車止めのある停車場に馬車を停めると馭者にここで待機するように言い含める。
そして私たちは街の中を歩き始める。
彼女とくだらないことをしゃべりながら街の中をそぞろ歩く。最初に足を止めたのはマカロンのようなお菓子を売る店だった。
少しの量を買い求めると3人でそれを口にしながらまた歩き始める。
それから、書店、ブティック、アクセサリーショップと眺め歩く。時々、他愛のないものを買い求めるとまた歩くというようなことを繰り返す。
そして私たちが文房具を取り扱うお店にさしかかった時だった。
アルセラの足が不意に止まる。表情も明らかに固かった。
「どうしたの?」
声をかけたにも関わらずアルセラは私の背中に隠れてしまう。何があったのかと彼女の視線の向いている方を辿れば、そこにいたのは中央学校の制服を着た3人の少女。
ただし可愛らしさはなく嫌味ったらしい剣呑さだけが滲み出ている。一人の中心人物に二人の取り巻き。いわゆる〝いかにも〟といった雰囲気だ。
その人の人間性や性格は言葉や行動に滲み出ていく。どんなに取り繕ってもその本性は決して隠すことはできない。
アルセラの態度と、私の視界の片隅を通り抜けて行った3人の雰囲気によって彼女たちの間に一体何があったのかすぐにわかった。
私はアルセラの手を引いて物陰へと移動する。それと同時にその3人の制服姿の少女たちを追う。すると停車場に止められた1台の馬車へと乗り込んでいった。
その時私は馬車の側面扉の片隅に描かれていた紋章をしっかりとその目に捉えていた。
紋章は〝一枚の布地と、それを縫い付ける針と糸〟
紋章を見ればその人物がいったいどこの家系の者がすぐにわかる。
その3人はこちらに気づくことなくどこかへと去っていった。
私はアルセラに言う。
「もう大丈夫よ」
「はい」
アルセラは取り繕った笑顔がすっかり消えて怯えきっていた。一体何があったのか手に取るようにわかるというものだ。
「何があったのか聞かせてくれない?」
「お姉さま」
「アルセラ」
私は彼女と向き合うと彼女の細い両肩を自分の両手でしっかりと握りしめた。そして彼女の瞳を真っ直ぐに見つめながらこう語りかけたのだ。
「私とあなたの間に隠し事は無しよ。私たちは姉妹、家族よ」
「お姉様――」
それまで、よほど辛い思いを胸の中に溜め込んでいたのだろう。私に体を投げ出すように抱きついてくると堰を切ったように泣き出す。
私は彼女をなだめながら一旦、馬車の方へと戻って行く。そして馬車に乗り込むとモーデンハイムの本邸へと戻っていったのだった。
† † †
本邸に帰り着くとすっかり憔悴しきったアルセラを自室へと案内する。待機していた侍女に命じて寝巻きに着替えさせる。
そして、アルセラのお付きの小間使い役であるノリアに私は命じた。
「明日は学校を休ませて。学校には風邪で発熱したと言って。それから今日はこのまま休ませてあげて。無理に起こさなくていいわ」
そして私はノリアさんにこう言い含めた。
「後で私の部屋に来てちょうだい」
「承知いたしました」
そして私は夕食を手早くとるとすぐに自分の部屋と戻る。お母様やお爺様に説明するにはまだまだ情報不足だからだ。
沈黙して一人で自室で待っていると現れたのはアルセラお付きの小間使い役のノリアさんだった。
彼女もまた真剣な表情をしていた。
「お待たせいたしました」
そう告げながら私の部屋と入ってくる。
「どうぞ」
私の言葉に彼女は私に近づいてきた。そんな彼女に私は問いかけた。
「教えて。一体何があったの?」
私の真剣な表情に言い淀むような彼女ではなかった。
「お嬢様は学校で孤立してらっしゃいます」
「それで?」
「お友達を作ることもできず、いつでも一人です。特定の学生にまとわりつかれて、周りはそれに巻き込まれることを警戒して距離を置いてます。それでも、アルセラお嬢様との約束で合格を果たした学校です。歯を食いしばって学校に通い続けているのです」
私は少し思案していたが言葉を選びながらノリアさんに尋ねた。
「学校には問い合わせたの?」
「いいえ。お嬢様が騒ぎを大きくしたくないの頑なにおっしゃいますのでお嬢様ご自身のお気持ちを超えるような勝手な真似は使用人の立場ではできません」
「そう」
私はさらに沈黙を守ると少し思案してノリアさんにこう告げた。
「明日からしばらくの間、学校を休めなさい。事態を解決するために私自身が直接動くわ」
「アルセラお嬢様」
その時のノリアさんの表情はとても疲れ切ったかのようだった。物事の事態を把握していても容易には口にできない。
ノリアさんの立場も非常に微妙なものだ。彼女はモーデンハイム直接の使用人ではなく、あくまでもワルアイユ家から出向しているだけにすぎないからだ。
ましてやアルセラ自身がみだりに口外することを止めていたとなれば尚更だった。
ノリアさんは私にこう答えた。
「お嬢様をよろしくお願いいたします」
「ええ、まかせて」
私はこう答える。
「アルセラは私の妹よ! 何があっても絶対に守るわ」
その言葉にノリアさんは深々と頭を下げたのだった。
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