ルストの帰路、実家モーデンハイムへの途上でのお召し替え
私の名前は〝エルスト・ターナー〟
このフェンデリオルと言う国で傭兵をしている。この国独自の制度〝職業傭兵〟――、その最高峰である〝特級資格〟を持っている。
傭兵としての二つ名は【旋風のルスト】
この国でその名前を知らない者はいなかった。
今の私はこの国を代表する英雄のような存在だったのだ。
私はこの国が大好きだった。そして、この国を守る職業傭兵と言う生業に大きなやりがいを感じていた。
そんな私は今、職業傭兵の任務の枠を超え、とある特殊部隊の隊長をしていた。
新部隊【
私は久しぶりに休暇をとった。実家から便りが届いたからだ。
『あなたの誕生会を開きます』
その年の夏、私は18歳になった。
また一つ、大人への階段を上った。
体の中も外も、一皮むけるように成長したのがよく分かる。
親元から離れようと、自分の人生を生きようと、自らの歩む道を探してもがいていたあの頃とは違う。
自分が生きるべき道を、確かな道のりを私は見つけた。それが自分自身の中で大きな自信となって自らの胸の中に宿っている。今私は充実していた。
まぁ実際には、それとは別に――
「なんか最近また大きくなったかな」
お風呂に入るたびに思うことがある。
「洋服の胸がキツイなぁ。それに揺れて痛いし」
ぽつりとそう漏らしたらメイラが言う。
「胴回りはお変わりになられないんでしょう?」
「それはそうだけど」
「ではよろしいじゃないですか。体が大人になられてきたということですよ」
そして彼女はこう言った。
「今まで以上に魅力的におなりだと思います」
何を言ってるのかよくわかった。ああそうか、体が大人として成熟し始まったということか。
「どうりで最近、街を歩いていてもジロジロ見られると思った」
「あら? 殿方の視線が気になりますか?」
「ええ、そりゃあね」
そう答える私にメイラは苦笑しながら言う。
「あまりにお胸がきつい場合、お洋服を仕立て直しいたしますのでおしゃってくださいな」
「そうね今度お願いするわ」
そんな会話をやり取りした後、私たちは実家へと帰省する準備に入った。その年の夏真っ盛りになる直前のことだった。
それから三日後、私はメイラと共に実家へと出発した。
† † †
辻馬車と運河客船を乗り継いで3日ほどの行程をかけて中央都市オルレアへと向かう。ブレンデッドまでの馬車道がしっかりと舗装され、動力運河船も充実してきたため都市間交通の日程は以前よりもはるかに短縮されるようになった。
以前なら徒歩と馬車で2週間ほどかかっていたのだが、それと比べれば驚くような改善だった。
オルレアの運河船発着場ではモーデンハイムの迎えの御用馬車がすでに私たちを待っていた。
私はいつもの傭兵装束姿で出発していたのだが、発着場近くにある宿屋を借りてモーデンハイムの用意した外出用のエンパイアドレスに着替えた。
金色の光沢のあるハイシルクのエンパイアドレスに、手元はフェンデリオル特産の極薄のレザー地〝沙羅皮紙〟のスキングローブ。腰から下はシースルー生地のロングタイツを履く。足元は革製のエスパドリーユ。肩の上には真紅のビロード生地のハーフコートが乗せられていた。この他、イヤリングやらペンダントやらヘッドドレスやら大小様々なアクセサリーがつけられる。
お母様のお見立てだと思うが相変わらず一分の隙もない仕立てだった。
着替えの補助をしてくれた女性仕立て師がぽつりと漏らす。
「お胸の辺りが少々きついようですね」
あぁやっぱり、部分的に成長しているのは間違いなさそうだ。にこやかに笑いながら彼女は言う。
「17から18にかけては女性の方は急速に大人の体におなりになられます。半年前のドレスが袖を通らないというのも珍しくありません」
そして彼女は道具を用意していった。
「小半時ほどお時間をいただきます。ドレスの胸周りのお仕立てを調整いたしますので」
「よろしくてよ。お願いするわね」
私は下着姿の上に宿から借りたタオル地のガウンを身につけてくつろいで仕上がりを待った。そして出来上がったドレスを改めて身につけて宿を後にする。
宿の建物の外へと出て馬車へと向かう。その途上、衆目が私を見つめるがその誰もが感嘆の声を漏らしていた。
「やっぱり目立つわね」
私が苦笑して言えばメイラはなだめるように言う。
「仕方ありません。それもご令嬢のお仕事というものです」
「そうね」
実は私がいつも着ている黒い傭兵装束は女性らしさをあえて目立たせないと言う意味もある。黒い色がシルエットを引き締めるため変に殿方の視線を集めない効果もあるのだ。
しかし、いかにもなドレスに着替えた途端にこうだ。着ているものでこれほどまでに衆目の反応というのは変わるのだ。私は実家へと向けてクラレンス馬車に乗って出発したのだった。
馬車に乗り込み実家へと向かう。ここまで来れば、お母様たちの所へは半日ほどだ。
オルレアの街を抜け実家のある南部地区へたどり着く。見なれた邸宅の敷地の中を通り過ぎ大きな玄関口へとたどり着く。
乗り慣れたクラレンス馬車が玄関口に横付けする頃には正面入り口玄関には30人ほどの使用人たちが左右に列をなして私の帰宅を待っていた。
馬車のタラップが降ろされて扉が開かれる。タラップを降りて歩みを進めれば私の姿を認めて女性使用人の侍女たちが一斉に恭しく頭を下げた。
「お帰りなさいませ」
見事なまでの統率の取れた言葉に私は礼の言葉を口にした。
「お出迎え、ご苦労様です」
ドレスを着てこの場所に立つと心の中のスイッチが音を立てて切り替わる。傭兵であるルストから、ご令嬢のエライアへとだ。
私が挨拶の声を返したのと同時に姿を現したのは執事のセルテスだ。着実な足取りで姿を表すと足を止めて上体をうやうやしく前と傾けて体を起こすと言葉を述べた。
「エライアお嬢様におかれましては、無事のご帰還誠におめでたく存じます」
「お久しぶりねセルテス」
「はい。お嬢様もご健勝そうで何よりです」
「あなたもね」
「は、恐縮です」
執事として乱れのない完璧な受け答え。いかにも彼らしいそつのない振る舞いだった。
「さ、こちらへどうぞ。先ほどから応接室にて大旦那様と奥方様がお待ちでらっしゃいます」
「ええ、よろしくてよ。参りましょう」
そして私はセルテスとメイラを伴いながら邸宅の中へと入っていったのだった。
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