第5話 異世界確定

 予定通りに陸地まで一カイリの距離に到達し『ダービーキングダム』は錨を下ろして停泊した。


 目に見える範囲には建築物の様なものは見当たらず、まだ人類がいるのかすらも解らない状況だ。

 このままイタズラに『ダービーキングダム』を動かして大量の燃料を消費する事を考えれば、追加の燃料が手に入る目途が立っていない以上は停泊は妥当な考えだろう。


 そして後部のヘリポートに停めてある、遊覧用ヘリコプターが状況確認のために飛び立った。

 電話は使えないが、ヘリとこの船に積んである無線機の間での通話は可能だそうだ。


 クルーの人達は衛星を使って世界中どこでも通話可能なイリジウム電話を所持する人もいるのだが、やはり電波は繋がらないそうだ。

 少なくとも現代の地球でないことは間違いないだろう。


 まだ、タイムスリップにより過去の地球に来た可能性は残されているが……


 ホタルは相変わらず外国人の老齢なご夫婦たちを中心に話し掛けて、情報集め? をしている。

 俺は日本語しか理解できないので、日本人の観光客が集まっている一角に移動し、日本人同士での情報集めを開始した。


 俺とホタル以外の日本人乗客は九十四名で熟年夫婦が四十四組で八十八名、単身参加が男性四名、女性二名だった。


 一応ホタルに言われて不動産賃貸を行う個人事業主としての名刺を用意していたので、怪しくないように名刺を差し出しながら挨拶をして回った。


 こんな状況だからなのか、この船に乗るだけの財力を持っていることに安心したのかはわからないが、概ね好意的に接して貰えたと思う。


 一番多い会話は「不動産貸付をしているのに会社組織にしていないのかね? 経費処理で優遇が少ないから、日本に戻れば会社組織にはしたほうがいい。税理士は紹介するよ」という内容が多かった。


 ほとんどの人は企業の会長職であったり、元社長で完全に経営権を手放して、悠々自適の生活をしている人たちだ。

 日本人で一番若い人でも六十二歳という事だった。

 平均年齢で七十歳前後という所だろう。


 今の状況に関しては、みんな判で押したように自分が騒いだからといって事態が好転するとは考えられない以上、無駄に騒ぐべきではないという意見が大勢を占めた。


「思い残すこともないしな」と豪快に笑う人が多いのも『金持ち喧嘩せず』の格言は本当なんだと改めて思った。


 特に奥様方などは、この世界最高峰の『ダービーキングダム』に乗船した状態で、そのまま死ねるのなら「まるでタイタニックの主人公になれたようだわ」とうっとりしてる人が多い。


 これではこの異世界で生き抜くための戦いを強いられた場合に、にすることは難しいだろう……


 そうなると、当然残すはクルーの人と仲良くなる選択になるが、日本語を理解する人は圧倒的に少ない。

 少なくとも理解している人でもネイティブで喋れる人はクルーでは、いないだろう。


 これはクルーとの接触は、ホタルに任すのが正解だな。

 船内のショッピング施設やカジノは営業を当面休止するそうだ。

 それは当然の判断かな?


 しかし身の回り品やタバコ、酒などの嗜好品に関しては限定的に時間を決めて販売するとの事だった。

 仕入れの当てがない以上は、それでも良心的な判断だろう。


 少なくとも地球でない以上は、ドルや円に価値はないんだから、戻れると信じていなければ、できない判断だよな。


 偵察のヘリコプターが飛び立って二時間が経過した。

 今の時刻は恐らく地球的な基準で言えば夕方の六時くらいだろう。

 日が沈み始めているのでそう判断をした。

 俺のそばにホタルが戻ってきて、外国人の乗客たちと話した結果は、やはり俺と同じような感じで、「焦ってもどうにもできない以上は、騒ぎ立てるべきではない」と思ってる人が大半だそうだ。


 再度船内放送が流れる。


「船長のジョンソンです。お客様方はご高齢の方が多いのもあり、度々お集まりいただくのも大変ですので、このまま船内放送でヘリコプターによる視察の結果をご報告させていただきます」


 辺りは静まり返っている。


「この世界は地球では無い事がはっきりと確定いたしました。この船の場所からは見る事は出来ませんでしたが、内陸部に入って行くと街の存在が確認されました。そしてそこにいた人々は、私たちと同じような人間も存在しましたが、我々の感覚でいうと亜人類と呼ばれる方々も多く確認されました。文化レベルなどはよくわかりませんが、偵察では中世ヨーロッパ程度の文化では無いだろうか? という状況です。それを踏まえてですが、この世界の人たちと対話が可能なのか? また燃料や食料の取引手段はあるのか? という部分を調べるために、現地の人達との接触を行うことに決定いたしました。現地人との接触は『パーフェクトディフェンダーズ』社から二名『ダービーキングダム』クルーから二名、乗客から二名を選びたいと思います。乗客の方でこの調査隊に参加したいという希望者の方がいらっしゃれば、三十分以内にカジノコーナーへお集まりください」


 船内放送を聞き、俺はホタルに確認を取る。


「どうする? ホタル」

「そんなの決まってるじゃないですか、勿論参加です」


「まじかよ。いきなり拘束される可能性だってあるんだぞ? 魔法を使ってきたりしたら、対処できる自信も無い」

「先輩、それも含めて今から他の参加者の方たちが異世界文化に対しての認識があるのか? とか確認したいじゃないですか」


「もしかしたら、今は何のスキルも無いけど初めて魔物を倒すとステータスを取得したりとか、そんなのラノベではありがちでしょ?」

「あ、ああ。確かにな」


「でも、その常識が通じるのはラノベを日ごろから身近に読んでる、日本人でないとそういう考えにたどりつかない事も十分に考えられます」

「なるほどな。それで参加してどうするんだ?」


「少なくとも、間違った判断をしないようにサポートとかできないかなぁ? とか思ったんですけど、どうでしょう」

「確かに全く異世界に対する知識がないままに敵対行動をする可能性は避けたいが、でも語学堪能なホタルでも、異世界言語は解からないだろ?」


「確かにそうです。ですが、私は一つの可能性にかけてみたいんです」

「どんな可能性だよ?」


「もし、ですよ。魔物を倒すとかでスキルを身につける可能性があるとすれば、自分の得意な物に関連したスキルを身につけるのではないかと」

「なるほど、じゃぁホタルなら言語理解的な?」


「はい、そして先輩なら、豪運とかギャンブラー的なスキルです」

「俺はなんでそうなる?」


「それはですね、少し考えてみてください。例えばこの船の他の乗客の方たち」

「うん」


「その場合これまで生涯賃金で十億円以上稼いできたような方ばかりです」

「そうだろうな」


「その人たちが、今回のようなWIN5を当てたとしてもその能力は芽生えないと思います、人生の大半とは言えないからです。でも先輩の場合、今回のWIN5の勝利が、今までの人生のクライマックスじゃ無いですか?」

「た、確かに……」


「そうであれば、その能力に関連したスキルが芽生えても不思議じゃないかな? って事です」

「まぁ本当にスキルなんて覚えれるかどうかも解んないけどな」


「まぁそうなんですけど、異世界という存在に対して少しでも知識があるのと、そうでないのとを比べればファーストコンタクトでの失敗をより確実に防げるんじゃないでしょうか?」

「そうだな、人任せで失敗されて全滅をする可能性を考えれば、自分が参加した上で駄目だった方が諦めがつくな」


「先輩! 前提条件が失敗しか無いのはダメです‼」

「スマン」


 探索隊の参加希望を伝えるために、指定されたカジノへと移動を始める。

 途中で窓から暗くなった空を見上げると、絶句した。

 そこには異世界を象徴するような、大きな二つの月が浮かんでいた。

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