第33話 密猟者、人気刑に処す

 コイネズミヨウムを密漁した事が咎められ、トガワは投獄されていたはずだ。

「はず」というのは今自分が何処にいるのか完全に把握できないための憶測である。

 自分は確かにパトカーに押し込められて投獄されていた。しかしまたすぐに屈強な男衆が現れたかと思うと、さっさと拘束されてまたしても車に放り込まれたのだ。それは丁度、トガワがかつて罪のない鳥たちを箱詰めにしていたのに似ていたが、そんな考えに至れるような冷静さはトガワには無かった。


 トガワが放り込まれたのはコンクリートがむき出しになった八畳ほどの一室だった。天井の灯りはLEDか蛍光灯なのか定かではないが、古ぼけて褪せた色合いの光を室内に落としている。


「おう、お前も連れてこられたんか」


 部屋には先客がいた。先客は二人いて、どちらもトガワと年の近そうな若い男だった。トガワを連行した連中と違って屈強そうな雰囲気はないが、狡猾そうで悪事に手慣れた様子だった。

 彼らもまた、動物の密漁密輸に関わったとかで何者かにここに拉致されたのだという。



「君らが選べる罰は二つに一つ。死によって贖うか、人気刑を受けるかだな」


 男の一人が傲然とした様子でトガワたちを見下ろしていた。


「人気刑って何ですか。罰金ですか、それとも拷問とか……?」


 コニシが震え声で男に問いかける。彼は確かコツメカワウソを密輸したという過去を持つとか言っていたはずだ。


「人気刑では罰金も拷問も無いさ――のみならず、人間社会を構築するあらゆる法や規則からも自由と言えるだろう」


 男の説明にトガワたちは沸き立った。人気刑ではない方が極刑である事も原因だろう。しかし法や規則からも自由という言葉には言い知れぬ魅力があった。

 人気刑で三人とも決まりだな? 男の問いかけにトガワたちは一斉に頷く。


「受けるためには注射をして、少し耐えて貰わねばならんな。注射後の作用が終わればお前たちは自由の身だ。本能のままに思うがままに生きても誰も咎めはしない。だからこそ人気刑と言われる訳さ」


 説明する男の顔にははっきりと笑みが浮かんでいた。殺風景な部屋の扉が開き、若い娘がワゴンを押しながら入ってきた。注射器の大きさに面食らったトガワだったが、生唾を飲み込んで恐れの念を押し隠した。



 娘は医療関係者だったのだろう。かなりな量の薬剤が注入されたが注射針の抜き差しによる痛みは殆どない。むしろ薬剤が妙に熱を持っているような気がした。


「あっ、うぐっ……」


 薬剤の持つ熱は、すぐに激しい痛みとなってトガワを襲った。インフルエンザやノロウイルスの比ではない。肉体や筋肉が……いや細胞の一つ一つが軋み、歪み、潰れていくような感覚をトガワは感じていた。

 座っている事すらできずのたうち回るトガワは、他の二人も似たような状態になっている事に気付いた。泡を吹き、喉元を掻きむしる者さえいる。その手は太く変形し、黒々とした剛毛が生え始めていた。

 苦しそうだな。男の声がトガワの頭蓋の中で反響する。おどけた調子なのか、冷徹に言い放っているのかさえ解らない。


「安心しろ。君らに打ち込んだのは毒じゃあないから生命に関わるものではない。

 君らに投与した薬は、ドクター草引氏によって開発された新薬さ。人間を任意の動物に変化させるための薬なんだよ。

 密輸に手を染めた輩を自分が密輸した動物に変えて野生に返す……これが人気刑の正体さ。ああしかし、俺は嘘など何も言ってなかっただろう?」


 そういう事だったのか……混濁する意識の中トガワは思った。痛みが引いてきたから立ち上がろうとしたが、両手はもう使えなくなっていた。「両手」と思っていた物は、既に灰色の羽毛に包まれた両翼に変質していたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る