第30話 サイコ術者の外道退治

 新米術者の西川は早速妖怪退治の場所に向かっていた。本来、彼のような大学を出たばかりの青二才術者が妖怪を仕留める仕事を任せられるのは珍しい事なのだが、彼の親や叔父叔母などと言ったベテラン勢がたまたま都合が悪く、彼しか出陣できない状況となってしまったのだ。

 とはいえ、使い魔として鴉天狗の少女がサポート兼目付け役として同行しているのでそう問題はないだろう。天狗娘は見た目通り鴉天狗の中ではまだ少女の部類にはいるものの、もう何十年も西川の家系の術者たちと行動を共にしていた。西川にとっては、ちょっとした姉のような存在でもある。


「ふん、糞鴉も一緒に連れてきたか。だがこのオレを斃せると思うなよ」


 西川が見据える先にいるのは一匹の妖狐だ。黒褐色の毛皮に覆われた、甲斐犬程の体躯の持ち主である。歪んだような笑みを浮かべた口許も、挑発するような両の眼からも、この妖狐の下劣な品性が見え隠れしているように見えた。

 いや相手の下劣さは事実だ。この妖狐は面白半分に学生に取り憑き、錯乱と狂気の淵まで追いやった輩なのだ。既に当局からは討伐の……殺害の許可は得ている。それくらい凶悪な輩なのだ。


「……既に結界を展開しているわ。無茶はしなくて良いから何かあったら私に言って」


 鴉天狗の少女が西川に耳打ちする。祖父にも父にも仕えていた彼女の事だ。素行の悪い野良妖怪を制圧し、時に討伐した確かな実績の持ち主である。西川はその事も知っていた。しかし結界を張ってくれただけで十分だと思っていた。西川にも策というかやってみたい術もあるし。


「まぁ良い、やるんだったらこっちもその気だからな!」


 妖狐が吠え、躍りかかって来る。直線的な攻撃で西川に向かってきたものの、途中で弾き飛ばされたように不自然に妖狐が吹き飛ぶ。何も言わずとも鴉天狗が空気弾で妖狐を吹き飛ばしたらしい。妖狐は地面に転げ落ちたがすぐに体勢を立て直そうと動いている。すぐにまた向かってくるだろうが、そのわずかなタイムラグがあるだけでも西川には十分だった。


「よし、念糸ねんし


 西川の言葉とともに、彼の手のひらから白く細長い糸が四、五本妖狐に向かって飛び出していった。しかし妖狐はものともしない。身を捻ってかわし、向かってきた一本に対しては敢えて体当たりして弾いたくらいだ。無論その顔には、憎らしい笑みが浮かんでいる。


「何だ小僧。そんなちゃちな紐なんぞでオレが――グフッ!」


 勝ち誇った笑みから一転、妖狐は身を丸め、苦しそうに咳き込み始めた。銃で何発も弾丸を打ち込まれたかのようにその身体には丸い傷跡が刻まれている。咳き込む口許からは血が滲み始めていた。


「かかったな、糞狐が。念糸に見せかけてお前の身体に蟲を仕込んでやったんだ。取り憑かれる感触って言うのを身をもって味わうと良いよ」


 西川はそう言うと今度は本当の念糸を繰り出した。捕縛するなどと言う生易しいものではない。鞭のように振るわれたはずのそれは、妖狐の四肢と尻尾を付け根から切断してしまったのだ。頭部と胴体だけになった妖狐を見下ろす西川の面には、件の妖狐にも負けないくらい、禍々しい笑みが貼りついていた。


「ぐ、げ、おのれ小僧。こんな目に遭わせておいてただで済むとは……」


 妖狐の言葉は途中で遮られた。落ちていた尻尾を、がっと開いた口に押し込まれたからだ。


「やはり畜生は畜生だな。自分でやった事は顧みずに、報いを受ける時さえもおのれの罪に向き合わず口やかましく吠えるとは」


 西川は妖狐を二度蹴り飛ばした。一度目で妖狐の右目が潰れ、二度目でひっくり返った。無防備な腹、あらわになった下腹部に、西川は力を込めて片足を押し付ける。柔らかな組織が潰れる感触の合間に、妖狐の怯えを感じ取った。


「――全く、本当にお前が愚かで涙が出そうだよ。今こうして震えているのだって、そうすれば助けてくれるって思っているからだろう?」


 しばらくの間、西川は妖狐をフルボッコ(可愛い表現)にする事に夢中になっていた。こいつはフルボッコにされてしかるべきなのだと無邪気に思っていたのだ。その作業に待ったをかけたのが、他ならぬ使い魔の鴉天狗だった。


「坊ちゃま、もう決着はついています。奴は死んでいます」


 普段の冷静な物言いと違い、鴉天狗の声は少し震えていた。西川はせわしく動かしていた足を止め、地面を見やった。そこには赤黒い液体に塗れた、ぼろ雑巾のような毛皮の塊があるだけだった。



 西川が若くして妖狐を討伐したという功績は、すぐに術者たちの中で情報共有される運びとなった。しかし、術者は術者だが事務仕事ばかりが宛がわれるようになったのである。妖怪を殺した実績があるというのに、そこだけが西川には不思議でならない所だった。

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