第23話 見世物天狗

 妖怪はこの世に存在するし、人間が妖怪になる事さえあるらしい。

 烏山君の末の叔父は、奇妙な経験の果てに一羽の天狗になってしまったという。事の発端は今から二十年前、それこそその叔父が大学生である烏山君くらいの年齢の時の話だ。


 若かった叔父は常々楽なバイトを探し求めていたのだが、初夏のある日、見世物小屋のバイトなどを発見してしまった。初期とはいえ平成になっていたご時世である。未だに的屋に見世物小屋があったという事に驚く諸兄姉もいるであろう。だがそこで驚くのはまだ早いというものだ。

 見世物小屋のスタッフというのが募集内容だったのだが、端的に言えば陳列される見世物に扮するというのが仕事内容だったのである。高い給金を餌に、見世物になる人間を募っていたのだ。妖怪を展示しているというコンセプトが売りの見世物小屋だったから、むろんやって来たバイトは妖怪に扮し、仕事の時間内とはいえ繋がれたり檻の中に入ったりして異形めいた振る舞いをせねばならない。マトモな考えの若者ならば、大金を積まれたとて募集に応じようなどとは思わなかっただろう。

 しかし叔父はこれに応募したのである。異形めいた振る舞いをせねばならないという葛藤も施設に対する疑念も、金に対する欲求の前では何の意味も持たなかったらしい。


 叔父のバイト先、見世物小屋には既に妖怪に扮しているスタッフが二名程いた。先客は妖狐と化け猫だったらしく、叔父は天狗に扮する事となった。もしかしたら、叔父の心性を見抜いて天狗というチョイスになったのかもしれないが、詳細は解らない。

 異形に扮すると言っても、天狗らしい山伏衣装を着こみ、ついで黒鳥の羽毛をより合わせた翼を背負ってそれらしくするだけだった。見世物小屋と言っても欠損とかそういう事ではなかったので、なおさら叔父は油断していたのだろう。

「こんな因果な事を仕事にするなんて」と、世話係で先輩格だった妖狐役のスタッフは言ったのだという。彼は狐らしい姿に扮していたが、首許に巻いた襟巻や尻尾の飾りを外すところを叔父はついぞ見なかったという。


 叔父の身体に異変が起きたのは、バイトに入って半月も経たぬうちだった。背中に背負っていたはずの翼がくっついて取れなくなったのだ。引っ張って外す事は叶わなかった。飾りだったはずのそれは背中の皮膚と一体化し、取ろうとすれば痛みを伴ったからだ。

 そうしているうちに黒翼はひとりでに動くようになり……やがてもう一対の腕のように動かす術を叔父はマスターした。

「天狗になったのだな。俺と同じだ」肉体が変貌した叔父を前に、妖狐は呟いた。彼も元々は人間だったのだが、叔父と同じような経緯によって妖狐になってしまったのだという。


 件の見世物小屋がどうなったのかは知らない。しかし烏山君は時々叔父を見かけるのだという。職質されぬよう夜中や早朝出歩いてフワフワと飛んでいるのだという。

 既にオッサンになっていてもおかしくない年齢であるというのに、その姿は若々しく、烏山君と兄弟だと言っても遜色ない程なのだそうだ。


 欲にくらんだ烏山君の叔父は文字通り天狗になってしまった訳だが、話を聞くだにそれはそれで楽しく暮らしているらしい。

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