とあるダンジョンマスターの一日

前のエピソードが長かったので今回はあっさりと。

これにて幕間終了です。


そして、ブクマ、♡、☆、ありがとうございます!

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 最初、そこはモノクロの空間だった。すべてが白と黒で構成されていた。

 色が加わったのは主が決まってからだった。

 まず、皙蝋せきろうたる肌の色、そして朱の瞳が加わった。だけどその時は色が増えた、ただそれだけの出来事で、それ以外に意味はなかった。

 その時点で主は、その空間を構成する歯車の1つに過ぎなかったのだ。


 変化の始まりは、外に知識を求め始めたことだろうか。

 空間の主は貴重なリソースを使い、つながりを外に求めた。

 そうしているうちに、ただ白かっただけの肌は紅潮し、濡羽の黒髪は乱れ、朱の瞳は揺らぎ、そしてモノクロの空間に雑多に物が増えていった。


 そして今、部屋の主は目の前の物に視線を注ぎ、わずかな変化も逃さんと瞬きすら惜しんでいる。


「むむ、焦げ目がついたし泡が出てきたぞ、もういいのではないか? 大丈夫じゃろ?」


 少女の目の前には卓上の七輪。そこで焼かれている極太のアスパラガスを器用に箸でつまんだ。


「ほほー。我ながらこの焼き加減、完璧ではないかの。……して、これはどうやって食べればよいのじゃ?」


 まるでその言葉に合わせたかのようなタイミングで、スライムが小皿を前に押し出す。

 そこに用意されているのはクリーム状の物体。


「おお、これは我と同じ全知全能の調味料。異世界に行ったらまず作られ主人公の躍進の原動となるという万能調味料、マヨネーズではないか。なるほど、これをつけて食えというわけじゃな、ウスベニ」


 それでは、とばかりにべったりとマヨネーズをつける。そうしてそれを口いっぱいに広げて頬張った。

 その場を沈黙だけが支配する。ただ、むぐむぐと咀嚼する音だけが響いていた。そして――、


「うまいのじゃーーー」


 少女は叫んだ。


「甘み? 旨み? ようわからんがおいしい汁がじゅわっとくるのじゃ。それでいてコリっとした歯ごたえは失っておらん。しかもそこに加えられたねっとりクリーミー、まろやかな酸味のマヨネーズ。ともすればこれだけで完成しているであろうアスパラガスのおいしさを邪魔することなく一段引き上げる。まさに至高の一品。たーまらーんーのーじゃー」


 ひとしきり思いの丈を述べ、そして叫んだ少女はまたアスパラガスへと向き直る。

 卓上七輪でほどよく焼かれたそれは、スライムが器用に操る菜箸でもって取り分けており、少女はそれをあーだこーだ言いながら口にしていく。

 そうして一時、きれいに完食した少女は満足げにお腹をポンポンと叩いた。


 今の時刻は日本時間において朝8時。そう、日本のダンジョンマスター、迷ノ宮モナの朝に食事は欠かせない。



「さて、腹もくちくなったことだし、それではお仕事を始めるかの」


 モナの目の前に、どさりと分厚い辞典が出現する。


「おっと。その前にアスパラガスと七輪を我に献上した者はダンジョンに潜っておるのじゃろうか」


 その言葉にウスベニは、ついとメモのような物を出す。


「ご苦労。ふむ、なるほどの。ではそやつらにはひと月限定でちょっぴり幸運になる加護をやろう」


「――!」


「む、そう堅いことを言うな。ほんのちょっとの加護じゃ。知ってて気をつけて、それでようやく実感できるくらいのものよ。だから心配せずともよい。それにこれはちょっとした感謝みたいな物じゃしの。まあ、さらなるお返しを期待しないこともないが」


「――? ――」


 ウスベニは呆れたように身体を震わせる。なんとも器用なスライムである。


「うぬ、気づかれない程度の小さい加護じゃお返しは期待できないとな? なるほど、一理ある。ではもう少しよい加護に……」


「――!!」


「わかったわかった、冗談じゃ、冗談じゃよ」


 モナはウスベニの身体をなでて、そして辞典へと向き直った。


「さーて、お仕事始めるかの」






「だーーー、いつになったら終わるんじゃ。明らかに仕事量増えとりゃせんか!? 見た目で量が増えとらんからって、我騙されんぞ!」


 モナは辞典をバンと叩きつける。するとそれは身の丈はあろうかという紙の束に変わった。


「ほらー、明らかに昨日から増えておるじゃろうが」


 モナは手足をバタバタとさせて不満をあらわにする。


「この間見たダンジョンもののダンジョンマスターは、惰眠をむさぼっておったぞ。それ以外のダンジョンものでも、細々とサポートをするヒロインがおったりとか。なんで我だけ、一人で仕事に忙殺されんといかんのじゃー。我、もうしらーーん」


 モナは紙の束を吹き飛ばし、体を横たわらせる。そうしてふてくされたモナは、どこからか手に取ったリモコンのスイッチを押した。

 すると空間のすみを占有していたディスプレイがともった。流されるのはワイドショー。もうお昼を過ぎていたようだ。

 それを確認し、モナは独りごちる。


「ほらー、もうたっぷり仕事したのじゃ。もういーやーなーのーじゃー」


 なお、撒き散らかされた紙の束はウスベニがせっせと整頓し、まとめていた。


 ワイドショーの槍玉に挙がっていたのはダンジョンだ。

 街頭でのインタビューではダンジョン内の、規制をされていない動画を実質誰でも見ることができるようになっている実状についてどう思うか。これを中高年を対象に聞き、ネガティブな意見が多いことをグラフで表していた。

 また、ダンジョンのそばでは、治安の悪化に悩まされる近隣の住民を映しだしている。

 そしてとどめとばかりにMCの芸能人が、ダンジョン探索者の死亡事件に触れ、その危険性を訴えていた。


「そういやこの話もあったのぉ。これ、原因わかっとるし、政府に説明もした。政府も納得して発表したはずなんじゃが……。そこには触れず、納得せずか。どうしたもんかのぉ。これで探索者が減っては困るのじゃが」


 しばし考えた末、モナはヨシとばかりに膝を叩く。


「ちぃとお灸を据えるために、我引きこもるのをやめるか。そうじゃな、そうしよう」


 うむうむと頷くモナのそばに一枚の紙が。ウスベニがもってきた物だ。


「ん? 速報じゃと? おお、日本がついに魔石の活用法を確立させてのじゃな」


 モナは喜色をあらわにし読み込んでいく。


「ううむ、日本は魔石に慣性質量の方向を変化させるという可能性を見いだしたのじゃな。技術的にはかなり難しい部類ではなかったか? その代わり比較的安全ではあるが。……まあ日本らしいと言えば日本らしいか」


 モナはこめかみをもみしだく。


「なんというか、ファンタジー、幻想の概念が世にはびこっておるのに、こういう面では妙に科学信奉よな、日本は。……まあよいか。何はともあれこれで日本の技術体系は固定されたのお。はてさて、他の国はどの方向に進むのやら。他国のマスターがどうしているか気になるけど、交流は難しいじゃろうなー」


 グッと一伸びしたモナは、ゲームのコントローラーを取り出した。


「まあ、できん物は仕方ない。じゃがいずれの交流のために、語学とコミュ技術を磨いておくこととしよう。ふははー、本職のダンジョンマスターの強さというのを思い知らせてやるわー」


 ディスプレイがゲーム画面へと切り替わった。





【noob】

【easy game】

【gg noob mona】


 ゲーム画面にコメントが並ぶ。そしてモナはというと……、突っ伏していた


「ふるぼっこじゃ、いじめなのじゃ……。あ、ウスベニ片付けといて」


 器用にコントローラーを操り、ゲームを終了していくウスベニ。

 それを横目にモナは居住まいを正す。


「別にゲームで負けたからってかまわんしー。ちょっとダンジョン運営の勉強になるからってやってただけじゃし。それに時間が迫ってたから切り上げただけじゃし。我、暇じゃないもん」


 それでもブツブツと不満を漏らしていたのだが、ウスベニが時計を差すとコホンと咳払い。腰に手を当て右手を大きく広げる。


「我、ダンジョンマスター。これより配信を始める」


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幕間、長引いた。

予定では4~5話くらいで15000字くらいにしようと思ってたのに、蓋を開けたら三倍近くになってるし。

すべてはやつ(自称モブ)が悪い。

2章で出てきた探索者の話も書こうかと思ってたけど、まるまるカットですよ。


さて、次からはいつも通り、動画視聴形式でのお話になります。


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