とあるモブが探索者の免許を取る話 後編-4

終わりそうになかったので、お詫びの連日投稿。

さすがに次回でモブのお話は終了です。たぶん、きっと、メイビー



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 一瞬の浮遊感。思わず閉じてしまった目を開くと周りの景色が一変していた。

 さっきまでの事務所然としていた風景は、コンクリ打ちの地下道に変わっている。そしてその通路は、どことも知れぬほのかな明かりに照らされていた。


「おおー」


 動画視聴勢の僕としてはわかっていたことなんだが、それでも目の前の光景に思わず声が出てしまう。

 ダンジョンはちょっとしたトンネルくらいの広さがあり、僕の声は通路の奥へと響いていった。

 うう……、なんかこういう響く声を聞くと無性に大声を上げたくなるな。

 確かダンジョンの一層目、入ってすぐの場所はモンスターが出ないんだよな。よしきーめた。

 そうして僕が大きく息を吸い込んだ、その時だった――


 ――ぺしん。


 僕の頭がはたかれた。いったいなぁもう。

 振り向くと、キトラが呆れた表情でたっている。

 貴様か、貴様が叩いたのかー。


「なんつー目で見てきやがる、とりとり。てめぇ、大声上げようとしやがっただろ。安全たぁいえ一応ダンジョンなんだから無駄に声上げんじゃねぇよ。あと、そんなに強く叩いてねぇだろ、せいぜいなでたぐらいだっつの」


 なにおー。か弱い僕にとってはな、キトラの馬鹿力は脅威なんだぞ。ついでにいうと、指輪じゃらじゃらでゴツゴツして痛いんだよ。

 抗議の意味を込めて僕はキトラの手を指さす。


「ああん?」


 キトラは自分の手をみてしばし沈黙。やがて納得したのかため息をついた。


「はぁ、てめぇが余計なことしなきゃいいだけだろうが。つーかとりとりよぉ、てめぇちょっとの間に大分精神年齢が低くなってねぇか? 昨日はまだマシだったのによ、今日は見た目相応になってきてるぞ」


 納得してないじゃん! てかさらっとディスってきてないか? 断固抗議するぞ僕は。

 そうして僕がキトラを威嚇しようとしたその時、パンパンと手を叩く音がダンジョン内に響いた。


「はぁいはい。仲がいいのはいいが、じゃれるのはそこら辺にしておいて、そろそろおじさんに注目してくれないかね」


「そうそう、アタシだけ仲間はずれにしないで欲しんだけどなー」


 そんなおっちゃんとイッカの声に周りを見ると、二人も少し離れた位置に現れていた。

 ふうむ、一緒の場所といっても、くっつくぐらいにそばというわけじゃないんだなー。

 そして、おっちゃんのそばには、入ってきた者と同じような暗がりが広がっている。仄かにあかる地下道に、そこだけ玄関サイズに切り取られた暗闇があった。


「こいつがこのダンジョンの出入り口だな。ここから出ればさっきの場所に戻れるわけよ。どのダンジョンも最初は複数の出入り口がある。下層への道は一個から複数だな。まぁこれは引いたマップによりけりだ。マップの固定は、三層までなら二日間な。一緒にはいる面子が変わった時とかは……。まぁ追々自分で調べてくれや。というか講習で習っただろ」


 おっちゃんはボリボリと顎をかく。説明するのがめんどくさくなったな、こんにゃろめ。


「ここでぐだぐだ話しててもクラスを得られるわけもなし、時間の無駄だしな。行くとしようかね。ちゃんとついてこいよ。はぐれんなよ、八鳥はっとり君は特にな」


 特にってなんだよ! 子供じゃないぞ、迷子になんかなるか! なんならちゃんとマッピングしながら行くわ。

 ごそごそとナップサックからメモ帳と鉛筆を取り出し、顔を上げる。

 ちょっ、あ、こらっ。おっちゃんもキトラもさっさと進むんじゃない。僕をおいていくな。あと、イッカも笑うな。おいていくぞ!





 しばらく進んだところで、先頭を行っていたおっちゃんが足を止めた。


「はい、ストップ。敵さんのお出ましだ」


 おっちゃんの声に皆も足を止める。耳を澄ますと奥からチャキチャキと何かが地面をひっかく音が聞こえた。


「このダンジョンの一層の敵は、基本的に犬の頭を持った人型生物。ファンタジーでいうコボルトって奴だ。こいつの特徴は色々と武器を持ってるって所なんだが……」


 通路内の明かりに照らされて、次第に相手の姿があらわになる。

 現れたのはおっちゃんの言うとおり犬頭のモンスター。なお可愛さは欠片もなく、ゴワゴワの毛皮の顔を醜悪に歪めうなっていた。

 そしてそいつは両手に武器を持っていて……。


「へぇ、弓持ちか、珍しいな」


 そう言っておっちゃんは武器を、30センチほどの剣鉈を構えた。


「最初は俺がやる。三人はそこで見学しててくれや」


 言うが早いか、おっちゃんは一足飛びにコボルトに向かっていく。いや、早過ぎんよ、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 コボルトも矢をつがえて迎撃しようとするが、当然の如く間に合わない。


 ――一閃。弓弦がはじけ飛ぶ。

 続いて二閃。右手の腱を切られコボルトは矢を落とした。そして三閃、同様に弓も取り落とす。

 瞬く間にコボルトの装備を丸裸にしたおっちゃんだったが、まだ止まらない。

 おっちゃんはコボルトの後ろに回ると、コボルトの顎に空いた手を当てる。そうしてむき出しとなった喉元に剣鉈が当てられた。


「――かひゅぅ」


 喉を裂かれたコボルトの叫びは吐息となって消え、代わりに血しぶきが舞い散る。

 おっちゃんはそのままコボルトを背中から蹴り倒すと、剣鉈についた血を払った。


「かふ……かふ……」


 コボルトの流した血が地面に広がり、必死の声は喉から漏れていく。

 それでもまだ立ち上がろうとコボルトはもがくのだが、おっちゃんはその背を踏みつけ、それすらも許さない。

 そうしてしばらく、コボルトは何をすることもできずに消え去っていった。後には小さな黒い魔石が残されるのみだ。

 それを拾い上げながらおっちゃんはこちらに語りかけてきた。


「とまあ、こんな感じだ。どうだった?」


「どうだったって……。アタシとしてはやり方がちょっとエグいんじゃないって思うんですけど……」


 少し口をとがらせるイッカ。僕もイッカの意見に同意である。わざわざこっちに見せつけるように倒してるし、おっちゃんの腕ならもっとスマートにやれたと思うんだけどな。

 血しぶきぶっしゃーも余計だし。なんならさっさととどめを刺して、コボルトの姿を消させることもできたはず。

 なーんで、ここまで見せつけるように倒したのかなー。

 そんなふうに疑問に思う僕たちを見て、おっちゃんは鷹揚に頷く。


「ふむふむっと。お前さん達は大丈夫そうだぁね」


「ああん?」


「はいはい、津江月つえづきくんも怖い顔しなさんなって。とりあえずさっきのは君らの探索者の適性を見てたのさ。人によってはさっきの血を見ただけで気分悪くなって吐いちゃう子もいるんだからさ」


「んなやつ、そもそも探索者になろうとは思わねぇだろうがよ」


「と、思うよねぇ。だけどいるんだよな、そういう子。でまあ、そんな子にはさっさと探索者業からUターン、もしくはせめて他のダンジョンを案内してあげたいからね、こういうことやってる訳よ。ここって出てくるの基本人型モンスターだし余計に、ねぇ? ま、通過儀礼みたいなもんだよ。他の教官役も似たようなことをしてるはず。ていうか、人によっちゃあもっとエグい倒し方するよ。四肢を吹き飛ばして肉片まき散らしたりとか」


「えぇー、さすがにそれはいやかな。服汚れちゃうし」


 心配するのそこかい! いや、ある意味イッカの発言としてはお似合いだけどさ。


「どうせ外に出たら元通りだから、別にどうでもいいだろうがよ」


 キトラの返しもどうなのかなー。いや、確かにそうだけど、心配すべき所は他にあるだろー。

 うーん、やっぱりこの中じゃ僕が1番まとも、かつ普通だな。こやつらに染められないよう気をつけておかないと。


「……で、オレ達は教官さんのお眼鏡にかなったのかよ」


 キトラの言葉におっちゃんはうんうんと頷く。


「ま、大丈夫でしょ。強がりだろうがなんだろうが、あれ見てそれだけ普通に会話できてれば十分だよ。あとはまあ、実際に自分でやって見てって所だけど……」


 そこまで言っておっちゃんは僕たちを見回す。


「一応聞いておくけど、モンスターを倒してのクラス取得を望んでるんだよね」


「おう」


「うん」


 返事をする二人に合わせて、僕も首を縦に振って答える。


「了解っと。君らは即席パーティっぽいし、とりあえずは順番にモンスターを倒すってことでいいかな。出たクラスを取得するか、それとも選択肢を増やすためにまだモンスターを倒すかどうかは君たちにお任せするよ。俺も時間内であれば付き合うしねぇ。ま、基本は死なないようにサポートする程度だけどね」


「死んだらクラスは自動で割り当てられるんだったか?」


「そういうこと。津江月君はちゃんと勉強してるねぇ。えらいえらい。あ、後オークが出てきたらこっちで相手するからね。あれはクラス無しだと荷が重い。まあ、戦いたいなら戦ってもいいけど、その時は僕はノータッチだよ」


「やらねぇよ。身の程はわきまえてる。…………で、いいんだよな?」


 キトラが僕たちを確認するように見てくる。


「モチよ」


「無理しなーい」


「それはよかった。たまーに戦いたいって無理言う人もいるからさ。特にオークは初回で倒した人が動画で配信されちゃったし。君たちがそんな人じゃなくてよかったよ。それじゃあ行くとしますか」


 そう言って歩き出すおっちゃんの後を、僕たちはついていった。

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