第26話 我、ちょっと離席
「むふー、いい香りなのじゃ」
モナはフォークで切り取ったバウム手に、大きく一息、香りを楽しむ。
そうして、あんぐりと口を開け、一気にそれを口へと放り込んだ。
「おいふぃのじゃ。ふぁりふぁりしっとりで、よい感じなのじゃ」
口いっぱいに頬張ったそれを、んぐと飲み込んだモナは、そこではじめて自分の服を引っ張るウスベニに気がついた。
「なんじゃウスベニ、おぬしも欲しいのか? いやしいやつよのぉ。仕方がない、わけてやろう」
そう言ってフォークでもって、半かけを切り取りウスベニに差し出した。だがウスベニは小さく身体を震わせて否定する。
「むぅ、ウスベニよ。どうしたというのじゃ……」
困るモナの袖口を、ウスベニはなおも引っ張っていた。
《卑しいのはおまえだーー》
《くっそ、うまそう。ポチろう》
《これ、放送時間忘れてたぱてぃーんや》
《まさかぁ。昨日あれだけうっきうきで宣言してたじゃん》
《いくらおやつに時間だからってさあ》
《格好もTシャツ、短パン……》
《ざっつすぎやろ》
《油断しすぎである》
《必死に気づかせようとする、ウスベニちゃん。……けなげ》
《そして未だに気づかないモナちゃん。あほの子である》
《やっぱりぽんこつだなぁ》
《昨日はちょっと見直したのに》
《根はぽんこつだから、仕方ないね》
《三つ子の魂百まで》
《そういやモナちゃんって、何歳くらいなんだろうな》
《のじゃロリだし、設定的には3桁才》
《設定言うなし》
《見た目と同じで、モナさんじゅうさんさい》
《どちらも悩ましいな……》
《あ、そんなこんな言ってる間に気づいたみたい》
《やっとか……》
《イイ顔するなぁ》
《これでまた、からかうネタが増えたわー》
コメントの通り、ようやく気づいたのか、モナはその朱い瞳を大きく広げ――、
「はぁうんぐ!」
なんとも珍妙な叫び声を上げた。
「な、な、なんで放送が始まっておるんじゃ……」
《いい声w》
《どっから声出したww》
《バウムを口から飛ばさないよう、とっさに閉じたからな。変な声出してまぁ……》
《食い意地張ってただけな気がする》
《なんで始まってるって……。そりゃあ、開始時間を過ぎたからさ》
《お昼開始でしょ、もしかして忘れてた?》
《夜開始じゃないよ。自分で言ってたじゃん》
「はわぁぁ。そ、そうじゃったー。忘れておったー」
モナは頭を抱えて叫ぶ。その服の裾を、なおもウスベニが引っ張る。それに気づきモナは慌てて居住まいを正した。
「い、いや……。我、ちょっとあふたぬーんてぃをたしなんどっただけじゃし」
腰を落ち着け、黒髪をふわりとかき上げる。
《おそいわー》
《ぜんっぜんとりつくろえてないわー》
《すでに自白してるんだよなぁ》
《すっかり忘れておやつを食べてたことは判明している。もう遅いのだよ。はははは》
《どうせお菓子が届いたから、うっきうきで包装あけて、その勢いで忘れてたんだろうよ》
《ウスベニちゃん、何度も注意喚起してたのに、全然気づかないんだもんな》
《頼りない主であることよ……》
《そこがチャームポイントなんだけどな》
《これで誤魔化し切れたと思ってるのか……。やっぱダメな子だな》
《アフターヌーンティーとか。お茶も無いのによく言ったわー》
「えーい! そなたら、うっさいわーー」
モナは机をバンと叩き立ち上がった。
「ちょっとしたお茶目な冗談じゃろうがー。細かいところをグチグチと――。だいたい茶がないのは、そなたらが我に貢いでないからであろうがっ」
がぁと気炎を吐くモナ。
《おい、ついにおねだりしはじめたぞ》
《強請る、お強請り。じつは漢字が一緒なんだぜw》
《まあ俺たちは寛大だからな。誰か貢いでくれるだろ》
《完全に他人任せな件について》
《だが茶もないところを考えると、意外とさみしい生活してるのか、モナちゃん》
《支えてやらねば》
《俺たちが支えてやらねば》
《それよりも、モナちゃんの服装を誰か注意してやらないの? 完全に部屋着じゃん》
《ばっかお前、気づいてないんだから言うんじゃねぇよ》
《せっかくスルーしてくれてたのに》
《どうせお前、ノマルンだろ》
《はーーー、しらけるわーー》
《なんでわかるんだよ!》
《せっかく、部屋着モナのままの生放送、期待してたのに》
《気づくまで、によによしながら見てようと思ってたのにー》
《やってられんわー》
「な、な、な……」
モナは口をパクパクと開け閉めしながら、自分の服装――だんぢょんますたーと書かれたTシャツ――を二度三度と見る。
「なんじゃとー! 早く言わんかー」
モナはばっばと辺りを見回すと叫んだ。
「我、着替えてくる。そなたらはそれまでダンジョンのライブ映像でも見ておれ。ウスベニもよろしく頼むぞ。菓子も半分なら食べてよい。後、ノマルンは褒めてつかわす」
そう一息に言うと、モナは画面から姿を消した。
画面は煉瓦造りのダンジョンへと移り変わり、ワイプされた画面には、ウスベニが小さく映っていた。
《褒められやがった。妬ましい》
《ぐぎぎぎぎ》
《ノマルンのくせに許されない》
《そんなこと言われても……》
《部屋着って言ってもアバターだよな。切り替えればいいだけじゃないの?》
《うーん。モナモナに関しては、Vアバターかどうか、正直疑わしいんだよね~》
《菓子類食べてる時点でおかしいよな》
《菓子だけにおかしい、と》
《はい零点》
《きびちい》
《ダンジョン出現した時点で、ファンタジーなんだから、何でもいいよ、もう》
《モナちゃんは可愛い。それでいいじゃん》
《あのTシャツ欲しいな。グッズ展開してくれないかな》
《要望出しておこうぜ》
《話変わるけど、この煉瓦造りのダンジョンってどこだ?》
《たぶん、九州のダンジョンかな》
《ちな、敵は?》
《ゴブリンが出る》
《自衛隊ダンジョンと一緒じゃーーん》
《そして、ゴブリンが出て、ゴブリンが出て、ゴブリンが出る》
《なんかいろんなゴブリンが出るらしいぞ》
《ゴブリン、そんな種類がいるのかよ》
《多種多様らしい。まあ、モナが悪ノリしたんだろ》
コメントが流れている間に、画面にも変化があった。男女4人が画面に映り込んだのだ。
4人は扉を前に話し込んでいる。
「光り輝くものすらも、引きずり倒して進むもの、だってさ、四方山」
要所をプロテクターで覆い、コンパウンドボウを持った女が、後ろの男に話しかける。
男――四方山は手に持ったライオットシールドと、1メートルはあろうかという斧を地面に立てかけながら答える。
「今まで扉に字が書かれたことはなかったよな? 林音」
「うん、うちは高知のダンジョンに潜ったけど、そもそもあそこには扉なんて無かったしね。風花と野火は?」
扉の前の女――林音が他の2人に問いかける。
プロテクター以外には、これと言った装備を持たない女――風花は首を横に振った。
「京都のダンジョンでもこんなのはなかった」
「長野、安曇野も一緒だな」
最後に残った男――野火も同じく首を横に振った。その男はある意味異彩を放っていた。
他の3人と同じくプロテクターを装備している。しかしその背や腰には、様々な鉄砲、いや水鉄砲を装備していた。
「ぶふっ」
林音が吹き出した。つられるように四方山も笑みを浮かべる。
「笑うんじゃねぇよ、林音。四方もだ」
「そう、笑っちゃ駄目だよ。野火はそう……、とっても役に立つ」
「風花、お前も言い方、な」
悪気はないのだろうが、あんまりもなフォローの仕方に、野火は軽くため息をつく。
「まああれだ……。他のダンジョンにそれぞれ潜ったとは言え、一層だ。対してここはもう3層。これまでのことを考えたら――」
「――ボス、かな……」
「おい、風花。オレの言葉をとるんじゃねえよ」
そんな野火の言葉にも、風花は『?』と首を横にするのみだった。
「はぁ。まあいい」
野火は首を横に振る。
「まあ今までとは違う扉に、これ見よがしな文言。ダンジョンものにつきもののボス戦だろ? どうせゴブリンだろうけど」
「だろうな」
四方山も、四角い顔に笑みを浮かべ、野火の言葉を肯定する。
「ま、でも。やることは一緒でしょ。私がコイツで攻撃し――」
林音が弓を掲げる。
「俺が防いでいる間に――」
四方山が盾をたたく。
「調べる――」
風花が小さく頷く
「そしてオレがサポートに回る」
野火が水鉄砲をくるりと回した。
「オッケー。じゃ、いこうか。民間初のボス討伐だ」
「多分、だけどなー」
林音は扉を開けようとした手を止めて、茶化す野火に口を開く。
「うっさい、水差すなな、野火」
「ああ……、水鉄砲だけに……」
ぼそりとつぶやく風花。
「ぶふっ」
吹き出す林音だったが、四方山に背を押され、あらためて扉に手をかける。
「遊んでないで、いくぞ」
「あいよー」
そうして扉は開かれた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
明日はおやすみして、次回更新は月曜日となります
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます