第22話 我、出番ないんじゃが……

 映し出されたのは草原だった。太陽の如き明かりに照らされた草原は、膝丈までの草を風にそよがせていた。

 そこだけ見ると、岡山総社のダンジョンのようだが、明らかな違いがある。

 まず道がなかった。そして、木々の立つ林や、小高い丘も見えている。



《うーん、圧倒的オープンフィールド感よ》

《他のダンジョンと違って、ルート固定されてないのね》

《見えてる草むら、歩いても大丈夫なんだよね。フェアリーちゃんの時みたいに、見えない沼地になってないよね?》

《大丈夫じゃないかな、知らんけど》

《テキトーじゃな》

《ここって北海道のダンジョンだよね。私、明日行くから命かかってるんだけど……》

《まあ、見てればわかるでしょ》



 画面が草原を走る男にフォーカスされる。その男は不思議にジグザグに蛇行しながら走っていた。

 それもそのはず、男の後ろを巨大なイノシシが走って追いかけていたからだ。


 バッフとうなり声を上げて追いすがるイノシシを肩越しに見て、男はなお一層足に力を込める。


「こえーー、マジこえーー。でももうちょっとー! 気張れよ、転んだら終わりだぞ」


 現実とは違い、反りかえる巨大な牙を持ったイノシシは、男を一直線に追いかけ、方向転換をしてまた追いかけを繰り返していた。

 イノシシは直進しか出来ないらしい。だからだろう、圧倒的速度差がありながらも、なんとか男は逃げおおせていた。

 だがそれも終わりに近づいていた。イノシシは元気なままに、男は疲労で足下をもつらせはじめる。


「あと、すこ、しーーー! もう、ちょっとーー!」


 最後、男は飛び込むようにして、林の中に身を躍らせる。


「ブッフーーー」


 それを追うようにイノシシも林に飛び込む――。


 ――ザンッ。


 イノシシがつんのめるようにして転んだ。見ると後ろ足がワイヤーにくくられている。そのワイヤーはそばの木に金具でもって固定されていた。


 地面に転がるように突っ伏した男は、それを確認し、はっはと息を吐く。


「やったぞ、やってやったぞ畜生め。はは……、これが人類の英知ってやつだ」


 そう言うと、男は隠してあったであろう木の棒を、枯れ枝の中からとりだした。

 それは、長さは2メートルはあろうかという丸木の棒で、男はそれを持ってイノシシに近づいていく。

 イノシシも戦意は失っていないようで、ブルと身体を震わせると、地面をひとかき、男に向かって突進した。だがすぐ――、


 ――ビィン。


 ワイヤーが音を立てる。足を取られたイノシシは、またつんのめるように動きを止めた。

 そこに、声を上げ男は丸木を振りかぶる。


「はっはぁ、やっぱり畜生並みの脳みそだな。死ねやー」


 ガンと音を立て、イノシシの頭へと振り落とされた丸木。

 その衝撃に、イノシシも一瞬ふらつくが、すぐに鼻息を荒く、男をにらみつけた。



《罠かー。考えたもんだね》

《北海道のモンスターって、見た目普通の動物っぽいんだっけ?》

《サイズおかしかったり、このイノシシみたいに凶悪な牙がはえてたりするけど、概ねそのはず》

《ノノ もふもふ先生、このイノシシはもふもふに入りますか?》

《私は趣味じゃないかな。うり坊は可愛いんだけどねぇ》

《北海道って、他に何が何が出るんだっけ》

《後は、もふもふ系ならオオカミとか鳥とか? 他のダンジョンと違って、一層でも結構種類が豊富らしい》

《オオカミいいなぁ》

《ファンタジーのペット枠としては王道よね》

《画面の彼のやってる罠って、結構よさそうよね。私も試してみようかな》

《素人は止めときんしゃい。怪我するで》

《いや、素であんなのと対峙するよりは、罠でも何でも活用すべきだろ》

《まあ、外と違って死んでも自己責任だし、オレも試す分にはいいと思うけどな》

《ていうか、罠にかけて身動き止めないと、手なずけるのとか無理でしょ》

《罠に引っかかって興奮してるのを手なずけるのも大概だけどな》

《ちなみに、罠って相手が引っかかった後はどうするの?》

《外なら、縄で拘束するなり気絶させるなりして、身動きを取れなくしたところを、とどめって感じだね》

《ダンジョンだったら、拘束してるうちに遠間の武器でなぶり殺しよな》

《お肉食べるならスマートに殺したいけど、ダンジョンだとどうせ魔石になっちゃうしねぇ》

《ぼたん鍋食べたくなった……》

《またご飯の話www》

《この動画、場合によってはグロ多めだろうに、よくご飯の話なんかできるな》

《フィルターかければいいし》

《昔はゴールデンタイムに、ライオンの捕食シーンをノーカットで流すとかやってたし》

《まーたZZiは……》

《ぼたん鍋は、どうせならもっと寒い時期の方がいいなぁ》

《ソーセージ食べたい~。前にジビエの店で食べた、ヒグマとイノシシのソーセージ、すっごくおいしかったんだよね~》

《そんなものあるのか、食べたくなってきたぞ》

《お! そろそろとどめを刺すみたいだぞ》

《あ、イノシシ気絶したっぽいねぇ》

《手慣れてるなぁ》

《経験者かもね》



 男の数度の殴撃により、イノシシは上を向いて痙攣していた。


「よし、気絶したな。後はコイツで……」


 男はナイフを取り出し、慎重に近づく。軽く足で小突き、動かないのを確認した彼は、素早くイノシシの前足を上げると、その付け根にナイフを根元まで差し込み、引き抜いた。

 たちまち傷口からあふれる血を確認した男は……、


「これで討伐完了っと。モンスターって言うからどんなに凶暴化と思ったけど、野生のイノシシと大して変わんないね。ま、追いかけられたときは焦ったけど……」


 そう言ってナイフの血を拭った。その時……。


「……ブモ」


 イノシシの目に生気が戻る。


「な、お前まだ生きて――」


 とっさに身をひるがえす男に対し、イノシシは末期の力を振り絞り、頭を、牙を振り回す。


「――あっぶねぇなあ」


 転がるように後ろに下がった男をにらみつけるイノシシ。だがそれで力尽きたのか、その姿を魔石へと変えていった。


「ちっ、しぶとかったな。これがモンスターってやつか。次からは最後まで油断しないように……」


 そう言って魔石を取りに行こうとする男だったが、突然、力が抜けたように膝を落とす。


「あ……れ……? ああ、畜生め。……あのやろう、やりやがったな」


 男の腹が、イノシシの牙によって大きく裂かれていた。

 流れ出るその血を押さえて男は座り込む。


「……くっそぉ。……爺さんも、言ってた、もんな……。最後まで、油断する、なって……」


 押さえきれずにあふれ出る血を見ながら、男は意識を手放した。



《最後っ屁にやられちゃった》

《一応、まだ死んでないみたいだけど……》

《ダンジョンの中で一人で気絶したら、まあ死んだも同然でしょ》

《うーん、やっぱ遠間で倒すのが安定かー》

《他のダンジョンのモンスターと違って、動き速すぎて倒すの難しそう》

《ダンジョンも広くて、相手の動き制限できなさそうだしね》

《アンデッドや人型のモンスターが苦手だと、ここが選択肢に入るんだよねぇ》

《一応、現実の生き物に似てるから、慣れてる人はこっちの方が対処しやすいのかな?》

《最後ミスって相打ちになってたけど、途中まではうまくいってたもんな》

《ダンジョン経験者的にはどうなの?》

《人型の方が相手がしやすいな。急所が狙いやすい》

《これは……、母上かな? まあ、武道経験者はそうかもしれんね》

《そも、人相手のものだからな》

《ノマルンは……、まあいいか》

《なんでだよ! 聞けよ!》

《だって、敵を倒したのってワンコでしょ。ノマルン這いつくばってたじゃん》

《そうだけど、そうだけどよぉ……》

《まあ、ノマルンをかばうわけじゃないけど、モンスターを倒すのってきついぞ》

《そうそう》

《クラスなしの状態だときつい。でもクラスにつきさえすれば、一層は割と楽》

《ほえー、そうなのね》

《それなら、スライムダンジョンでスライム燃やしてクラスに就いて、そこから好みのダンジョンに行った方がいいのかな》

《あー、それいいね》

《うーん、どうだろ。割と最初のダンジョンにあったクラスを得られる傾向みたいだし、一死を覚悟してダンジョン固定するのも手だと思う》

《ほーん、なるほど……》

《後は、ヒーラー系欲しい人は京都与謝、スカウト系は高知香美に行くとかね》

《色々考え方はあるもんだねぇ》

《ダンジョン談義はいいけど、一向に画面が切り替わらないんだが》

《え? あの兄ちゃんが死ぬまで、この画面で待機って?》

《いや、そうでもないみたいだ》



 映し出されたのは、女が一人。彼女は木の上で隠れるようにしてカメラを構えていた。


「わざわざモンスターを倒そうとか、バカだよねー。しかも返り討ちにあうとか、ホントバカ。敵に会えばクラスが手に入るんだから、遠くから観察すればいいのに。ま、アンタの負けっぷりも、しっかり私が有効活用してあげるからね~」


 あざ笑い、見つめる先にはイノシシと先程の男。ちょうどイノシシが消え去るところがカメラに撮られていた。



《ん? ちょっと時間が巻戻った?》

《一応録画だからな》

《オレ、コイツ嫌い》

《顔は可愛いのに、笑い方がちょっと……》

《一緒に入ってるってことは、同じパーティ組んでるんだろ? それで見殺しはないよなぁ……》



「いや、違うぞ。こやつらはパーティを組んではおらん」


 得意げに笑うモナの顔が画面に映し出された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る