お祝いの会
「昴、深雪ちゃん、急いで!」
「ああ、で、でも転ばないようにねー!?」
一足早く電車に駆け込んだ紅と聖が、慌てた様子でドアの外、ホームの方へと声を掛ける。
天文台で偶然に遭遇したあと、昴と深雪も交えてダブルデートになったのだが……四人で展示物を夢中になって見てまわっているうちに、うっかり今日の電車が休日運行だったのを忘れてしまっていた。
気付いた時にはもう、入学のお祝い会をする約束をしていた時間に間に合う最後の電車の発車時刻がせまっていた。
そうして、慌てて天文台前発着場から無人タクシーに飛び込んだのが、十数分前。
ワンタッチで終わる料金支払いのわずかな時間すらもどかしく、駅に着き次第、すでにホームに着いていた目的の電車まで慌てて駆け出した一行だったのだが……春物の柔らかなワンピースにサンダルという走るのには向かない姿の深雪が、やはりというか若干遅れてしまっていた。
――まあ、登り階段は転んだら危ないからと昴にお姫様抱っこで運搬されたという、内気な少女には刺激が強すぎる体験の衝撃がまだ抜けていないせいだろうけど。
そんなことをこっそり考えている紅の眼前では、なんだか熱に浮かされたようにふらふら走っている深雪が転ばないよう気を使いながら、手を引いてエスコートしている昴の姿。
先に電車内へ到達した紅と聖が心配そうに声を掛け続けるが……ギリギリで、全員が発車に間に合った。
「きゃあ!?」
「おっと、危ない」
しかし電車に飛び込んだはいいが勢いが止まらず、足をもつれさせた深雪を、振り返った昴がすかさず受け止める。
直後……その深雪のすぐ後ろで、電車のドアが静かに閉まった。
「……はー、間に合ったぁ」
「あはは、もうダメかと思ったよー」
そう、ドア脇の壁に寄りかかって、揃って安堵の息を吐く紅と聖。一方で……
「よっ……と、大丈夫だったかな、深雪ちゃん?」
「は、はい、ありがとうございますなの……」
不可抗力とはいえ完全に昴に抱きつく格好になった深雪はというと、熟れたトマトのようにすっかり真っ赤になって目を回していたのだが……昴も昴で少しだけ顔を赤らめ、彼女から目を逸らし気まずげにしていた。
その様子は、流石の鈍感男も少しだけ、自分のことを慕っている少女のことを意識し始めているようだった。
――頑張れ深雪ちゃん、ちょっとずつだけど、君の攻撃はたしかに昴に効いてるぞ。
そう、なんだかんだでゆっくり進展しているらしい二人のことを、生暖かい顔でそっと見守る紅と聖なのだった。
◇
――S市中心街にある、デカ盛りに定評のある喫茶店のチェーン店、その一角の予約席で。
「それじゃあ……雛菊ちゃん中学校入学と、ラインハルト君と暁斗君の高等部入学を祝いまして……」
「「「かんぱーい!」」」
聖の音頭にて、周囲に他の客がいることも考慮してやや控えめに皆で乾杯し、各々の注文したドリンクに口をつける。
参加者は、『ルアシェイア』の学生組と、ラインハルトの関係者である玲央とユリア、そして暁斗とその妹の明莉だ。
他に、玲央らの護衛だというシュヴァル、そして雛菊とともに街に遊びに来た母親の桔梗など保護者組も、別のテーブルにではあるが一緒している。
ただ……残念ながら、雪菜は父親の仕事の手伝いということで、泣く泣く不参加であった。
あのグランドクエスト後のこの時期に、『Destiny Unchain Online』を監視している組織の室長である父親の仕事の手伝いときた。
きっと紅たちが知るべきではないような事情があるのだろうと、この件については自分の胸にだけしまっておく紅なのだった。
「やー、お兄は今年から一人暮らしかぁ……妹が恋しくなったら、いつでも呼んでいいのよ?」
「はぁ……まあどうせこっちに遊びに来る拠点として、言われなくても泊まりに来るつもりでしょうが」
「あ、あはは……あっれぇ、バレてる?」
暁斗は今年の高校進学を機に親元を離れて、S市で部屋を借り一人暮らしをするのだそうだ。さすがにこの数日ばかりは『Destiny Unchain Online』ログインせずに、引っ越し作業に追われていた。
なお……その引っ越し作業については紅、それに昴も押しかけて手伝っていたため、妹が遊びに来る前提できちんと来客用の小部屋と布団を確保しているのは知っていたのだが――調子に乗るとウザいから妹には話さないでくださいねと暁斗に睨まれて、黙っていた。
「まあ、来年は私も同じ学校を受験するから、その時はよろしく、お兄!」
「はいはい、まずは勉強を頑張ってくださいよ、受験生。杜乃宮は難関なんですからね」
「なら、お兄が勉強を教えて?」
「はぁ……明莉、やっぱり僕の部屋に居座る気満々ですね?」
そんな、風見兄妹のいつものじゃれあい。
皆が生暖かく見守る中、羨ましそうにしているのは雛菊だ。
「はぁ、羨ましいです。私が高校生になる時には、お師匠たちは卒業しちゃってるですよね」
「う……私も、高校入学する時にはもう……」
心底残念そうな雛菊と、彼女つられて暗い顔になる深雪に、紅は慌てて話題の転換を図る。
「雛菊ちゃんも、おめでとう。どう、中学校は?」
「あはは……学年の半分は小学校の同級生だから、あまり新鮮味は無いですねぇ」
「あー、公立だもんねぇ……」
ただでさえ少子化の影響で、小学校ですら数が減り、広範囲のエリアから児童を集めてギリギリで運営しているのだ。そこから同じ地域の公立中学校に上がっても、たしかに生徒は新鮮味のない顔触れだろうなとは紅も思う。
そんな愚痴なんかも聞いてやりながら、多めにカットしてもらった各種サンドイッチやバーガーをつまみ、各々が注文した季節のスイーツなどを堪能しながら、他愛もないことを談笑する。
「それにしても……玲央さんやユリアちゃんまでお手数をお掛けしてしまい、申し訳ありません。今はあまり、病室から離れたくはなかったですよね?」
「……ん? ああ、まあ叔母上の方はもう、いつ生まれてくるか分からないしな」
現在、ユリアの母親であるイリスは、出産予定日間近、予断を許さない状態だ。玲央とユリアも、夜に寝る時以外はずっと病室に通っているらしい。
そんな中での、この入学おめでとう会だ。玲央に仕える身であるラインハルトとしては、主人である二人の心境が気になって仕方ないといった感じらしいが……しかし、玲央とユリアは揃って苦笑する。
「それに今朝、叔母上に言われてな……『お友達を蔑ろにしてはいけませんよ』って。怒られてしまったよ」
「それに、お母様にはお父様がつきっきりですから、大丈夫です」
「という訳で、今はあの二人の邪魔をしたくはないからね。だからラインハルト、お前が気にする必要はないよ」
「玲央さん、ユリアさん……ありがとうございます」
心配ごとが解消され、ホッと安堵の息を吐くラインハルト。
そんな中で……紅はふと、この場にいない人物のことが気になって、質問する
「そういえば、朱雀先輩と桜先輩は?」
「あれ、そういえば居ないよね」
紅の疑問に、佳澄が不思議そうに首を傾げる。
面倒くさがりな朱雀はともかく、桜はこの手の集まりには喜んで顔を出すと思ったのだが……ついでに朱雀の首根っこを掴んで引き摺ってきながら。
「うん、一応、呼んではみたんだけど……」
今はちょっと忙しいからと、残念そうにお断りされたのだという聖。
そんな彼女の言葉に反応したのは、意外にも暁斗だった。
「彼らは、皇女様たちに何かの調査依頼を受けたみたいですね。僕の方に、領内を歩き回る許可をわざわざ貰いにきましたよ」
「へー、ブルーライン共和国に?」
「はい。まったく、変なところで律儀ですよね」
そう、苦笑しながら曰う暁斗。
「ただ、けっこう大変な依頼だったらしくて、苦戦してるみたいですね」
「へぇ……あの朱雀先輩が苦戦か」
暁斗の話に、何やら興味深そうに、悪巧みでもするかのように笑う玲央だったが、しかし。
「お兄様、頼まれてもいないのに、勝手に首を突っ込んだらダメですからね」
「……はい」
さすがに溺愛する妹分に釘を刺されたら、無碍にはできないらしい。ユリアにそう忠告され、玲央はがっくりと肩を落とす。
そんな姿に、皆がしょうがないなあと笑い、和気藹々とお祝いの会は進んでいく。この話は、この場での話のネタの一つ……そのはずだった。
だが……この件に関し紅の方に当の朱雀から救援要請が届いたのは――その二日後のことであった。
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