グランド・オーダー



 どれだけ負けたくないと叫び、悲壮な覚悟を固めても――どうにもならないものというのは、存在する。



「うわっ!?」

「きゃあ!?」

「スザク! ハル先輩!」



 虚影冥界樹が、『最終防御システム:テトラ=グラマトン』と化した中枢の周囲から形を失い、光となって崩壊していく。


 それは瞬く間にクリムたちがいる場所を飲み込んで、飛行することができないスザクとハルはなすすべなく転落していく。


 咄嗟に手を伸ばした、この場でルージュを除けば唯一飛べるクリムだったが……


「……く、そぉ……ッ、どんどん下がって……っ!!」


 ……だが、今の幼く非力な体では、二人分の体重を抱えることができない。


 倒さねばならない『最終防御システム:テトラ=グラマトン』は、もはやはるか頭上。手の届かない高いところへ行ってしまう。


 いかに意気込んでも、どれだけ焦燥に駆られても、足場が無ければどうしようもない。


「ふざけるな……抗うことさえ許されないのか、ふざけるな……ッ!」


 怒りと、絶望感。


 悔しくて、ゲームのシステム上オーバーに表現される感情に従い、クリムの目の端に雫が滲み始めた……そんな時だった。




「――何を辛気臭い顔してるのかしらぁ。このお馬鹿さん!」

「……え?」


 そんな一喝に、クリムは思わず周囲を見回す。

 そこには……赤と黒のドレスを纏う少女が、クリムの方をやや怒ったように見下ろしていた。


 そして――次々と地上からこの場まで立ち昇る光の柱。それはまるでクリムたちを取り囲むように次々と現れ……その数、十三本。


「べ、ベリアル……? この光はいったい……」

「ふん……あんたがあまりにも不甲斐ないもんで、ガラじゃないんだけど、届けに来てあげたわ――希望ってやつを」


 そう、照れたようにそっぽを向き、腕組みしながら言い放つベリアルの周囲に、幾つもの映像が投影されていく。


「これは……エクリアス? シュティーアに、レオナたちも……」

「ピスケスに、コルンも……なんだ、これは?」


 クリムたちが、戸惑いの声を上げる。


 周囲に投影される光景――それは、各々が担当する帝都の巨大封印陣を起動するための装置に向かって、一心不乱に祈りを捧げる巫女たちの姿を映したライブ映像。


 では、今周囲に立ち昇る光の柱は、彼女たちの必死の祈りにより出力を上げた封印装置の光なのかと察する。


「冥界樹は、もう消えるわ。でも抑える相手が居なくなって、帝都に仕込まれた巨大封印装置から放たれている魔力は有り余ってるのだから……今から私で、この魔力を使って足場を作ってあげる」

「ベリアル、お主……」

「勘違いしないでくれる? 私は『あの人』が生きた世界をみすみすリセットさせたくないだけよ」


 それだけ言って、フン、とそっぽを向いて自分の持ち場へと飛んでいってしまうベリアル。


「全く、素直じゃないわね、ベリアルちゃんは」

「エイリー、お主も……」

「ふふ、そうね、もちろん妾も手伝ってあげる。妾はベリアルちゃんと違って素直だから」


 悪戯っぽい笑みを浮かべ、エイリーは胸に手を当てて頷く。


「ここまで手を貸してあげたのだから、きっと面白い結末を見せてくれると信じてるわ、赤の魔王様?」

「エイリー……ありがとう」

「ええ。お礼に、終わったら山のようなチョコレートパフェを所望するわ」


 そう言って、こちらも持ち場につくエイリー。

 相変わらずじゃなあと苦笑するクリムたちの元に、次々と悪魔の少女たちが駆けつける。


「私としては……まあ、せっかく素敵な方に巡り会ったばかりですので、まだまだ死にたくないですからね」

「一度受けた依頼はきっちり終わらせないとなんかこう……ムシャクシャすんだよ、だからアタシが手伝うのは仕方なくだからな!」

「まったくもう、皆、素直ではないのですから。ですが……何百年の怨恨、捨てるにはいい頃合いですからね」


 そう言って、やはり配置に着くリリス、ルキフグス、そしてアスタロト。


『さて……これは、私一人が静観していたら怒られる流れでしょうか?』

「あったりまえでしょうがこの無責任クズ女ぁ……ッ!!」

『あら、怖い怖い。それでは……死んだ身ではありますが、私も一肌脱ぐとしましょうか』


 彼方から増幅して放たれたベリアルの怒声に、ルシファーも肩をすくめて持ち場につく。



 ――そこからの光景は、上から見ていたクリムたちが感動を覚えるほどに、荘厳なものだった。



 周囲の光の柱から伸びた光が、舞い、踊り、複雑に絡み合って精緻で巨大な魔法陣が編まれていく。


『六芒星』と『生命の樹』を混ぜ込んだような意匠のそれは、現時点ですでに直径数百メートルにも及び、今もなおその範囲を伸ばしていた。


 そんな、ゆっくりと下から迫ってくる魔法陣へ、クリムと、クリムが必死に手を繋ぎ支えていたスザクとハルがおっかなびっくり足を下し――そして、その足を置くや否や、しっかりと体重を支えてくれた。


「……よし。これなら、気にせず戦えそうだな」

「うむ……下が透けているのはなかなか怖いが、暴れても問題はなさそうじゃな」


 巫女と悪魔が手を組み、拵えてくれた決戦のステージ。また、負けられない理由が増えた。


 そうして、だいぶ落下してしまったクリムたちが、元居た高度までゆっくりと運ばれていく途中。


「それじゃあ……私にはやることがあるから。二人とも、頑張ってね!」

「え、ハル先輩?」

「ハルさん、何を……?」


 急にそんな事を言い出して、足場の外縁に走り出したハルに、クリムとスザクが共に戸惑いの声を上げる。


 しかし彼女は躊躇いなく光輝く足場から跳ぶと――その姿が、ステージ衣装を纏う本来の『霧須サクラ』のものへと変化した。


「何を……っ!?」


 慌ててスザクが彼女を追いかけた時……新たに、迫り上がってくる足場があった。そこには――


「よ、おかえり、お嬢!」

「待ってたよ、サクラちゃん!」

「うん、皆の準備はどう?」

「ああ、バッチリ整ってるよ」

「皆、出番があってホッとしてたねー」


 黒い狼耳の少女と、クリーム色の羊少女が、足場を飛び移ったサクラを抱き止める。


 クリムたちからは顔が見えない場所にいる彼女らが、和気藹々と話しながらサクラの両手を取り、エスコートしたその先は……


「……マイク?」

「それに、背後にあるのはチェロとピアノ……か?」


 やたらファンタジックな意匠ではあるが、それは間違いなくクリムたちも知る楽器。そこにサクラをエスコートした二人が、位置につく。


 ようやく見えた、その顔は……


「クロノ先輩と、ラン先輩?」

「いや……まだだ、まだ大勢居る!」


 スザクの声にふっと笑ったサクラが、指をパチンと鳴らすと……次々と点灯するスポットライト。


 そこには、さまざまなステージ衣装を纏った人々が、手に楽器を携えてスタンバイしていた。


「ふふ、驚いたかな後輩君!」

「私たちは打診を受けて、密かにこの時のために練習していたのだー!」

「「「頑張って、クリムちゃーん!!」」」


 そう、自慢げに語るクロノとラン。

 その他、周囲の皆からの声援を浴びて……クリムは直感的に理解した。この人たちは、サクラが集めてきた、と。


 文化祭の時にほんの数日お世話になっただけのはずだったあの人たちが、救援にきてくれたのだと。


「それじゃあ――いっくよー、みんな! 私、霧須サクラは、ここに『アイドル・オーダー』……いいえ!!」


 センターでまっすぐに天を指し示すサクラが、深呼吸して――宣言する。


「――『グランド・オーダー』の使用を宣言しますッ!!」


 そう宣言するサクラに、返事とばかりに周囲から一斉にかき鳴らされる楽器たち。


 やがて、マイクを握り静かに歌い始めるサクラ。


 伴奏として流れ始めるクロノのピアノから始まり、徐々に加速していく歌に合わせ、次々と音が加わって、勇壮なメロディを奏でていく。


 何倍にも増幅された呪歌が、魔曲が、何重にも折り重なって、疲弊しきっていたクリムとスザクを包んでいく。


「……は、はは、なんじゃこれは」

「くそ、やられたっ! こんなの秘密で仕込んでやがったのか……!」


 湧き上がってくる力と、満たされていく各種ゲージ。


 だが何よりも、勇気が、希望が、際限なく胸の内に満たされていく。


 登っていく光の足場の、その先に待ち受ける『最終防御システム:テトラ=グラマトン』――状況は依然、絶望的。



 ――なのに、もう、負ける気はしない。



 そんな二人の心境を現すかのように――丁度このタイミングで東の空から陽が昇り、世界を鮮やかな蒼へと染め上げていくのだった――……

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