第一層:災厄の光景③


 ――何万と居並ぶ、敵の群れ。おそらく無策に突っ込んで勝てる見込みは無い。


「魔王様、どうする?」

「こんな序盤で手をこまねいている暇なんて無いぜ?」

「うむ……じゃが、さすがに数万の敵を相手に我ら数百で突貫する訳にはいかんじゃろ」


 この数の差では、たとえ後衛部隊が儀式魔法オーバーリミットによる先制一斉射を行なっても、何割削る事ができるか。

 残る数万の敵にすり潰される未来は容易に想像できるし、それに消耗も馬鹿にできないだろう。


 ――まずは、こちらも数が必要だ。


 相談しに来たエルミルとジェドにそう告げて、ざっと周囲に浮かべたままだった他のギルドの配信に目を通す。


 どうやら……他のギルドも皆、クリムたち同様に眼前に広がる敵の大群を前に、身動きできずにいるようだった。


「ソールレオン、シャオ、それにセオドライトと……スザクも一緒にいるな、聞こえておるか?」


 そうした各ギルドの状況を確認して、主要な者たちに通信を送る。

 程なくして……ほぼ同時に、それぞれのギルドマスターとの通信が繋がった。


『ええ、勿論。まったく運営も性格が悪い、こうシンプルに数を揃えて防衛されると厄介この上ないですね』

『さて、どうするかな。分散していると戦力が足りないし、かといって集合するとあの災厄の獣が怖いところだ、一網打尽にされかねないからな』

『災厄の獣の処理専門の別働隊でも組むか?』

『そうですね……編成を組む時間は惜しいですが、このまま手をこまねいているよりは……』


 シャオ、ソールレオン、スザク、そしてセオドライトがそれぞれ意見を出し合って、対策を考えようとした、そのときだった。



「――皆、突入するクリムさんたちの道を切り拓け、一斉射撃、撃てぇえええッ!!」

「魔法部隊、射撃部隊へ支援開始ッ!!」


 無数の魔法が込められた矢が、攻撃的な魔法が、敵陣外縁へと突き刺さった。

 数百にも及ぶ遠隔攻撃の雨霰は敵の外縁を瞬く間に削り取り……その上さらに、煙を上げて飛んでいく砲弾が敵陣深くに突き刺さり、周囲の敵を巻き込んで吹き飛ばしていく。


「スフェン……それにロウランも!」

「はい! 姉上の指示で、救援に参りました!」

「ふん、私らの世界が生きるか死ぬかの時だからな……お前たちだけに任せておくものか!」


 数百は居ようかという、エルフの戦士たち。その中心に並んで指揮を執っている二人の見知った顔に、クリムたちが喜色を浮かべる。


 更には、その周囲に大小さまざまな大きさと形状の機械や兵器を携えている、ぼろぼろの外套と大きなゴーグルが特徴的な集団。

 彼らは、竜骨の砂漠で過去の兵器など発掘品を売り捌いて生計を立てている、砂漠の民たちだ。


「かーっ、コイツぁ過去一番の大赤字だ、たまんねぇなぁ!」

「なぁに、世界が滅びるか否かの瀬戸際なんだ!」

「やってみる価値はありますぜ!」


 そう悲痛な顔で、しかし躊躇いなく次から次へと両肩に構えたロケットランチャーらしきものをぶっ放しているのは……確か、砂漠の民の商工会会長とその兄弟だったはずと、クリムは記憶を辿り思い出す。


「……構わぬ、ジャンジャンぶっ放して全て我に請求を回すが良い!!」

「「「さすが大将話が分かるッ!!」」」


 クリムの叫びを聞きつけた瞬間、現金な事に、砂漠の民たちからこれまでに倍する弾幕が展開され、あちこちに爆炎を撒き散らす。

 この一か月でだいぶ資産が目減りして来ているクリムはこっそりと脳内で懐具合を試算して冷や汗をかいているのだが、それはそれ。



 だが、これだけの攻撃に晒されたのだから、もちろん魔物たちの方も黙ってはいない。

 ゆっくりと、『ブラックライダー』を先頭に動き出し、不遜な敵対者を押し潰そうと行動を始めた……その時だった。



 ――ガッ、ガガガッ!!



 動き出した『ブラックライダー』へ目掛けて床石を砕き地面に次々と突き刺さり、あたり一面を瞬く間に針の筵に変えた細長い物体――無数の刀や太刀、あるいは槍。

 その中心に、大柄な人影が地響きを上げて降ってくる。


 紅の大甲冑に、紅い角。長く艶やかな黒髪を靡かせて佇むその偉丈夫は、オーガの侍……否。


「――我こそは、ギ=テル。盟主殿、盟約に従い救援に参った」

「な……」


 その現れた人物に、クリムが絶句する。


 鬼鳴砦に住まう鬼人オーガの長であり、以前の戦争時にもどっしりと里に構えて己が領地を離れることがなかったその人物。

 よもや己が棟梁を務める鬼鳴峠の最奥から出てくるなど、予想していなかった。


「……オーガの棟梁さん!?」

「うむ、久しいな、狐の少女よ。息災であったか?」


 刀の習得クエスト時に世話になった関係で交流があった雛菊が、現れたギ=テルに驚きの声を上げる。

 そんな彼は、まるで久しぶりに孫にでも会ったかのようにフッと相合を崩して雛菊に微笑むと、すぐに厳しい表情で迫る『ブラックライダー』へと向き直り――手近の地面に刺さってあった刀の一本を無造作に掴む。直後……


「――ぜぇぇぁぁああああアアッッ!!」


 裂帛の気合いと共に抜き放たれ、繰り出された刀。

 戦場を寸断するその渾身の一振りは、迫る十数体の『ブラックライダー』を巻き込んで、その威力に耐えきれなかった刀身ごと粉々に粉砕する。


 ――何という威力、そして剣気。


 侍大将という名に恥じぬその一撃に、クリムを始めとした皆がポカンと目を見張る中で、満足そうに頷いたギ=テルが大きく息を吸い込む。



「――我こそは、鬼鳴峠の鬼神が一族、ア・ガ族のギ=テル! 命惜しくば立ち去るがいい、向かってくるならば…………悉く斬るッッ!!」



 そんな名乗りとともに、クリムたちの背後から多数の足音と共に、地響きが迫り来る。


 それは……鬼鳴峠の鬼人オーガの一団。

 その鍛え上げられた類稀な肉体は甲冑の重さなどものともせず、疾風のように魔物たちの集団へと突撃し……一体に対し複数人で確実に仕留める戦法で、流れるように接敵した魔物たちを駆逐していく。


「あはは、棟梁さんたちすごいです!」

「うむ……じゃが、いかんな」

「……お師匠?」


 喝采を上げている雛菊だったが、しかしクリムの顔は渋い。

 それは決して鬼鳴峠のオーガたちを侮っているのではなく、その性質をよく知っているからこそのものだ。


 オーガたちの戦法は……あまりにも前のめりだ。


 自分たちが傷つくのも厭わぬ狂戦士の如き戦いぶりは打撃力こそあるが、やがて負傷が増えるごとに不利になっていく……持久力が無いのだ。


 そんな事をクリムが心配するが……しかし、そんなはやくも傷を負い始めていたオーガたちが、回復魔法の光に包まれる。


 振り返ったクリムが見たものは……聖都オラトリア所属の神官団、そして輝く白銀の鎧を纏う聖騎士たちだった。


 攻撃に偏重したオーガの武士たちを守るように展開する、護りに優れた聖都の聖騎士たち。

 敵対している両者が手を取り共闘する、そんな信じがたい光景が今、眼前に広がっていく。


「よもや亜人たちと共闘する日が来ようとはな……だが、我々とてむざむざ滅ぼされるわけにはいかん、せいぜい役に立ってもらうぞ」

「フン……いけすかぬ聖職者どもだが、しかし、たしかに今は使えるものは全て使う時だな」


 お互い嫌そうにしながらも、共闘には異論は無いらしい鬼人の武士団と聖都の神官たち。

 不倶戴天の敵ながら、今この時ばかりは私情よりも共通の敵への対処が勝ったらしく、周囲からは安堵の声が漏れる。


 他にもさまざまな地域から志願して来た戦士たちが次々と参戦し、いつのまにかその数は何千人となって激しく敵集団とぶつかり合い始めていた。その戦力はもう、決して敵の何万に容易にすり潰されるような生半可なものではない。


 なんにせよ、この場はNPC戦力は十分……ただしそれは、、だ。


「うむ、じゃが……」


 ――敵には、あの広範囲に甚大な被害を及ぼす『メテオフォール』を有するエネミー、『災厄の獣』がいる。


 このまま自分たちが彼らを置いて先へと進めば、彼らが負けるとまでは言わないが、せめて敵陣深くの『災厄の獣』を処理できる高火力の遊撃隊が居なければ、その被害は……とクリムが苦悩を滲ませた――その瞬間だった。



「はぁ……こんな時に、本当にバカね」


 上空から掛けられた少女の声に、クリムがバッと上を向く。


「あの芋虫野郎を気にしているんでしょう? まったく、こんな緊急時に有象無象の命の心配なんて、お甘い事ね」

「あなた……ベリアル!?」


 クリムの胸ポケットから、ルージュが驚きの声を上げる。

 腕組みし、呆れたようにこちらを見下ろして空中に佇むのは、セイファート城に居るとばかり思っていた紅の樹精霊。そして……


「アレは、妾たちが相手をしてあげる、特別よ」

「エイリー、お主まで……」


 そんなベリアルの隣に浮かび、青い大剣を携えたエイリー。彼女が周囲に四つのオーブを展開し、眼下の魔物たちを睨みつけると、その圧力に負けたように、ジリ……と後退りする魔物たち。


「それに……私たちだけじゃないわ、全く皆、支配が解けたら薄情なものね」


 そう、ベリアルが不敵に笑って目線で指した先には……威風堂々と大剣を構えたアスタロトと、まだ少し腰が引けているリリスの姿が上空に見えた。


「ってえわけで……こんな下の方で手ぇこまねいてんじゃねぇぞ、人間どもッ!!」


 交戦中のオーガたちを避けるように、大通りに突如現れた火災旋風が、魔物の集団を飲み込んで焼き尽くしていく。


「ふふん、どんなもんだオラァ!!」


 そう大笑いしているのは……ローブを羽織ったルキフグス。


 正直なところ、こいつだけは直接手を貸してはくれないだろうなと思っていたクリムたちがポカンとした顔で見上げているのを、当のルキフグスは上空から見下ろして、満足そうにギザギザの歯を剥き出しにして口元を歪め笑い、時空の歪みを指差して告げる。


「っし、その阿呆ヅラを見られたなら報酬としちゃ十分だ。ほら、道は開いたぜ、さっさとこんなところは脱出して、次に行けよ」

「……感謝する!」


 たった五人。

 だがそれは、あまりにも頼もしい助っ人だった。



 それぞれ『災厄の獣』を狙い方々へと散っていく悪魔たちに頭を下げて、クリムたちは先のルキフグスの攻撃によってすっかり敵が消し飛んだ大通りを駆け出したのだった――……






【後書き】

 余談ではあるが、この場所のエネミーは最上位スキルを最後まで成長させることが期待できる内部ステータスを持つ上に、周囲のNPCから手厚い援護が期待できるため過去最高レベルにスキル上げ効率が良く、しかも最低限冥界樹で戦える装備群を通常ドロップでポロポロ落としたそうな。


 そのため、この場に残って鍛えた中堅プレイヤーも数多く、のちに伝説に残る稼ぎイベントだったトカ。


 次回ここまでの掲示板回予定。

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