妖精郷、再訪


「んー、やっぱりここの風は気持ちいいねー」

「そうじゃなあ。しかしフレイヤ、あまり崖際に寄るでないぞ、また落下したくはないじゃろ」

「おっとっと、そうだね気をつける!」


 案外と風が強い、うっかり風に煽られてバランスを崩したら一大事だ。


 そう思い発せられたクリムの警告に、足場の端の方で気持ち良さそうに風を浴びていたフレイヤが、慌ててクリムの側に戻ってくる。


「あんたは平気? 風に飛ばされたりしないでよ」

「だ、大丈夫です……!」


 そんなクリムの横を歩きながら、チラチラと心配そうに妖精姿になったルージュの様子を伺い声を掛けるベリアルに、困ったようにクリムの頭の後ろに隠れて返事をするルージュ。

 ルージュはどうやら、なぜベリアルに気に入られたのか分からず、優しくされて戸惑っているらしい。


 そんなまだぎこちない関係の二人ではあるが、一朝一夕には無理でもいつかは仲良くなれたらいいなと、クリムは漠然と考えるのだった。






 ――現在クリムたちがいるのは、妖精郷、世界樹セイファートへと向かう道。



 幸いにもこの日の天気は快晴で、心地良い風が吹く青空の下……結局皆揃って着いてきたルアシェイア学生チームでは、まるでピクニックのように和気藹々とした雰囲気が流れていた。


「カスミお姉さん、セツナちゃん、次のエレベーターまで競争です!」

「む、よしきた雛菊ちゃん、今日は負けないからね!」

「今日こそ、このギルド内でのスピードナンバー2が誰なのかはっきりさせてあげるわ!」


 何やら競争心バリバリで、駆け出していく三人。


 そんな元気な様子を微笑ましく眺めながら、クリムたちはのんびりと、青空が視界いっぱいに広がる絶景の高原地帯を歩く。


 それは……この世界の命運を賭けた戦いが一週間後に控えているとは思えないほど、穏やかな光景だった。



「……まさか、今度はあんた達と、この地に来ることになるとは思ってなかったわね」

「うむ、まあな……」

「あの時はベリアルちゃん、ノリノリで悪役やってたもんねー」

「お願い謝るから、あの時のことには触れないで貰えるかしら……あの時はもう助かるつもりなんて無かったから、自棄になってたの……」


 何気ないフレイヤのそんな言葉に、どうやら黒歴史を突かれたらしい。


 ベリアルが顔を真っ赤にして目を逸らすそんな光景に、クリムたちも苦笑する。


 妖精さん姿でクリムの頭に乗っているルージュですら、悪態を吐くこともなく彼女へ同情を向けているほどに、彼女は今にも『恥ずか死』しそうになっていた。



「しかしまあ……この妖精郷も、ちらほら人を見かけるようになったのぅ」

「大半は、宝探しみたいだけどな」


 クリムのそんな感想に、フレイが苦笑しながらも同意する。


 以前訪れた時には、ほとんど人と行きあわなかったこの妖精郷だったが……今回は偶にではあるが、ちらほら他のプレイヤーとすれ違う。


 だがそのプレイヤーたちの大半は、なぜか崖側を注意深く眺めながら歩いている。


 その目的は……崖下のあちこちに遺されている遺留品の財宝たちというのが、実に物欲に正直なプレイヤーらしかった。


「妖精さんが、目印になるんでしたっけ?」

「うん、そうだね、リコリスちゃん」


 以前のクリムたちが放送した配信を観て、予想通りというか何というか……崖下に眠る財宝を求め、落下耐性ガチ勢による投身自殺大会が繰り広げられた。


 そうして落下耐性ガチ勢が数ヶ月試行錯誤した結果……今では、妖精さんたちの悪戯に、新たな規則性があることが発見されていた。


 一時的に掲示板を賑わせていた、その内容とは……


「妖精たちが落下トラップを仕掛けているのは、もちろん趣味なんだろうけど……その妖精本人たち的には、その財宝のありかに案内しようとしている善意らしいぞって検証結果が出てるみたいだよ」

「……なんていうか、迷惑すぎるの」


 フレイの言葉に、顔を引き攣らせるリコリス。


 だが、掲示板での崖下における財宝発見報告を見ると、そのほとんどが『妖精のトラップで落下したところにあった』というものばかりなのだ。


「……お主らは、そろそろ『普通の人間は飛べない』ということを理解するべきではないか?」

『はい……本当にごめんなさい……』


 クリムの肩に座った妖精の少女……クリムたちを以前も案内してくれたフィーアが、心底申し訳無さそうに頭を下げる。


 妖精たちの中でも比較的良心的なこの妖精の少女は、相変わらず心労が絶えないらしいと、クリムも苦笑するのだった。

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