緋の皇女

「――迷った」


 外敵の侵攻を防ぐためにあえて入り組んだ構造になっているイースター砦内の廊下……その片隅で、クリムは途方に暮れていた。


「……そういえば、作戦会議室の場所なんて聞いた覚えが無かったなぁ」


 以前にこの砦を攻略した際も、砦内部は全てレオナの案内により進んだのだ、当然ながら道など覚えていない。


「さて、どうしたものか…………ん?」


 誰か通り掛からないものかと考え込んでいると……ふと、視界の端に小柄な人影の姿が過った。


 そちらに目を向けると、そこには……曲がり角のに隠れるようにして、警戒した眼差しでこちらを睨んでいるまだ幼い少女が、いつのまにかそこに居た。


 気の強そうな、やや吊り目の少女だが、目を引くのはその、赤いメッシュが半分くらい入った、緩いウェーブが掛かった白い髪だろう。


 ――なんか、配色が金魚にそっくりよなあ。


 まるで、優美な尾鰭を備えた観賞用の金魚、土佐錦にそっくりな配色の頭を見てそんなことを考えながら、つい少女の方を見ていると……彼女はこちらの視線に気づいたらしく、ツカツカと早足でこちらに向かってくる。


「その、真っ白けな姿……へぇ、あんたがスザクの言っていた、赤の魔王?」


 不躾に、下からまじまじと覗き込んでくる少女。

 その声を聞いて、クリムは、ほぅ、と目を見張る。


 ――この子、綺麗な声をしてるなぁ。


 まるでハル先輩のような、澄んだ声。

 幼い少女特有の甘いソプラノボイスはしかし舌足らずさはなく滑舌も良くて、耳にすっと入ってくる心地良いものだった。


「でも、こんなところをウロウロして……何、まさか迷子?」

「うむ、そうなんじゃよ。よければ道を……」


 そう、道を尋ねようとしたクリムだったが……「迷子」と聞いた少女は、にまぁ、と嗜虐的な笑みを浮かべる。


「へぇ、魔王とかいう割に、迷子ってダッサーい! ね、案内してあげよっか、土地勘よわよわザコ魔王様?」


 先ほどから一転、何故かやけに嬉しそうに、その天使の声に似合わぬ口の悪さでクリムを嘲笑し始める少女。


 とはいえ……その姿は実に生意気だが、しかし迷子なのは事実であるし、見ず知らずの初対面であるクリムをわざわざ目的地まで案内もしてくれるという。


 生意気な口調ではあるが、困っている人には声を掛けずにはいられない性分なのだろう。根は親切な少女と思えば、このくらいヤンチャなところなどむしろ可愛らしいものだ。


 そう、少女の思惑とは裏腹に、年下には甘いクリムが微笑ましく思っていると。


「ちょっと目を離したら、何やってんだよ、お前は」

「あだっ!?」


 ぬっと後ろから現れた赤毛の青年……スザクが、止める暇さえなく、容赦せずに少女の頭へと拳骨を落とした。


 ガッ、と凄まじく鈍い音を上げて拳骨を喰らった少女はその場に屈み込んで、頭を押さえて蹲ってしまう。


 そのまま、しばらくプルプルと頭を押さえて震えていた少女は……


「ちょ……何するのよスザク!」


 バッと、涙を浮かべてスザクの胸倉……には手が届かないため、お腹のあたりの服を掴んで縋りつき、抗議を始める。しかし……


「お前が初対面の相手にウザ絡みしてるからだろうが。人に、迷惑かけるな、って、言ったよなぁ!?」

「あひゃひゃぁ、な、なにふんのよぉ!?」


 体格差は、如何ともし難い。

 少女の抗議に対しスザクは小揺るぎもせず、逆に額に青筋を浮かべ……そういう感情表現エフェクトである……ギリギリと少女の頬をつねっていた。


「またお主……面倒そうな小娘に好かれとるのう」

「面倒そうって何よ、この真っ白お化け!!」

「分かってくれるか……」

「スザクもしみじみ同意してるんじゃないわよー!?」


 二人揃ってディスられた少女が、クリムとスザクに喰ってかかる。だが……この短い時間で、クリムも彼女にどう接するのがいいか、だいたい理解した。


「で、どうしたんだ魔王様、こんな場所で」

「ふふん、この女、いい歳して迷子らしいわ!」

「そっか、んじゃ案内するわ。どこに行くんだ?」

「む、では作戦会議室に頼む」

「無視すんなー!?」


 いい加減涙目になってきた少女を、さすがにいつまでも付き合っていたら時間が足りないと、二人揃って適当にあしらい始める。


「あの、ピスケスちゃん、邪魔にならないようにあっちに行ってよう?」

「あ、ん、た、ま、でー! コルンのくせに生意気よ!!」

「ひゃあん!? い、痛いよー」



 心配そうに金魚頭の少女を宥めるのは、スザクについて来たらしい、同じくらいの背丈の白髪の癖毛をした少女。

 しかしそれが面白くないのか、金魚頭の少女は白髪の少女の頭を、両側から挟み込むように拳でぐりぐりと抉り始める。


 ……白髪の少女の方が、痛いと言いつつなんだか頬を上気させて嬉しそうにしているのは、触れない方が良いだろう。


 そう賢明な判断したクリムは、少女たちの方を務めて無視し、先導するスザクたちについていくのだった。




 ◇


 ――そうして、すっかり賑やかになった道中。


「えぇと……お主が、巫女『ピスケス』」

「そうよ、巫女様よ。私は偉いんだから敬いなさい、真っ白お化け」


 そう、偉そうに胸を張ってドヤァと曰う金魚頭の少女……ピスケス。


「で、お主が巫女『コルン』……で良いのじゃな?」

「は、はい、よろしくお願いします、クリムさんっ」


 こちらは、緊張した様子でクリムに頭を下げる。

 なんでもクリムの話をスザクから聞いていたようで、コルンはクリムのことを、まるで物語から出てきた登場人物に向けるような感動の眼差しで見つめていた。


 二人とも、年齢はエクリアスと同じ。体格もほぼ同等だろう。


 なかなかインパクトがある出会いであったが、話をしてみれば二人ともやはり根は悪い子ではなく、実に素直なものだ。


 そして、クリムが二人に対し悪感情を抱いていないのを、子供特有の敏感さで察したのだろう、二人とも気を許してくれたのか、すでに遠慮もほとんど無くなっていた。


 そうして、自己紹介を含めた雑談をしているうちに、あっという間に会議室に到着した。


「それじゃ、俺はハルさん達と待ち合わせしてるから、またな」

「うむ、済まなかったな、助かった」


 そう、クリムに告げて立ち去るスザクを見送ってから、どうやらこちらに興味津々で残るらしいピスケスたちを伴い、クリムは会議室のドアを叩く。


「我じゃ。着替えはもう済んだかの?」


 コンコンとドアをノックして、部屋の中に声を掛ける。しばらく待っていると。


「大丈夫だよ、入って来てー!」


 そう、フレイヤの返事が返ってきた。それを確認して、クリムがドアノブに手を掛ける。


「ねぇ、皇女様なら同性じゃない? スザクならともかく、なんで白お化けがそんな気にしてるの?」

「ま、色々とあるのじゃよ」


 キョトンと首を傾げているピスケスの、地味に鋭い指摘をのらりくらりとかわしながら、クリムが会議室のドアを開けて中に入る。


「む、ユーフェニアはどこじゃ?」


 ザッと見渡しても、会議室に居るのはフレイヤのみ、ユーフェニアもシュティーアも、その姿は見えなかった。


「クリムちゃん、あっち、あっち」


 首を傾げているクリムに苦笑しながら、フレイヤが指差した先……隣に併設されている控室から、ユーフェニアがこちらを伺い覗き込んでいた。金色の髪が、まるで尻尾のようにはみ出している。


 そうして、しばらく悪あがきして隠れていたユーフェニアは、しかし。


「ね、ねぇクリムさん……な、なんかこれ、実戦用の鎧にしてはやけに女の子っぽすぎない?」


 そう、恥ずかしがりながらもシュティーアに背中を押されて出てきたユーフェニアが、不安げにクリムへと尋ねる。




 その姿は……簡潔に言うと、姫騎士を体現したかのような少女が、そこに居た。


 ベースとなっているのは、レースに縁取られた清楚な白い厚手のドレス。


そこに、組み合わせて着用することを前提としたセットの、赤を基調とした金糸刺繍が施された華やかな上衣を重ねて纏い、さらにその上から薄く赤味がかった金属に金色の装飾を施されたプレートアーマーとガントレットを着用している。


 その豊かな金髪は今は、両サイドで結った横髪を後ろで纏めたハーフアップ、いわゆる『お嬢様結い』に整えられて、ふわふわと揺れていた。




 赤を基調としたこのカラーリングは、ユーフェニアが授かった神剣の鞘に合わせてジェードが苦心しながら調節したもの。その甲斐もあって、神剣を腰に佩いた際にどちらかが浮いたりすることも無くスマートに決まっていた。


 つまり……その神剣の鞘に合わせ赤を基調とした装備一式は、目立つ。それも非常に目立つ。


「普通、戦場って目立っちゃ駄目だよね、派手すぎない?」

「確かにそうなのじゃが、ユーフェニアよ、お主の場合少し事情が異なるからな」


 ユーフェニアの苦言も尤もだが、しかしクリムたちとしても伊達や酔狂でこの装備……クリムたちの主武装と同じく絶界素材を多用した装備、名付けて『緋皇女の聖鎧』一式を用意したわけではない。


「ユーフェニアは、あんなに嫌がっていた皇女を名乗ってまで帝都攻略に参加したのは、何故じゃ?」

「そりゃ、まあ……ラシェルの街みたいな事にさせたくないから、この戦禍を終わらせるそのためなら、旗頭にでも道化にでもなんでもなってやる、って思ったからよ」

「そう、それじゃ」


 ユーフェニアの発言を受けて、クリムがビッとユーフェニアの眼前で、まるで教鞭のように人差し指を立てる。


「お主はレジスタンスの旗頭として、人の手による帝都奪還の象徴として、たとえ戦場にあっても民たちから一目で健在とわからねばならない」

「あ……そっか、仲間たちに目立つのが私の仕事なんだ」

「うむ、だがもちろん、それでお主が討たれでもしたら本末転倒じゃから、お主の装備を見繕って欲しいと頼まれた我らは最高の装備を用意したのじゃが」

「う……そうよね、これ、ぜったい高いやつよね……」


 そう、ユーフェニアが今自分が纏う装備の値段(ちなみに、プレイヤー間で取引した場合間違いなく十数億単位のゲーム内通貨が飛び交う)をしきりに気にし始める。


「まぁ……クリムさんが言いたいことは分かるし、実際、この服と防具はすごいって私にもわかるよ」

「では、何が不満なのじゃ?」


 クリムの問いに、ユーフェニアがしばらくしきりにドレスのスカートを気にした後……ぶすっと不本意そうな顔で、呟く。


「……スカートが長くて歩きにくいのよ」

「……我はスカート丈を長くするのを許してもらえなかったんじゃがなあ」


 だが、方向性は真逆でも気持ちは分かる。


 そう、二人目線を交わし合い……『はぁあああ……』と二人揃って深い溜息を吐くクリムとユーフェニアなのだった。





【後書き】

元々あったストックが切れました、これ以降は(可能ならば)一日一本のペースへと戻していきます。


400話以上ある話を一から掲載しなければならないということで、かなりのハイペースで連投することになり申し訳ありませんでした。

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