獅子赤帝の用件


「あの、クリムさん。なんだか見られている気がするんですが……」


 そわそわと視線を送ってくる、ダアト=クリファードと、アドニス、エルヒムのツァオバト兄妹ら、元赤帝十二剣の三人。


 そんな彼らの注目を浴びて気まずそうにしているユーフェニアの様子に苦笑しながら、クリムは城の内部を先導して歩く。


「まあ、無理もあるまい。皆がお主を気にしている理由は多分、目的地につけばよく分かると思うぞ?」

「……あの、クリムさん。なんか、余計に怖くなったんだけど」


 そう、クリムをジトっと睨んでくるユーフェニア。




 ――先日のエクリアスの時同様に、トランスポーターを利用してユーフェニアを連れてやってきたのは……クリムたち『ルアシェイア』の拠点であるセイファート城、その最上層。


 そうして全ての障害をオフにしている今、何ごとも無く到着した謁見の間。


 玉座へ続く階段を登り切ったところ、本来であれば既に城主であるクリムのものとなったはずの玉座には……やはりというか、別の人物が自信満々な様子で腰掛けていた。


『よくぞ参った、余の末裔の娘よ。余が、元・獅子赤帝ユーレリア=アーゲントである。かしこまる必要はない、楽にしてくれ』


 そう、玉座に足を組んで腰掛け、威厳たっぷりに宣う黄金の髪の少女。

 その姿を見て、名乗りを聞いて、クリムの隣にいたユーフェニアは、愕然とした表情で硬直していた。


 その姿は――本当に双子と見紛うほどに、瓜二つだったのだから。


『しかしまあ、本当に余らはよく似ておる。そうは思わぬか?』

「は、はい……恐れながら、よく皆に赤帝様の肖像画に似ていると言われてはいましたが、まさかこれほどとは思っておらず……」


 顔を真っ青にしてガチガチに緊張した様子で、どうにか返答を返すユーフェニア。


 無理もあるまい、この世界の住人にとっては、日本人で例えるならば…… 日本武尊ヤマトタケルにフレンドリーに語りかけられているようなものかと、クリムは内心で、ユーフェニアに同情するのだった。


 だが……ユーレリアは困ったように苦笑する。


『あー、そりゃまあお前たちの時代では歴史上の偉人なんだと思うが、余自身はその実感はあまり無いのでな。見た目も同じ年頃に戻っているのだから、あまり緊張しないでくれると余も嬉しいぞ』

「ぜ……善処します」


 何やら、やたら気さくに声を掛けてくるユーレリアに……ユーフェニアはただ、そう、なんとか言葉を絞り出したのだった。






『さて……早速本題なのだがな』


 気を取り直して、話に戻る獅子赤帝ユーレリア。

 その言葉に、ようやく落ち着きを取り戻したユーフェニアが、バッと姿勢を正す。


『話というのは他でもない、この大陸を覆う兆しを見せる災厄を前に、それに抗うお前には、この剣を授けようと思ってな』


 そう言って、眼前に手を掲げるユーレリア。


 その手の内に眩い輝きが炸裂したかと思えば……あまりの眩しさに皆が一瞬目を逸らしたその瞬間に、彼女の手には忽然と、金装飾が巡らされた赤鞘に収められた、一振りの長剣が姿を現していた。


『抜けば臣下に自然治癒と超人化の加護を与え、鞘に収めれば持ち主を失血による死からの守護を与える、世界樹の内より創り出され、暗黒時代の闇を祓うためにと余が授けられた神剣だ』

「は……はぃ!?」

『これを、この災禍の間に限り、お主に貸し出そう』


 そう、なんだかとんでもない事をさらりと言って差し出された神剣を、ユーフェニアがおそるおそる両手で受け取る。


「わ、軽い……ぬ、抜いてみても?」

『構わん。その剣を、余は既にお前に授けた。故に今はお前の物だ』


 ユーレリアの肯定の言葉を受けて、ユーフェニアは手にした剣を、少しだけ鞘から引き抜く。


 中から出てきたのは……レイラインポイントから放たれるマナの光によく似た、澄んだ緑色をした結晶の刀身に、金の装飾が施された宝剣だった。


「綺麗……」

『うむ、確かに渡したぞ。ただし、ゆめゆめ忘れるな、お前が邪な心でその刃を抜いた時、その剣は光を失い二度とお主に力を貸すことは無くなるだろう』

「は、はい!」


 厳かに告げられたそのデメリットに、思わず背筋を伸ばしたユーフェニアが、表示を緊張に強張らせながらも頷く。


『さて、と。渡す物も、渡したしな』

「あ……そうですか、もう、お別れなんですね」


 少し残念そうな声を上げるユーフェニアだったが、しかし。


『……は? 別れとは、何を言っておるのだ?』

「…………え?」

『ダアト、余の剣をここに!』

「は、はい、どうぞ!」


 まるで久々に飼い主に会ったポメラニアンのように、ダアト=セイファートが嬉しそうに、いつのまにか携えていた剣をユーレリアへ差し出す。


 その剣の具合を軽く確かめていたユーレリアは、うむ、と満足げに頷くと……困惑しているユーフェニアの襟首をむんずと捕まえ、ダアト=セイファートとツァオバト兄妹を従えて、謁見の間の外へと向かってズンズン歩いていく。


「あ、あの、ご先祖様? よ、要件も終わって、綺麗にお別れっていう流れだったのでは……?」

『何をいうか。稀なる奇跡として、余の末裔にこうして会う機会があったのだからな。せっかくだし稽古を見てやるわ、数日くらいたっぷりとな! ハハハ、楽しくなってきたぞ!!』

「う、嘘ぉおおおぉ! ていうかユーレリア様力めっちゃ強い!?」


 この獅子赤帝、一見すると華奢な少女の姿でも……そこは一応、クリムたちですらまだ未踏破の超超高難度レイドボス。

 両者の筋力の差は歴然なようで、ユーレリアになす術なく引き摺られていくユーフェニア。



 ――あれは、相当ノリノリでしごかれるに違いない。



「……今のうちに、シュティーアも世話役としてこちらに連れてきておくかのぅ」


 多分、今夜のユーフェニアは疲労困憊により死んでいるだろうし。


 そう、諦めたようにぽつりと呟くクリムの声が、皆が立ち去って無人となった謁見の間に響く。




 そうして、すっかりテンションの振り切れていたユーレリアに引き摺られて、階段を降りていくユーフェニアに……クリムはただ、南無、と黙祷を捧げたのだった。








【後書き】

 鞘から抜けば仲間勢力にバフ付与、鞘に収めれば死亡回避のトンデモ武装、プレイヤーには絶対持たせられない。


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