『傷』

 瘴気に塗れた峠道の出口、そこに待ち構えていたのは……突如空間を割って出現した、正体不明の空間の裂け目。


「罅割れ……いや、なんだか傷痕に見えるのう」


 なんとなくつ呟いたクリムだったが、その言葉に、ソールレオン、ラインハルト、シュヴァル、そしてユリアの四人がサッと目を逸らす。



「まさか、ゲーム内で『これ』と対峙する羽目になるとは思わなかったな……」

「ですねぇ……天理さんがこのゲーム制作会社の代表なら、十分にあり得ましたが」

「だな……嫌な予感がビンビンしやがるぜ」

「私はまだ見た事がありませんでしたが、こんな感じなんですね……」


 ソールレオン、ラインハルト、シュヴァル、そしてユリアが、それぞれ感想を呟きながら、眼前に浮かぶ空間の罅割れを微妙な表情で眺めていた。



 ……そんな時。


「左様、それは傷痕」

「この大陸中央に開いた傷痕」

「「封じられた冥界樹の力がその封を破ろうとして開いた、『大地の傷』にございます」」


 そう交互に、そして時には完璧な同期を見せて、知らぬ少女の声が渓谷出口に響いた。


 岩陰から姿を現したのは、まだあどけない少女……それぞれ片側だけ、一房の髪を頭の横で束ねた、左右対称な姿をした双子の少女だった。


「お主らは……?」


 プレイヤー皆を代表し、クリムが尋ねると……彼女たちは、お互いの手を握り合いながら、応えてくれる。


「我ら、この時のために獅子赤帝の御世から授けられた破邪の力を、脈々と守護してきた者たちの末裔」

「我ら、獅子赤帝より授けられたセフィラの力を、連綿と守護してきた一族の末裔」

「「我ら、『セフィラの巫女』と呼ばれる者たちの、末席にございます」」


 そう、少女たちが二人揃ってスカートを摘み膝を折って頭を下げた、次の瞬間――彼女たちの背に、光る金色の翼が出現した。


 それは、先程ユリアが見せてくれたものとほぼ同じ見た目のもの。

 違いはユリアが三対六枚羽だったのが、彼女らは一対二枚であるくらいか。



 ……クリムと同じ『ユニーク種族』だというユリア。そんな彼女が、都合良く現れる可能性はごく低いはずだ。それを確保できなければイベント攻略できないなど、あって良い筈がない。


 つまり――彼女たちを守護しながら進むのが、本来正しい攻略チャート。そうクリムは納得した。


「ところであの『傷痕』とやらは、攻撃し破壊して構わぬのか?」

「問題ありません、ただし」

「近寄ると、『傷』は守護者たる配下を具現化します」


 クリムの問い掛けに光翼の姉妹がそう告げた瞬間……『傷』直上に、まるで空間の切れ目から流入するかのように、それが姿を現した。



 頭、首、両肩、両肘、両手首、胸、腰、股関節、両膝、両足首。合計16個の暗い紫色の正八面体がまるで棒人間の関節のように配置されて宙に浮かび、それらを繋ぎ合わせるかのようにして黒い瘴気による身体が形成された、全高20メートル程の異形の巨人。



 そんな魔物が、ずずん、と予想外の質量によって大地を揺らしながら、先頭に立つクリムたちの眼前に降り立つ。


「なるほど、あれがこの辺り一帯のエリアボスか」

「はい、あれを倒さなければ、『傷』は消滅させられません」

「この辺り一帯の瘴気を晴らすこともできません」

「「ですので、どうか皆様、ご武運を」」


 光翼の姉妹が、揃ってそうプレイヤーに告げると、そそくさと後方に下がっていく。


 ――ま、その方が気楽じゃよな


 要注意護衛対象を連れてのボス戦など、絶対にやりたくないため下がってくれた方がずっと良い。


 そう、一安心といった表情を浮かべるクリムと、周囲のプレイヤーたち。

 そんな中にあっても、今のところ襲ってくる様子は無く、プレイヤーたちの様子を見ている瘴気の巨人。


 だが、その巨人が時折見せる動きは、関節の可動域に制限が無いが故の、人型ながらまるで人とは違うという気色悪いもの。その奇怪な動きを読むのは、相当に困難そうだった。



 ――さすが、新エリアを守護するエリアボスだけあって、難敵そうじゃのう。



 さて、ならば本気で相手をしてみようか……クリムがそう思った時だった。


「……悪い、ソールレオンの旦那。遅刻した」


 そういえば、エリア解放を誰よりも待ち焦がれていたはずなのに、これまで聞かなかったその声に……クリムは今まさに敵に飛びかかろうとしていた足を止めて、振り返る。


 そこに居た、よほど急いできたのか若干息が上がっている新たな人物は……新調された深紅の騎士服に黒いレザーアーマー、手には蒼い光のラインが明滅する漆黒の魔剣という出立ちの、クリムたちも見知っている赤い髪の青年。そして……


「まあ、遅刻したのはハルさんっすけどね」

「ごめんなさいスザク君、仕事だったのよー!」

「すまん、イベントの準備が色々あってな」

「ハルちゃんだけでも帰してあげたかったんだけど無理だったの。ほんと、ごめんねー?」


 そんなスザクの後ろから付いてくるのはいつものバードの女性、ハルと……何やら、黒狼タイプのワービーストであるクールでボーイッシュな少女剣士と、可愛らしい声をしたゆるふわ羊系ワービーストの女魔法使いが、新たにパーティーメンバーに追加されていた。


 その、姦しい三人娘に囲まれたスザクの姿に……


「このハーレム野郎」

「爆発すれば良いのに」

「お前らが言うな、お前らが!!」


 思わず怨念じみた言葉を吐き捨てるクリムとフレイ。

 そして、そんな二人に心外だとばかりに突っ込みを入れるスザク。


 その言葉に周囲のプレイヤーたち皆が一斉に頷いていたのは、果たしてどちらに賛同したからなのか。


 ……と、それはさておき。




「ま、なんにせよ、まずはこやつじゃな」

「新エリア最初のボスとして、俺らの二か月の成果の犠牲になってもらうとするかね」


 クリムが、ばさりと背中の翼を展開する。

 スザクが、白銀の装甲纏う異形の銀騎士へ変身する。


 そんな二人が不敵に笑うのを見て……感情など無さそうな影の巨人はしかし、まるで怯えたようにジリっと後退りするのだった――……


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る