聖都動乱②

 外壁上にて合流したスザクとセオドライトは、行手を阻む白ローブを退け、上に残って敵と交戦していた聖王国の者たちに後を頼んで市街地へと降りて来ていた。


 一方で壁の下側では、周辺の白ローブをあらかた片付け終えたクリムとセツナもまた、そこで身を潜めて彼らと合流するために待っていた。




「無事じゃったか、セオドライト」

「……フン」


 周辺の警戒をしていたクリムが、スザクの後ろで拗ねたようにそっぽを向いているセオドライトに笑いかけると、彼は不機嫌そうにそれだけを返す。


 やれやれ、と肩をすくめたクリムは、もう一人、今はドラゴンアーマーを解いて人間の姿に戻ったスザクへと声を掛ける。


「悪かったのぅ、修行中に」

「……ま、お前には恩があるから、これくらいはいいけどな。急な呼び出しはこれっきりにしてくれよ」

「保証はできぬな。しかしお主、ずいぶんと強くなったではないか」

「ああ……まあ、あんだけ毎日死んでりゃあな……」


 修行を思い出したのか、げんなりした様子で遠い目をするスザクと、そんな姿をクックッと笑ってからかっているクリム。


 一方で……そんな仲睦まじげな二人を、面白くなさそうな様子で睨みつけている者もいた。


「あの女、先輩と馴れ馴れしくして……!」

「なによ、助けてもらったくせに、生意気ー」

「は、僕が頼んだわけじゃないし、あの魔王様が言うにはそっちが勝手に巻き込まれただけだろ」

「「……ふん!」」


 クリムがスザクと仲がいいのがどうやら面白くないみたいで、クリムに対し攻撃的な視線を向けるセオドライト。


 一方でクリムの側もセツナが、そんな彼を敵意剥き出しの様子で睨んでいるため、二人揃ってすっかり喧嘩腰である。


 そんな二人に、クリムは内心で「まあどっちもどっちじゃなぁ」と苦笑していたが……すぐに、真面目な顔に戻る。


「さて……あとの事はもう、お主らでどうにかできるな?」


 すでに、聖王国のプレイヤーたちがこの場に集ってきていた。

 人間種族でありユニオン未所属のスザクならばまだしも、クリムたち連王国の者がこのまま残っているのは、いささか問題があるだろう。


「…………ふん。非常に不本意だが、礼は言っておく、赤の魔王」


 実に嫌そうに、しかし自国の目がある手前、渋々と言った感じに頭を下げるセオドライト。


 そんな姿に苦笑しながら、クリムとセツナは踵を返し、クリムは姿を消す事ができる影魔法の『インビジブル』を唱え、セツナは隠密スキルにより、速やかに夕闇に溶けるようにしてその場を立ち去るのだった。


 これはあくまで彼ら聖王国の問題であり、あまりクリムたち外野が過剰な協力をするべきではないだろう――今はまだ、敵国のままなのだから、と。




 ◇


 ――セオドライトが自国のプレイヤーたちと合流してから一時間ほど後、大聖堂のとある一室の前。




「さて……あの小僧、身柄を確保した場合いかがしましょうか」

「そうですな……まずあり得ませんが、もし万が一粛清部隊が生きたまま捕らえてきた場合、火にかけてその罪を神に問いましょうぞ」

「そうですな、あの者たちが来てからとんと見ておりませなんだ、是非そう致しましょう。ね、ロドリーゴ枢機卿」

「うむ、ではそのように話を進めてくれたまえ」



 ……と言った様子で扉の中から聞こえてくる、下衆極まりない会話。


 何やら盛り上がっているらしいその部屋……現在、以前の「粛清」から生き延びたこの街の権力者中、最も上の位にいるロドリーゴ枢機卿の執務室のドアを、セオドライトは躊躇うことなく思い切り蹴破った。


「な……何者だ、無礼な!」

「ふん……枢機卿猊下、ずいぶんと楽しそうな話をしていますね、外まで丸聞こえでしたよ」

「……っ!?」


 そう吐き捨てるセオドライトを先頭に、聖王国所属のプレイヤーたちが執務室へと雪崩れ込んで、中にいた者たちにその武器を突きつける。


 そんな乱入者に取り囲まれ、顔を蒼白にする中に居た者たち。


「お主……セオドライト、何故この場所に! 粛清部隊の者たちはどうした!」


 そんなロドリーゴ枢機卿の問いをさっくり無視したセオドライトが、まだ血糊が残る佩剣を、彼の眼前に見せつけるように突き付ける。


 その意味は……語らずとも、明白だった。


「お……ぉお、お前たち、我々にこ、こんな事をして、それでも法と秩序を守護すべき聖王とその部下か!?」

「知らないですね。身に覚えはありませんでしたが、あなた方が言うには僕は異端者なんでしょう?」

「そ……それは、何かの間違いじゃ、そうだ間違いじゃった! だから私の権限において取り消す! だから命ばかりは……!」

「そうか……では、僕の身の潔白は貴方の名において証明されたという事でよろしいですね、ロドリーゴ枢機卿猊下」


 そうにこやかに尋ねるセオドライトに、彼らは一斉にガクガクと頷く。

 それを見て「まあいいでしょう」と血糊を拭い取り剣を鞘に収めたセオドライトの姿を見て、ホッと安堵の息を吐くロドリーゴ枢機卿たちだったが……しかし。


「では……誰か、この者たちを引っ捕らえよ」

「な……何故だ!」


 すっかり助かったと思っていたらしいロドリーゴ枢機卿とその賛同者たちが、セオドライトの言葉に唾を飛ばして抗議する。

 しかし、そんな彼らを見つめるセオドライトの目は、侮蔑の色をもって彼らを睥睨していた。


「決まっているでしょう。あなたは無実の者に対し暗殺者を差し向けた。街に騒乱を巻き起こしたのもそうです。正当な審議の元、正しく裁かれねば他の者にも示しがつかないでしょう」


 ま、この国の法に則れば、火刑が妥当でしょうがね。


 そう最後に呟いたセオドライトの言葉に、ロドリーゴ枢機卿、他、彼の元で今回の騒乱を主導した者たちが顔色を真っ青にする。


「は……話が違うではないか! 異端者認定を取り消せば命は助けてくれると……!?」

「ですから、この場で処刑はせずに正しく裁きを受けるチャンスをあげたではないですか。あなた方の理屈では、正しい行いをしてきた者には神が手を差し伸べてくれるから、冤罪ならば火に掛けられても決して火傷を負う事なく、無実である事が証明されるのでしょう?」


 そんな淡々と告げるセオドライトの言葉に、ロドリーゴ枢機卿たちがぐっと言葉に詰まる。

 なんせ、そう言って自分たちの意に沿わぬ者、あるいは遊び飽きた奉公という名目で連れて来た少女たちを戯れに火刑に処してきたのは、他ならぬ彼らなのだから。


 そうして、喚き散らす彼らが衛兵たちに捕縛され連れて行かれ……聖都オラトリアをにわかに騒がせた今回の騒動は、終わりを告げたのだった。




 ちなみに……この件に関して聖都オラトリアの住民たちからは、ロドリーゴ枢機卿らを排したセオドライトたち聖王国のプレイヤーに対して批難する声は、ほとんど上がることは無かったのだった――……

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