刀祢神社

 ――ペンションを発ってから、山道を車で三十分ほど。



「龍之介さん、送ってくれてありがとうございました」

「何、いいってことよ。深雪、初詣には顔を出すから、お前も頑張れよ」

「はいなの、パパ、ありがとう」


 そうして挨拶を交わし、大人組が乗る車が離れていくのを見送って……


「よし、行こうか」

「ええ、それじゃあ皆さん、着いてきてくださいませ?」


 改めて着替えなどの荷物が入っているスポーツバッグなどを肩に担ぎ直した紅たちは、先導する桔梗と雛菊の後を追いかけるのだった。





 ――この辺りの最高峰である連峰を間近から見上げる、やや低めの山の山頂付近に拓かれたのが、この『刀祢神社』というこの一帯で最大規模の神社。


 今は年末年始に向けてさまざまな露店が準備中である、しっかり石畳を敷かれた広い参道。

 そこを進むと見えてくる巨大な鳥居を潜り、それなりに長い石段を登っていき、さらに見えてきた立派な随神門を潜ると……


「わあ、広い!」

「へぇ、山の上の神社かと思ったら、随分と立派じゃないか」


 開けた眼前の光景に、先頭を歩く桔梗と雛菊のすぐ後ろを歩いていた聖と昴から、感嘆の声が上がる。


 左右に狛犬が睨みを効かせ、今もあちこちで神職の人や巫女さんたちがちらほら作業をしている、その広い境内。

 真正面の拝殿へと続く石畳の左右には白い砂利が敷き詰められ、積もった雪は丁寧に除雪されており歩くのも特に苦労はない。


 そんな境内を、紅たちが物珍しそうにきょろきょろと見回していると……右手にある社務所から、1人の男性が近寄ってきた。


「君たちは……雛菊が言っていた、助勤じょきんの希望者だね?」

「あ、はい。私、満月紅と申します」


 紅に続き、聖と昴、佳澄、そして深雪と順に自己紹介していくのを、男性はニコニコと優しい笑みを浮かべながら耳を傾ける。


「うん、遠路はるばるご苦労様。私が雛菊の父親で、この神社の神主をしている、『刀祢 隆久たかひさ』です。年末年始は大変だと思うけど、よろしくお願いするよ」


 そう、笑顔で一行を迎えてくれる彼に、紅たちも改めて一礼する。


「それで、あなた。彼女たちも荷物を解きたいでしょうし、宿舎に案内したいのだけれど」

「確かにそうですね。立ち話もなんですので、どうぞついてきてください」


 そう言って皆を先導し歩き出す神主の男性と、その横に寄り添う桔梗。

 その案内に従い歩く中で……ふと、紅の袖を引いて皆より少し遅れた場所をついていく位置に誘導した聖が、耳打ちで質問してきた。


「そういえば紅ちゃん、教会は駄目だったよね。神社は大丈夫なの?」


 そんな心配そうな聖。確かに紅はこの体になってからというもの、教会に入るとひどい倦怠感などに見舞われるのだが……


「うん、大丈夫。私も母さんから聞いた話だけで、ちゃんと理解したわけじゃないんだけど……問題なのは、そこに集まる信仰なんだって」


 そうなんともないと頷きながら、紅は母に聞いた話を反芻していた。


「『あっち側』の宗教では、吸血鬼っていうのは悪魔に魂を売って永遠の生に執着する化け物、討伐対象だよね」

「うん、よく神父さんやシスターさんが吸血鬼を祓う映画とか、たくさんあるよね?」

「そうした忌避感が潜在的にある信仰が教会や十字架、あるいは聖水なんかに集まって、私たちにダメージを与えてくるんだって。私たち『ノーブルレッド』は精霊に近い部分があるから、そういう霊性スピリチュアル側からの攻撃には弱いんだってさ」

「へぇ……」


 そんなものなんだ、と納得してくれた聖の様子を確認して、さらに紅は話を続ける。


「一方でこちらは神道……精霊信仰だからね。祖霊や自然に神を見出し奉ることを主体とした信仰で、その中には本来なら人の時間ではない夜に対する畏れ祀る傾向があるからね。実は、境内に入った今の方がむしろ調子が良いくらいなんだよ」

「へぇ……宗教の違いでそんな事になるんだー」

「うん、だから私は大丈夫。心配してくれてありがとう」


 そんな話をしているうちに……紅たちは境内の左手を拝殿を迂回するように通り抜け、さらに本殿よりも奥、やや離れた場所にある建物へと案内された。


 刀祢家の自宅と思しき大きな平家に併設されたその建物は……遠方から来たアルバイトのために用意された宿舎だという。


「今日から来月の三日まで、皆さんにはこの宿舎を利用してもらいます」


 そう言って神主に案内されて入った宿舎の中は……やや古びてはいるものの、よく掃除が行き届いた綺麗な和様式の、畳敷きの部屋がいくつかある構造をしていた。


 流石に男女同衾は言語道断と、昴は隆久に1人用の小部屋へと案内されていった。

 それ以外の女の子組は桔梗の案内によって、別の大部屋へと連れて行かれる。


 そこでようやく荷物を下ろし……ホッと肩の力を緩めていると。


「皆さん、学校からの許可証は貰ってきていますね、拝見してもいいかしら?」

「あ、はい!」


 桔梗のそんな要求に、紅たちは慌てて鞄の中から、アルバイト許可証を取り出し、提出する。


 彼女は、そんな書類にざっと目を通すと……よし、とひとつ頷き、口を開く。


「……ええ、確かに許可を貰ってきているのは確認しました。ただし工藤深雪さんはまだ中学生ですから、夜のお仕事は基本NG。基本的には雛菊と一緒に、短時間の簡単な内職作業に従事してもらいますからね」

「あ、はい! 雛菊ちゃん、指導お願いしますなの」

「はいです、任せてください!」


 そんな2人の少女の様子に満足げに頷く桔梗は、しかしすぐに真面目な顔に戻り、口を開く。


「では、これからの助勤に当たって、少し注意点を説明していきます」


 どうやら真剣な話らしいと察した紅たちが、荷解きを中断し、向き直る。


「まず、自分たちの仕事を『アルバイト』と呼ぶのは禁止です。貴女方の扱いは『助勤じょきん』ということになりますので、注意してくださいね?」


 そう告げる桔梗の言葉に、紅たちも頷く。

 巫女……日本の伝統的な職種であり、神社という神聖な場所で行われる仕事であるため、アルバイトといった言葉はふさわしくないとして使われないのだ。

 同様に、一例としてお守りなどを販売する際も販売ではなく『授与』、あるいは『お授けする』といった言葉を使う事になっている。


 その他挨拶の仕方を始めさまざまな独特の決まり事があるので……大晦日は明後日ではあるものの、もう明日からは研修会で忙しくなると、事前に言われていた。


「明日、それと明後日の大晦日の午前中は、お仕事内容の説明やマナーの研修会になりますからね。教えることは多岐に渡りますのでメモ帳と筆記用具は必ず持参してください」


 そう語る、普段と違い厳格な言葉遣いで話す桔梗に、紅たちも再度真剣な表情で頷く。


「それと、満月紅さんの髪色ですが……本来であれば黒髪の指定となるのですが、それが地毛であり染めた訳でもないので問題なしとします。古谷聖さんも、同様に」

「はい、ありがとうございます」

「ありがとうございます! はー、良かった……」


 巫女の求人に黒髪指定があったのを不安に感じていた紅と聖が、桔梗の言葉に深々と安堵の息を吐く。


「以上、今日はゆっくりして、明日からは頑張ってくださいね」


 そう柔らかく微笑みながら締めくくり、しずしずと立ち去る桔梗の姿を見送って……


「はー、緊張したぁ」

「雛菊ちゃんのお母さん、今日は雰囲気が違ったねえ」


 ホッと安堵の息を吐く、聖と佳澄。

 今日の桔梗から発せられていた、凛としており優しい物腰ながらも厳しいさもある、一緒に居るとついつい背筋が伸びる感覚。

 それがどうしても今までのどこか飄々としていた彼女のイメージと、うまく重ならない。


「母様は、お仕事中はいつもあんな感じですよ?」

「そ、そうなんだ……」


 皆の困惑にしかし、雛菊は慣れたら何ということはないと、そうきょとんと首を傾げながら語る。




 大晦日……なんだか随分と長く感じた今年が終わるまで、あと残り二日。


 こうして、紅たちの初めてのアルバイトが幕を開けたのだった――……









【後書き】

 作中の神社は架空のものです。同名の神社があっても、作中のものとは一切の関係はありません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る