セツナの秘密

 スキーに繰り出していた一行が昼食を終えてペンションに帰宅した後、夕食の時まで自由行動ということで、解散となった。


 その時にはもうユリアは玲史の背中の上で完全に夢の国の住人となっており、玲史、イリスら夫妻と玲央はそのままユリアのお昼寝に付き合うのだという。


 聖たち他の皆もそれぞれが読書や散歩など己の時間に耽る中――紅は雪那から『話がある』と誘われて、一人『Destiny Unchain Online』へとログインしていたのだった。




 ――が。


「……見られておるな。やれやれ、今夜も我らがログインするかの監視か」


 ログイン直後からすでに感じる、首筋がざわつくような違和感。それが他のプレイヤーからの視線だと察して、クリムは苦笑する。


「本当に、何もイベントなんてないんじゃけどなあ」


 どうやらこのプレイヤーたちは、クリム達が集まっているのは何かのイベントがあるのだと、疑っているのだろう。

 隠密状態で遠巻きに様子を伺っている者たちがちらほら居るのを確認し……しかし害意は感じないため、ひとまず意識の外に置く。


 それよりも、秘密の会話だというならばこの状況はあまりよろしくない……そう判断するや否や、クリムは翼を広げて空へと舞い上がり、なるべく高い崖上へと移動する。



「さて……話があるということじゃったが、セツナは……」


 フレンドリストを開くと、セツナの名前の横にはログイン中のマーク。場所は……


「……直接プレイヤーの座標に転移する手段は無かったと思うのじゃが?」

「え、何でバレたの!?」


 今まさに姿を隠して「だーれだ」とする寸前のポーズのまま、驚きの表情で固まるセツナ。

 当然ながら、昨夜は居なかった彼女がこのタイミングでこの場所に居るというのは、あまりにも不自然だった。


「その転移手段のことも含め、よっ……く話を聞く必要がありそうじゃな?」


 振り返って笑顔を見せるクリムに、セツナはガクガクと頷くのだった。




 ◇


 この『Destiny Unchain Online』というゲームにおいて、『ウィスパーチャット』というチャットモードを使用すると、特定個人間以外の者には一切会話音声が拾えなくなる。


 それは秘密の会話をするには非常に都合の良い機能であり、故にセツナは会話場所にゲーム内を選んだのだろう。


 そうして誰に聞き咎められる心配の無い状態で語られたセツナの話は……クリムに頭を抱えさせるには、十分な内容のものであった。




「――なるほど、警察……いや、警察庁警備局の人間じゃったのか、お主」

「まあ、私はお父さんの繋がりからの外部協力者って扱いで、難しい話とかはあまり知らないんだけどねー」


 警備局……警察庁の内部部局であり、ざっくり言うと警察の親玉で、公安警察の中枢でもある。


 当然ながらその活動には機密性の高いものも多く……場合によっては家族にさえ自らの仕事どころか所属さえも明かしてはならない事も、ザラにあるという。


「……それ、我にバラしても良かったのか?」

「いいのいいの。というか、お父さんの指示なんだ。お館様だけには事情を説明しておけ、その上で周囲には口外するなよって言えってさ」

「何でまた?」

「『アイツたぶん自力で事実に到達するだろうからその前に釘刺しとけ』って」


 ――なるほど、いつ爆発するか分からない爆弾よりは、管理できる爆弾の方がいい、ってことか。


 そう、さりげに自分が公安の偉い人にマークされているのが発覚したことに若干顔を引き攣らせつつ、クリムはセツナの発言に納得する。


「じゃが、解せぬ。何故そのような者たちが、このような無数にある娯楽の中からこの『Destiny Unchain Online』に関わってくる?」


 当然ながら、数多ある中の一娯楽に過ぎないVRMMOの事など、公安警察の管轄外のはずだ。


 むしろサイバー科とかの管轄ではなかろうかと、クリムは首を傾げるのだが。


「お館様は薄々察していると思うけど、この『Destiny Unchain Online』はただのゲームじゃないのよ」

「……ふむ? たしかに薄々そんな気はしておったが、では何なのかという回答はくれるのか?」

「うん……いや、ゲームはゲームなんだけど……うーん、なんていうかなぁ。その裏にいくつもの実験が動いている実験場って言ってもいいかなぁ」

「なるほど……実験場、か」


 思い当たる節は、いくつかある。



 ――未知の新技術による、限りなく現実に近い仮想の世界。


 ――同じく未知の新技術からなる、現実の人と遜色のない高度な人工知能。


 ――『クリム』の種族進化を促したような、感情や意思がゲームに強く反映される機能。



 そういった、明らかに一企業が娯楽を提供する目的で使用するにはオーバーテクノロジーが過ぎる技術が多数盛り込まれた、この世界は。


「――自立型AIによって管理された、現実と遜色のない精度の世界を構築するためのワールドシミュレーター。その雛形を、より多数のデータが集積できるよう多くの人に触れてもらうため、ゲームに融合して娯楽としたプロトタイプだそうよ」


 そのセツナの言葉に、クリムは驚くよりはむしろ納得した。


 初期、異世界転移シミュレーターとまで揶揄されたこのゲームは……実際は、『異世界創造シミュレーター』だったのだ、と。


「そして私は警察庁と天理あまりさんたち運営の双方から委託されて、それが暴走したり恣意的な活用がされてないかをゲームの中から監視するために派遣された、諜報員なのです!」


 そうセツナは「ドヤァ」と自慢げに胸を張り、己が何者であるかをクリムへと告げるのだった――……








【後書き】

 なお彼女は色々な便利機能を運営から貸与されていますが、それらは運営に申請し、必要性有りと許可されないと使用できない模様。

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