魔王様の冬休み

ライバルの妹様が天使だった件


「うわ、人多いのぅ……」


 旧帝都実装に向けて、この『Destiny Unchain Online』内では各種取引が活発になっている。

 そうした人が大陸中から流入しているために、広いこの無制限交流都市ですら、非常に多くのプレイヤーでごった返していた。


 ――確かに、こんな中に初心者が紛れ込んだら迷子になるよなぁ。


 そんなことを考えながら、クリムも周囲に注意を払いながらヴァルハラント上層へと向かって歩く。




 ……何故、クリムが無制限交流都市へとやって来たかと言うと。


 その理由は、ログインしたはいいがボーっと無為な時間を過ごしていた時に届いた、一通のメッセージにあった。



【至急:もし暇だっtら助けて欲しい】



 そんな、余程慌てていたのか誤字っているタイトルの、ソールレオンからのメッセージ。


 すわ一大事かと思って開いたそのメッセージの内容とは……今日初めてログインするはずの従姉妹が待ち合わせ場所に居らず行方不明で、探すのを手伝って欲しいというものだった。




 そしてクリムはちょうど暇であり、ソールレオンの従姉妹とやらにも興味があり、何やら面白そうだったため……こうしてヴァルハラントの地を久々に踏んだのだった。




 ◇


「さて……たしか待ち合わせるはずだったマックに居なかったんじゃよな? ならば……」


 サクサクと行く先に当たりをつけて、人がごった返すヴァルハラントの街を歩き出す。


 ――クリムが真っ先にアタリをつけたのが、ソールレオンが待ち合わせ場所とした第四層の某有名ハンバーガーショップ……ではなく、それとはデザインの違う『M』の看板を掲げた、第五層にある別のハンバーガーショップ周辺だ。


 というのも、こちら待ち合わせ場所のショップより上の階層にあるのだが、テレポーター・プラザから看板が見えるのだ。間違えてこちらに行った可能性は高い……と思う。


 そして……そんなクリムの予想は的中した。



「む、お主らどうしたのじゃ?」

「あ、まおーさま!?」


 ひとまずの目的地であったそのハンバーガーショップ周辺に、何やら通常の混雑とは違う、プレイヤーたちの人だかりができていた。


 それを見つけたクリムが声を掛けると、そのプレイヤーたちはホッと安堵の息を吐きながら、クリムを迎え入れる。


「それが……迷子の女の子みたいなんですが、俺らじゃ怯えられちゃって。まおーさま、お任せしてよろしいですか?」

「うむ、問題ない。というか我はそもそもそのために来たのじゃからな。どれ」


 そう何の気無しに、ひょいと男たちの陰に居る小さな人影の方を覗き込んだ。



 ――天使が、そこに居た。



 もちろん比喩表現ではあるが、そう見紛う程に可憐な少女がそこに居たのだ。


 金細工の装飾が施された白いワンピースという初期服に包まれているのは、砂糖細工のように触れれば壊れてしまいそうな、華奢な姿。


 果たしてどうやって設定したのか想像もつかない、光の加減で緩やかに色彩を変じるプリズムを纏う、明るい銀糸の髪。


 そんな腰まである銀のヴェールに包まれているのは、精巧すぎるほどに整った、しかしまだ幼い顔。



 ――なんだ、この子?



 自然と膝を着きたくなるような、神々しさすら感じられるそんな少女を、クリムが咄嗟に天使と思ってしまったのは致し方ないだろう。


 少なくともクリムは、抗いようもなくその少女に対しむくむくと急速に湧き上がる庇護欲と共に、そう思ってしまったのだった。






 ……とはいえ、歳の頃はまだ雛菊と同じか少し年下かもしれない、このDUOではほとんど見ないくらい幼い少女だ。


 その姿はたとえどれだけ可憐であっても性を感じさせるには程遠く、周囲の者もほとんどが純粋に迷子の女の子を心配しているだけで、そこに下心があるようには見えなかった。


 何にせよ……年上のお兄さん達に囲まれて萎縮していたその少女は、少し年上のお姉さんであるクリムの登場にホッとした様子を見せていた。


「えぇと……君が、ソールレオンの従姉妹の子かな?」

「お兄様を知っているんですか? ……あっ」


 しゃがみ、目線を合わせて少女に語りかける。

 そんなクリムの口にした名前を聞いた少女は、パッと表情を明るくして顔を上げる……が、クリムの顔を見て、ふと何かに気付いたように声を上げた。


「あ……もしかして、赤の魔王様ですか……?」

「……え、私の事知って……あー、こほん。我のことを知っとるのか?」


 何やら物語の登場人物と出会ったかのようにキラキラした視線を向けてくる少女にこそばゆさを感じながらも、知ってるならばとリップサービスのつもりで口調を『クリム=ルアシェイア』へと切り替える。


 どうやらそれは正解だったらしく、そんなクリムの様子に、少女はふわっと表情を綻ばせた。


「はい……お兄様に、よくお話を聞かせていただきました……面白いやつがいると、いたくお気に入りのようでそれは楽しそうでしたよ?」


 そう、楽しげにクスクスと笑いながら語る少女。



 ――ン゛ッ、かわいい!



 見た目が可愛いのは勿論ながら、人見知りな態度とは裏腹に、その言動と所作は柔らかくも洗練されていて綺麗であり、立ち振る舞いはお姫様を連想させる。


 ……というかよく考えたら、公爵家の嫡男ソールレオンの従姉妹なのだから、本物のお姫様なのでは?


 クリムがそんなことをふと考えた、そんな時だった。


「――ユリィ!」


 喧騒の中から聞こえてきた、クリムもよく聞き覚えのある声。


 その声が聞こえた方向を見れば、人垣の向こうから珍しく焦った様子のソールレオンが駆け寄って来ていた。


「お、どうやらそのお兄様のお出ましのようじゃ……」

「お兄様!」


 クリムが促すより早く、ソールレオンに駆け寄っていく少女。

 姿勢を低くして迎え入れたソールレオンの胸に飛び込み、二人まるで生き別れの兄妹のようにひしっと抱き合う姿に、クリムはポカンとする。


「すまないユリィ、私の言葉足らずだったな。怖くは無かったかい? 誰かに変なことはされなかったかい?」

「大丈夫です、お兄様。皆、親切な方々でした」

「そうか……良かった、本当に」


 そう言って深くため息を吐くと、少女の頬をまるで壊れ物を扱うように優しく撫でて、ふっと笑いかけるソールレオン。そしてそれを、嬉しそうに受け入れている少女。


 なんだか普段と違って耽美な様子のソールレオンらの姿に、クリムは呆気に取られていると。


「っ、と。すまないクリム、紹介しよう」


 クリムを始めとした周囲の視線に気付き、パッと離れる二人。

 バツが悪そうに、コホンと咳払いする一方で、少女は恥ずかしそうに頬を染め、居住いを正す。


「私の従姉妹で、叔母上の娘にあたる……」

「……ユリア、と申します……よろしくお願いします、赤の魔王様?」


 そう言って、実に堂に入った所作で初期服のワンピースの裾を摘んで軽く膝を折ると……周囲の者たちの頬がつい緩んでしまうような、花が綻ぶような笑顔で挨拶してくるのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る