宵闇を駆る魔王
――時は夕刻、空も山も茜色から群青色へとグラデーションしている逢魔が刻。
ここ妖精郷の上空では、小さな人影が一つ、無数の飛竜と熾烈な空戦を繰り広げていた。
「――ちぃ、挟撃じゃな!?」
背後から迫り来る、一体の飛竜。
流石にフライト初心者のクリムの速力では、飛翔に特化した飛竜に敵うべくもなく、みるみる距離が縮まっている。まもなくその牙はクリムへと届くだろう。
一方で前方進路上にはもう一体の飛竜が、獲物が飛び込んでくるのを今か今かと待ち構えている。
速度を緩めれば、背後の飛竜に。
このまま進めば、進路上の飛竜に。
どちらにせよ飛竜の餌となる末路が待つ絶対絶命な状況で。
「なんっ……とぉッ!?」
大きく翼をはためかせて、クリムの体が斜め後方へと鋭角に軌道を変えた。
ギシギシと小さな体を軋ませる慣性力の中で、うっかりクリムを狙い損ねて追い越す形となった飛竜の無防備な後頭部が、迂闊にも眼前に晒される。
そんな隙を見逃すわけもなく、クリムの体がそのバネを十全に生かして空中で回転した。
合わせて薙ぎ払われた『魔力撃』の赤い光を纏う巨大な槍が――その頑健な鱗で守られている筈の飛竜の首を、ほとんど抵抗も無く薙ぎ払う。
まごうことなき
「くは、はは、その長い素っ首、実に刈り取りやすいなぁ!?」
――いやそれお前だけだから。
おそらく誰かが聞いていたら、そう突っ込まれそうな発言と共に哄笑を上げるクリム。
……誤解なきように言うと、硬い鱗、強靭な筋肉に守られている飛竜の首は、生半可な大剣など容易く弾くほどに堅牢だ。だからこれは単純に、高い魔力に裏打ちされたクリムの『魔力撃』が破格の威力を有しているのである。
そんなクリムへと、仲間の仇とばかりに正面に居た飛竜の顎門が迫るが……しかし、翼をはためかせて微妙に軸をずらしながら、クリムの体が錐揉み回転する。
飛竜の顎門はたったそれだけの軌道のズレによりクリムの小さな体を捉える事がかなわず見失い、逆にクリムの赤い光を纏った槍が舌を伸ばし、遠心力をつけてその飛竜の首も落とす。
――そんな時。ふっとクリムの頭上が陰った。
半ば本能で回避行動を取ったその時、スレスレのところをもう一体、上で様子見していた飛竜が急降下して行った。
「おっと今のは肝が冷えたぞ、お返しじゃ、『ミゼラブルチェイン』!」
空中で放った血魔法『スレイヴチェイン』改め血壊魔法『ミゼラブルチェイン』が、数本の鋭い楔を備えた鎖となって飛竜の翼に突き刺さる。
痛みに身を捩る飛竜。
だが、クリムは『ミゼラブルチェイン』を縮めてその背中へと取り憑くと、手にした槍を背中へと突き立てる。
――ギャアアアアッッ!!?
耳をつんざく、飛竜の悲鳴。
痛みの元である背中のクリムを叩き落とそうというのか、みるみる大地が眼前に迫ってくる。
そうして地面に激突寸前――クリムは槍を振るい飛竜の翼を断ちつつ、その飛竜の背を蹴って空中に躍り出ると、そのまま『天翔のブーツ』の特殊能力である『姫翔天駆』により宙を駆け、翼をはためかせて舞い上がる。
一方で足場にされた飛竜はというと、片翼を失いそのまま大地に激突し、絶命して残光に還っていった。
……と、そんな感じで飛竜たちの群れを追い回しながら。
「ハハハ他愛もないな! 鎧袖一触とはこの事かぁ!?」
クリムは実に生意気そうな笑顔を浮かべ、調子に乗っているのだった。
◇
――そうしてクリムが上空で暴れている中、地上では。
「誰だよ、クリムにこんな力与えた奴」
「はー、お姉ちゃんすっごい……」
上空からのブレスの雨が弱まった隙をつき、散開して逃げ込んだ、地上に転がる瓦礫の影。
幼なじみの予想以上の暴れぶりに、思わず真顔になるフレイ。その隣では、リコリスがぽかんと上空を眺めていた。
しかも、これで本人が言うには安全圏である五割だという。改めて、進化を果たしたクリムのヤバさを実感するフレイなのだった。
――今回の進化により、運営がクリムに与えてしまった最大の危険物は、『選択肢』だとフレイは考えている。
今のクリムは『天翔のブーツ』に加え翼まで得た事で、地上のみならず空中ですら、無数の選択肢を取ることができる。
そして……あらゆるものを使いこなす柔軟さ、無数の選択肢から瞬時に正解を選び取る判断力こそ、クリムの一番ヤバいところだとフレイは長い付き合いの中で常々思っていた。
「まあ、良い。それより、せっかくクリムが敵の気を引いてくれているんだ、リコリスちゃんも撃て撃て!」
「あ、は、はいなの!」
味方であれば、心強い限りである。
そう気を取り直し、フレイは指示を飛ばしながら、周囲に浮かべた雷撃の槍をそれぞれ上空に浮かぶ飛竜へとロックオンする。
放つは、複数ターゲットが可能な単体攻撃魔法、深知魔法90『ヴァジュラ』。
次々と放たれる雷光を凝縮した槍が飛竜へと突き刺さり……その瞬間、凝縮したエネルギーを炸裂させて内部から灼き焦がす。ひとたまりもなく落下していく飛竜らを尻目に、フレイは新たな魔法を詠唱し始めた。
先程までは、制空権を完全に取られていたために、一方的に攻撃されていた。
だが今は違う。クリムという脅威が上空で暴れまわっているために飛竜たちもそちらへ戦力を割かねばならず、結果として飛竜たちは地上への対処が疎かになって、今度はフレイたち地上からの攻撃に押され始めるという悪循環を起こしていた。
ならば、この機を逃す手はないと、遠隔攻撃を持つ者たちが総力を上げて反撃を開始した。
こうして戦況は完全にフレイたちの側へと傾いて……飛竜たちが、あまりにも餌にするにはリスクが高すぎると判断し飛び去るまでに、さほどの時間は要さなかった――……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます