世界樹セイファート

次の目標へ

 ――セイファート城、湖を臨むことのできる庭園の片隅に設けられた、屋外練武場。




 普段は学校に通う子供達の中でも、剣に興味がある子供らの稽古場となっているその場所で、今日もカンッ、カンッっという木剣のぶつかり合う音が響く。


 ――否、この日のそれは、そんな生易しい音ではなかった。ガッガガガッと激しく撃ち合うその剣戟の音は、どう考えても子供の稽古のものではない。


 その日、その練武場を占有していたのは……ルアシェイア連王同盟国盟主、クリム=ルアシェイア。


 そして、その相手はノール・グラシェ北方帝国皇帝、ソールレオン=ノールグラシエ。


 この大陸を四分する大勢力、その四人の盟主のうちの二人だった。




「そこ、足元に注意が行きすぎてるぞ!」

「く、この……っ!」


 ――戦況はほぼ五分、ややソールレオンが優勢というところか。


 だが、涼しい顔で打ち合うソールレオンの一方で、クリムは汗だくであり、これまでほぼ互角だったのが嘘のようだった。

 そんな二人の余裕の差が、今のクリムの体がどれだけ神経をすり減らさねばこれまで通りの動きをできないピーキーなものかを物語っていた。


 が、しかし。


「調子に、乗るなっ!」

「おっと!」


 上から目線であれこれ口出しされていたクリムがついにキレて、その強化された膂力でソールレオンの剣を弾く。


「もらっ……たぁ!?」


 できた隙に、チャンスとばかりに踏み込もうとし、僅かに足に力を込めすぎたクリムの身体が――しかし焦りから過剰な力でドンと地を蹴って、ソールレオンを飛び越えるくらいに大きく飛び出す。


 そんな背中に向けて、ソールレオンが木剣を翻すが、しかし。


「ま、だ、だぁッ!」


 空中で背中の翼をはためかせたクリムが、その反動で体を捻って振り返り、その回転ごと叩きつけた木剣が、ソールレオンの繰り出す木剣と激突する。



 ――カアァ……ン!



 甲高い音を上げた木剣、その間でぶつかり合った闘気が周囲に突風を吹き荒れさせて庭園の草花をさわさわと揺らし……そこで、二人の動きが止まった。


「……今のは卑怯だろう! スキル無し体ひとつでってルールだったろ!?」

「なっ……スキルじゃないですぅー我の身体の一部だからノーカンですぅー!!」

「子供か!?」

「どっちが!?」


 鼻を突き合わせて罵り合う少女と青年。




 ……繰り返すが、これがこの大陸を四分する大勢力、その四人の盟主のうちの二人だった。






 と、ある意味いつも通りに負けず嫌い二人が、どちらが正しいかでいがみ合っていると。


「お二人とも、仲がよろしいですね」

「クリムちゃん、ソールレオンさん、お疲れ様ー」


 そう言ってクリムたちを呼ぶのは、フレイヤと、以前にもソールレオンについて来たレティというメイドさん。

 傍ではアドニスとエルヒム、それにルージュの三人がテーブルとパラソルを設営しており、どうやら今日は趣向を変えてここで湖を眺めながらお茶会らしい。


「若様、お茶の用意ができますので、後片付けをして、手を洗って来てくださいませ」

「……なあレティ、私は子供か……?」

「似たようなものでございましょう?」


 ぴしゃりと辛辣な使用人のコメントに、ソールレオンはガックリと肩を落とす。

 そんな光景を、「くはは、メイドに嗜められとるお主は情け無いのぅ」と勝ち誇って笑っていたクリムだったが。


「クリムちゃんも、せっかくソールレオンさんが修行に協力してくれてるんだから。仲良くしないとダメだよ?」

「はい……なのじゃ」


 クリムもクリムでフレイヤお姉ちゃんには頭が上がらず、「めっ」と叱られて、しゅんと項垂れるのだった。





 そんなこんなで、場所こそ違うがいつも通り始まったお茶会で。


「それでクリムちゃん、調子はどんな感じ?」

「そうさなぁ……安全圏は五割、限界七割といったところか」


 フレイヤの質問に、クリムは正直にこの数日の成果を語る。


 本調子には、まだまだ遠い数字だ。それを超えると、先程ソールレオンを飛び越えてしまった時のように途端にコントロールが怪しくなる。実に厄介な身体だった。


「そっかぁ……大変そうだね、その体」

「うん……でもだんだんコツも掴めて来たし、これまでできなかった事ができそうな予感もあって、案外と楽しいよ」


 心配そうなフレイヤに、大丈夫と笑ってそう語るクリム。そのクリムの表情は、困難が立ち塞がったのを心底楽しんでいるそれであり、フレイヤもホッとした様子で表情を緩める。


「……ふふ、それでこそクリムちゃん、だね」

「そ、そうかの……?」


 ニコニコと褒めてくるフレイヤに、クリムは照れてスコーンを手に取り、クリームを乗せてぱくりと頬張る。


「ところで君は、本当に器用だな」

まふなぬ?」


 口元にクリームを付け、スコーンを口に含んだまま、声を掛けてきたソールレオンに首を傾げるクリム。

 そんなクリムに苦笑しながら、ソールレオンが所感を語る。


「本来、元々の君に無かったはずの翼の使い方さ。飛ぶだけじゃなくて、さっきみたいに上手く姿勢制御にも使えば行動の幅も広がるから、あの感覚は忘れないようにした方が良いよ」


 そんなアドバイスをくれるソールレオン。その様子は、なんだか上から目線に聞こえ……


「……なんかお主、随分と含蓄のある言い方じゃな?」

「うん、まるで経験があるみたいだよ?」

「……ノーコメントで」


 揃って首を傾げるクリムとフレイヤに、ソールレオンが「しまった」といった様子で顔を背ける。


 なんだろう、とクリムが尚も追求しようとした、そんな時だった。




「――お館様」


 ドロン、と煙を上げて、新たな人影が庭園に現れる。それは……金髪の、忍者装束の少女。


「お、セツナではないか。ちょうどいいところに戻って来たな。お主も茶にするかの?」

「うん、でもその前に、任務の報告するね!」


 そう言って、コホンと一つ咳払いしたセツナが、クリムに頼まれて調べていた事……聖王国の内偵について報告を始める。


「ひとまず、聖王国に目立った動きは無かったわ、どうやら本当にしばらくは立て直しと再編に専念するみたいね!」

「そうか……セツナ、情報ありがとうなのじゃ」

「ふへへー」


 クリムに褒められ、頭を撫でられたセツナは、表情を緩ませて卓に着き、早速お菓子に手を伸ばす。

 そんな金髪忍者ガールがまるでリスのようにマカロンを頬張る様を愛でていると、隣にいたフレイヤから声が掛かる。


「それじゃ、ようやく?」

「ああ、そうじゃな。この最近のゴタゴタですっかりと先延ばしになっておったが、ようやく取り掛かる事ができそうじゃ」


 本来の、重大目標。この『セイファート城』を手に入れた時からずっと機会を伺っていた場所へ、ようやく行ける。


「明後日の日曜日――『妖精郷』の探索を開始する。皆、予定の合うものは協力頼むぞ」


 そう、クリムは宣言したのだった。

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