仕置人、雛菊

「もうやだーなんでゲーム内で勉強しないといけないのよー!!」


 カリカリと、鉛筆が机を叩く音だけ響いていたセイファート城内の一室。


 そんな張り詰めた空気についに堪忍袋の緒が切れたカスミが、机上にあった大量のルーズリーフの紙……メモ帳のアクセサリのページだが……をぶちまけた。


「ま、勉強会開始からすでに二時間経っておるからの、そろそろ潮時かのう」

「それじゃ、休憩にしようか。皆、お疲れ様」


 教師役であるフレイの言葉に、室内にはホッとした空気が流れる。休憩に入ったのを察して、アドニスがお茶を淹れてくれ始めた。


 そんな熟練の手つきで用意されていくお茶とお菓子を期待に満ちた目で眺めながら……


「そういえば、雛菊ちゃんはどうしたんですか?」


 そう、ふと気付いたように周囲を見回しながら、リコリスが尋ねる。唯一試験期間のない雛菊は、この場に居ない。


「雛菊ちゃんは……たぶんヴィンダム周辺エリアじゃないかのう」

「ヴィンダム周辺? なんで敵地に単身乗り込んでるのあの子?」


 クリムの回答に、セツナが首を傾げる。

 その質問に、クリムは眉根に皺を寄せ、頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら、口を開いた。


「うむ、まあ、あの子は小学生じゃから我らよりずっと厳しいハラスメント防止機能に守られておるしな」


 小学生である雛菊に対しては、もし同意ない者が何らかのハラスメント行為をしようした場合、問答無用で運営の管理する監獄エリアに送られるという非常に厳しい罰則に守られている。


 が、だからといって偵察に行かせるようなクリムたちではなく、彼女があちらにいるのは全て彼女の意思である。というのも……


「それに……まあ、目的はいつものアレ、じゃろうなあ」


 そう、クリムは全てを諦めたような遠い目で空を見つめるのだった。




 ◇


 ――始まりの丘陵と隣接する、低地カエルレウム高原。


 普段は牧歌的な丘陵地帯であるそこは……現在、一部悪質なプレイヤーによって不穏な空気が蔓延していた。



「あの、私たち友達同士で遊びたいので困ります……!」


 周囲を囲まれている状況で、一人の盾持ち重装の少女が、背後にパーティメンバーと思しき少女たち四人を庇いながら周囲を囲むプレイヤーたちと対峙していた。


 話には聞いていた、悪質な勧誘を行なっている集団。知人の中には、やむなく勧誘されるままギルドに加入したという者もいると言うが……


「まあ、入りたくないならいいけどな。この辺りは物騒だぜぇ、プレイヤーキラーもいっぱい徘徊してるからなあ」

「そうそう、だから俺らが守ってあげられるよう仲間にならないかって誘ってんの。善意よ、善意」

「ここだけの話、俺ら結構知り合いもいるから、その伝手を使って連中にも顔が効くからさ。君たちを狙わないよう、説得もできるわけよ」


 ……悪質なのは、あくまで「自分の意思」を強調していること。逃げようと思えば逃げられるだ、少なくともこの場は。


 とはいえ、ヘラヘラと笑いながら語りかける彼らだが、どう見ても下心のありそうな様子では何の説得力もない。


 しかし上級者らしき装備の者たちに囲まれているため、すっかり萎縮している女の子五人の初心者パーティ。そんな彼女たちへと、囲んでいる男たちが馴れ馴れしく近寄っていった――そんな時だった。




「――今、PK、って言ったですね?」




 そんな幼い女の子の声が、高原の中にポツリと響いた。


 直後……牧草を天高く巻き上がる旋風、観るものを幻惑するように舞い飛ぶ発光する蝶の群れが発生した中に、一人の小さな人影が忽然と現れていた。


 大きな三角耳と、ボリュームたっぷりのもふもふの尻尾。


 まるで跪くような低姿勢で腰だめに鞘に収められた刀を構える、その和風ドレスを纏う銀狐の少女の姿は……静謐であり、神秘的ですらある。


 だが……彼ら、彼女らがそんな愛らしい少女の姿に見惚れていられるのも、その少女の上げた顔、爛々と狂気に輝く瞳を目にした時までだった。


「ひ、ひぃ……まさか、PKKの雛菊ちゃん!?」

「今、プレイヤーキラーさんって言いましたですよねぇ……!?」


 ぬるりとした動きで勧誘していた男の懐に入り込み、下から見上げてくる少女に、男は悲鳴を上げながら後ずさる。


「ま、待ってくれ、お、おれはPKじゃない、あくまでも知人の話で……!」

「斡旋は、同罪です」


 言い訳を述べる男だったが、瞬間興味を失ったようにふいっと男に背を向ける雛菊。


 直前、チン、と小さく音が鳴り響いたのを訝しむ男だったが……その視界が中心で縦にずれて、直後に暗転した。


 後に残ったのは……周囲に漂う残光のみ。

 この場の誰一人とて、少女が刀を抜いた瞬間を見ることは叶わなかった。



 ――少女は、男たちの所属国に宣戦布告された国の一員。すでに敵対関係にあるため、たとえ男たちをどれだけ辻斬りしようとも、プレイヤーキラーにはならない。



 それを思い出して愕然と固まるシュヴェルトロートの勧誘員たちと、新人プレイヤーたち。そんな彼らへと、少女はゆっくりと振り返る。


「さて、あなた方にも問いますです……プレイヤーキラーさんと、言っていましたですよね?」


 可愛らしく首を傾げ、にっこり笑って問うてくる狐の少女。


 だが男たちや、初心者の少女たちにとって、その愛らしい笑顔ですらもはや、ただの死神の笑顔でしかなかったのだった。




 ◇


「――と、まあ、今頃こんな事になっておるのではないか?」

「ねぇ、あの子妖怪か何かなのかなぁ?」


 クリムの語る現在の予想に、セツナが引き攣った笑いを浮かべて感想を述べる。

 見れば、フレイとフレイヤ、カスミらもクリムと同意見らしく、困ったような曖昧な微笑を浮かべていた。


「……最近クリムお姉ちゃん、雛菊ちゃんの手綱取ってないけどいいの?」

「やだよ、怖いもん。我、あの子とガチ勝負したら蒼炎ありの『無尽の太刀』で即死するのじゃぞ?」


 ジトっと見つめてくるリコリスに、クリムは肩をすくめてそんなことを言う。

 半分くらいならどうにか凌げるが、4発も掠れば蒼炎の炎属性、聖属性、魔特効の三重特効により削り殺されるのだ、本当にどうしようもない。


「天敵って……おるんじゃなぁ……」

「私としては、すごい身近にクリムお姉ちゃんを殺せる人が居てビックリなの……」


 たそがれてしみじみと呟くクリムに、苦笑するリコリスなのだった。



「それで、クリムちゃんの予想が当たっていたと仮定してなんだけど……助けた新人さんたちはどうするの?」


 そんなフレイヤの質問も、もっともだ。


 放置していたら、彼らはやがてまた同じ目に遭うだろう。あるいは勧誘の者らに顔を覚えられているせいで、かえって悪い状況を招く可能性もある。


 だがしかし、雛菊一人で彼らを逃すことは不可能であるし、かと言って連王国から必要なだけの人員を派兵などしようものなら、間違いなく発見され戦闘になる。


「そちらは、自治組織の人らが安全な場所に送り届けてくれるそうだよ。主にブルーライン側だけど、中にはこちらで受け入れる者も居るよ」

「あの、なんで自治組織の人たちが?」


 眼鏡を押さえながら解説するフレイに、リコリスが当然の質問をする。なんせ、その自治組織こそ聖王国の前身であるのだから。


「ま、シュヴェルトロートの主要構成員があの連中なのは確かじゃがな。皆が皆、同類という訳ではなかったのじゃ。中には本当に初心者の助けになりたくて加入していた者もおよそ半数弱おったからの」

「そんな彼らと秘密裏にコンタクトを取って、協力体制を敷いておいたのさ」

「呆れた……クリムちゃんやフレイってば、いつのまにそんな根回し済ませていたの?」


 フレイヤの疑問に、しかしクリムは自分の手柄ではないと首を振る。


「いや、ほとんどがエルミルの伝手じゃな。あやつは初心者救済事業に関して相当顔が効くからの。立案や実行はホワイトリリィ女史がやってくれたぞ」

「あの二人が……はー、すごいなぁ」

「ほんに、我は優秀な仲間を得られて幸せ者じゃな」


 感心しきりなフレイヤの言葉に、クリムもうむ、うむ、と満足そうに頷くのだった。

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