白の森防衛戦 WAVE:3

サソリさんの活躍はカットよー

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「――はぁああああっ!」


 裂帛の気合いと共に、全身を回転させながら空中から放ったカスミの偃月刀による斬撃が、地面に長く斬撃跡を残しながら、これまでの戦闘で削られて来た巨大なサソリの前脚を、ついに宙に舞わせる。


「これ以上、進ませませんです!」


 蒼炎を纏った刀を振りかぶった雛菊が、バランスを崩した蠍の、カスミとは反対側の脚を大上段から全霊を込めて切りつける。

 炎纏う刀は蠍の分厚い装甲を火花散らしながら溶断し、左右で脚を失った蠍はその巨体を支えきれなくなり――その小山のような巨体が、バランスを崩して擱坐した。


「――皆の者、頭と胴体上を狙え、ここで仕留めるぞ!」

「「「おぉオオオオオッ!!」」」


 クリムの号令に、周囲のプレイヤーたちがその体勢を崩した蠍の背中に次々と駆け上がり、各々が全体重を掛けてその巨体、普段攻撃に晒されることが少ないせいか比較的薄い、上方の甲殻を滅多刺しにする。


 これには蠍の魔物もひとたまりもなく、しばらくその巨体をビクッ、ビクッと痙攣させた後……ついには、地響きを上げて崩れ落ち、沈黙した。


「――よし、デカブツは片付いた、残敵の掃討にあたれ!」

「「「おおぉおおおぉッ!!」」」


 難敵を倒した勢いのまま、巨体蠍に追従していた子蠍のモンスターを掃討しに走るプレイヤーたち。

 その背中を見送って、クリムはここまでの戦闘の被害跡に目を向ける。



 ……酷いものだった。



 美しかった森は無残に切り裂かれ、踏み荒らされ、食い散らかされてすっかり荒れ地に変わり果てている。元の姿を取り戻すまで、果たしてどれだけの時が必要か。



 ――三つ、抜かれたか。



 巨大蠍に切り裂かれた木々の中には、ハルニアの若木も混じっていた。あの巨体を撃破するまでに、一気に押し込まれた形となる。


 これで、Aエリアは六本の若木が倒された。全部で十二本だから、残り半分。


 また、あの蠍は三体、北と東西の三方向を同時に進行して来ていたため……流石というかソールレオン率いる北方帝国の受け持つ左翼がやや被害軽微ではあるが、各方面とも被害状況は似たり寄ったりだ。


 それに……


「スザク、南側、E方面は無事か?」


 巨大蠍に合わせて、一番手薄である南側にも敵の大群が現れたという情報が入っていた。女王からは爆弾バチの目撃情報もあったが……


『こちらE方面スザク、三つ抜かれたがなんとかそれで押し留めてる大丈夫だ心配すんな』

「そ、そうか、なら良いのじゃが……」

『あ、ちょ、こっち来ん――』


 ノイズ混じりの轟音が、クリムの鼓膜を通信越しに貫いた。


「おいスザク、おい……ッ!?」

『……っせえ、大丈夫だって言ってるだろ自分の場所に集中しとけ!』

「おいスザク、いま爆発音が至近距離から聞こえたぞ、お主まさか『竜血の英雄ジークフリード・偽』スキル使っておるな!?」

『だからどうした、役割はキッチリ完遂してやるから心配す――』


 ――再度の轟音。


 またもノイズ混じりになった通信が、またすぐ再開する。


『――んな、っての!』

「ほんと無茶するなお主!?」


 どうやらスザクは、『竜血の英雄・偽』によるガッツ任せに爆弾バチを殴っているらしい。

 あいつはいったい何回ここで死んだんだと、その折れない精神力に感嘆しながら、まあ皆に迷惑を掛けるような無理はしないだろうと向こうに関しては任せる。


 なんせ最大の激戦区である自分たちには、救援に回す余裕はない。とにかく体力とMP回復に努め……そうこうしているうちに、全ての戦場で残敵の掃討が終わったらしい。

 インターバルの五分に入り、北担当のプレイヤーも皆、戻って次の第五波に備え始めていた。


 そんな時……ふとクリムは、今回のインターバルが今までと違うことに気付く。




 ――視界端に表示されていたは、【NEXT:FINAL PHASE】の文字。



「……次で、ラストか」


 遠く北方を眺めながらそう呟いたクリムの顔に、浮かれた様子はない。そこにあるのは……悲壮感。

 そしてそれは、次に備えようと先程まで周囲を眺めていたプレイヤーが皆、同様だった。


「ははっ……これは、ルルイエの最終決戦を思い出すのう」

「ま、あの時よりも更に状況は悪いけどな」


 渇いた笑いを上げながらのクリムの言葉に、応えるフレイもまた苦笑しながら側に立つ。


「でも、ここまで来たらやってやるしかないよね!」

「フレイヤ、お主は苦手な虫の群れだが、大丈夫なのか?」

「なんか、それどころじゃなくなって一周回ってどうでも良くなったよー」

「ふ、なんじゃそれは」


 あっけらんと笑うフレイヤに、クリムは呆れたように苦笑する。だが、少し声を張り上げる元気は出た。

 周囲を見れば、リコリスに雛菊、カスミ、そして偵察を切り上げて戦線に加わっていたセツナも、まだ死んでいない目でクリムの側に集まってきていた。


 ――大丈夫、まだ我らは戦える。


 クリムは、周囲の皆を鼓舞するために、思い切り息を吸い込み……声を張り上げた。


「よし――お主ら、さっさとこのクソゲーを切り抜けて、敵のボスである悪魔っ娘におしりペンペンしてやるとしようではないか!」

「まおーさま、その悪魔っ娘って可愛いですか!?」

「とりあえず真っ先にその質問が出てくるお主らって本当に最低のバカじゃな!?」


 思わずツッコミを入れたクリムに、周囲のプレイヤーたちから笑い声が上がる。

 そんな中、座り込んでいたプレイヤーたちも一人、また一人と立ち上がり、今まさに敵が集結中の北方へ、武器を構え始める。


「まあ……そんなお主らには呆れて物も言えんが、敵のボスは本当に可愛い悪魔っ娘であることは保証するぞ!!」


 クリムの返答に、わっと会場が沸き立った。


 本当にどうしようもない馬鹿話ではあるが……しかし、意外にもそんな馬鹿話をしていたら、なんだか元気が湧いてくるものだ。たとえそれが空元気だとしても。



 最終フェイズ――つまり、これが最後の総力戦。


 周囲の敵を知らせるレーダーマップ北方は、エネミーを示す無数の赤い光点で真っ赤に染まっていた――……

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