悪魔の姫の宣告

 ――結局、病欠したクリムがDUOに復帰するまでには三日の時を有した。


 熱自体は二日目には下がっていたのだが、大事を取ってもう一日休養を取ったためだ。


 そうして数日ぶりにログインしたクリムは、速攻でフローリアの街の様子を見に繰り出してきたのだった。




「それにしても……この街も、プレイヤーの姿が増えたのぅ」

「はい、ぼちぼちレベルの高い方々から到着してらっしゃるようですわ」


 そう語るのは、フローリアとの交易の全権を任せてあるホワイトリリィ女史。

 仕事に関し相談があるとメッセージを受けていたクリムは、真っ先に、この街でのギルド『リリィガーデン』の拠点となっている、女王が手配してくれた大使館へと来ていたのだった。


「ひとまず、プレイヤー側からのNPCへの干渉レベルは最低限にしてあります。今すでにいらっしゃる方々は皆が一握りの上級者の方たちでしょうから、特に問題なども起きていませんわね」

「うむ、我もそうするじゃろうな。まずは関係を良好に保つことが最重要ゆえ、プレイヤー側には少し窮屈かもしれんが我慢してもらう事になるがの」



 同盟を組んだユニオンだけが設定できる『街のNPCへの干渉可能レベル』は、現在は最低限に抑えている。


 これは、買い物や交流は可能だが、異性への接触は許可なくばできず、触れようとした段階で警告が発せられるくらいのレベルだ。

 もちろん宣戦布告無しに乱暴狼藉を働こうものならば、即座にプレイヤーキラー常習犯、レッドプレイヤー相当のペナルティとなるため、そうそう短慮に走る者は居ないだろう。


「まあ、それでも親密になろうとする方は男女問わずいらっしゃいますが。やはりエルフの方々は見目麗しい方が多いですものね」


 つまり、ナンパを試みる者は居る、と。


「その辺は、我らがどうこう言うことではないのぅ。度が過ぎたら取り締まる必要はあるじゃろうが、そうでなければエルフ側に任せて構わぬじゃろ」

「ええ、ではそのように。ご安心を、度が過ぎた殿方は我々『リリィガーデン』が、乙女の味方としてキツく灸を据える事にいたしますわ」

「はは、それは頼もしい」


 そんな談笑を交わしつつホワイトリリィ女史と別れ、クリムはまた、街の様子を見回りに戻るのだった。



 そうしてあらかた街を見て周ったクリムが、特にプレイヤーたちが入ってきたことによる混乱は生じていない様子に安堵していると……向かい側から、見知った顔の者が三人歩いてくる。


「あ、クリムちゃん!」

「おおフレイヤ。それとフレイも。今からどこか行くのか?」

「ああ、僕らは『白の森』の下見さ。レイドバトルまでにやれることはやっておこう、とね」


 そう宣う二人。そしてその背後には、もう一人の人物が居た。


「……というわけで、私が森の案内に立候補したのです。子供の頃から遊び場にしていたのですから、あの森のことならば誰よりも詳しい自信がありますよ」


 そう、ちょっとだけ自慢げに語るスフェンに、フレイヤたちが苦笑する。だが地元の者の話が聞けるまたと無い機会、みすみす逃す手もなかった。


「ほう……ならば飛び入り参加で申し訳ないのじゃが、我も共に行って森の歩き方の手ほどきをお願いしてもよろしいか、スフェン殿?」

「ええ、もちろん構いませんよ」


 そう快諾してくれたスフェンに案内され……クリムたちは、防衛目標である白の森探索に繰り出したのだった。




 ◇


 そうして、森の防衛上大切そうな場所の指導を受けながら歩き回っていたクリムたちだったが。


「あら……あなたたちも、森のお散歩中?」


 不意に背後から掛けられた少女の声に――クリム、フレイ、フレイヤの三人がバッと振り返り、身構える。

 一人動けずに戸惑っているのは、この中で一人面識のないスフェンだ。


「あ、あの、皆さん、この少女が一体……」

「スフェンよ、こやつが、バアル=ゼブル=エイリーじゃ」

「……そんな、こんな幼い少女が!?」


 驚愕の表情を浮かべながらも、弓矢を構えるスフェン。そんな様子を横目で見ながら、クリムも背中に伝う冷や汗の感触に内心舌打ちする。



 ……今日のこの眼前の少女は、以前街でお茶を共にした時とは違う、正しく『悪魔』としての少女だ。



「……どうやら盟主様の様子を見るに、本当らしいですね……首魁自ら現れたのは何の目的ですか? 敵状視察、それとも戦力を削りに来たとか、そういった目的ならば見逃すわけには……」

「必要無い」


 弓に矢を番え、少女に矢を向けならがのスフェンの問いに……だがしかし悪魔の少女は、ただの一言で切り捨てた。


 ……ただ、それだけ。


 たった一言発した声だけにもかかわらず、その圧力が尋常ではなかった。威圧され、ぐっ……と言葉に詰まったスフェン。

 そんな彼から興味を失ったように、エイリーはクリムたちへとその視線を向ける。


 以前、共に茶をしていた時とはまるで違う、ただ見られただけですくみ上がるようなその視線。


 それは――全てを己が色に塗り潰す、王の視線。


「……どうやら、妾に立ち向かう戦力は集まったみたいね。あなたたちが挑んでくるのを、妾は楽しみに待っているわ」


 うっすらと口の端を持ち上げただけの微かな笑みを残し、ただそれだけをクリムに告げて、エイリーの姿がふっと消えてしまった。


「……どうやら、向こうも準備万端で迎え撃つつもりみたいだな」

「あの子、今までの悪魔たちとは違うね。正面からガチンコ勝負なんて」

「うむ……そしてそんな相手は、本当に怖い相手じゃろうな」


 ――小細工無しで、正面から叩き潰す。


 少女がクリムたちに残していったのは、そんな宣言だった。


 だがクリムたちとて先へ進まねばならないのだ、こんなところで少女の圧力にただ呑まれているわけにはいかない。


「――来週の、日曜日。その日に攻略を開始しよう」


 そう告げるクリムの宣言に……フレイヤも、フレイも、緊張の滲む表情で頷いたのだった。

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