吟遊詩人

「ルアシェイアの皆様、ご助力本当にありがとうございました。おかげさまでこのフローリアを襲った不死者たちは駆逐されたようです」


 今回の騒動に関わったクリムたちは、フローリアの王宮に呼ばれ、女王フローライト直々に礼を述べられていた。


 だが、クリムたちとしては彼らへの協力自体は惜しむつもりはないため、礼は不要と思っている。

 それよりも……気掛かりの案件に対する情報の方が欲しいというのが、今回素直に呼ばれた理由としては強い。


「それで、我らの話した悪魔、ビフロンスの姿は……」

「はい……結局、それらしい者の姿は森のどこにも居ませんでした。もしかしたら、すでにこの地には居ないのかもしれません」


 そう、申し訳無さそうに語る女王。


 だが、この森の出来事であって知らぬ事などないであろう彼女が言うのだから、もうこの地にあの悪魔は居ないのだろう。


 今度はどこに厄介事を持ち込んでいるかは気掛かりではあるが……しかし一方でこれ以上敵が増えないならば、すでにいっぱいいっぱいなこの地の情勢を考えると吉報でもあった。


「それで……この後のことですが……あっ」

「……姉上!」


 協議を続けようとする女王だったが……しかし、その華奢な体が微かに傾いだのを、女王の弟であるスフェンを始めとした皆が見落とす事はなかった。


 咄嗟にその体を支えたスフェンは、大丈夫ですと強がる姉を強引に着席させる。


「あの……女王様、ちゃんと休んでください!」

「姉上、私からもお願いします。今姉上に倒れられたら、民たちも不安になりましょう」


 必死に説得するリコリスとスフェンに、女王はしばらくパチパチと驚いた様子で目を瞬かせ……すぐにふっと、表情を和らげた。


「……そうですね。それではお言葉に甘えて、休ませてもらいます。ありがとうスフェン、それと可愛らしい機械のお嬢さんも」


 そう言って、椅子の背もたれに体を預けて瞳を閉じる女王フローライト。緊張が解けた途端に意識が落ちたのをみるに、相当に限界だったらしい。


 それを見届けると……スフェンを除く皆は静かに退席し、この日の会議は解散となったのだった。





 ◇


「……女王様、やっぱり疲れているんだねー」

「そりゃまあ、気が休まる状況じゃないからな。今は少しでも彼女の負担にならないよう気をつけるべきだろう」


 先ほどの女王の様子を思い出して、フレイヤとフレイが語り合う。そしてそれは、皆が同意見だった。


 さて色々と事態も落ち着き、クリムたちルアシェイア一行にも束の間の暇も出来たわけだが。


「セレナと言ったな、セツナを監視につけたから大丈夫とはおもうが、あの子、どうしているだろうか」

「たしか、兵の監視付きで自宅謹慎なんだよね。行ってみる?」

「そうじゃな……件の弟の病気も、何らかのクエストかもしれんしな。様子を見に行ってみるとするか」


 フレイの提案にフレイヤとクリムはそう即決し、皆で街の片隅にあるというセレナの家を目指す。


「しかしまぁ……仕方なかろうが、花の都とは思えん重苦しい雰囲気じゃな……」

「街の空気が重いです……」

「街の人の顔も、ずっと暗いの」


 あの絶望的な規模の大群を目にした直後に、アンデッドの襲撃未遂だ。無理もないことではあるが、街の皆も相当に参っているらしい。


 そんな重い空気の街を、しばらく歩いた頃だった。


「……ん?」

「あれ……この歌……?」

「これは……聞き覚えがある歌声だな」


 まずクリムが、続いてフレイとカスミが、ふと顔を上げる。

 風に乗って流れてくる、まるで春風のような穏やかな歌声。この辺りだけまるで霧が晴れたかのように、雰囲気が華やいでいる。


 何だろうとフラフラ近寄っていったところ……どうやら川べりの花畑に里の外から来た客人が居るらしく、子供達を中心にその旅人を囲んでいるらしいのが見えた。


 まるで歌声に吸い寄せられるように接近していくクリムたちに……人垣の外縁部に居たこれまた旅人の一人が気付き、振り返る。


「……げ」

「お主……スザクではないか!」


 クリムの姿を見た瞬間、露骨に嫌そうな顔をした剣士……それは、見知った部活の先輩、『竜血の勇者』スザクだった。


「では、あちらで歌っているのは……」


 最前列へ目を向けると、そこでは子供達が、一人の少女を取り囲むように座り込んで楽しそうに笑っていた。その後ろを、大人たちも一人、また一人と足を止めて歌声に耳を傾けている。


 そこには……ひと抱えほどあるケルティックハープを奏でながら、まるで重苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように歌っている、桜色の髪の少女がいた。





「ふぅ……あれ? クリムちゃん、こっち来てたんだー?」


 一曲歌い終え、観客たちの拍手にひとしきり礼を述べたところで……彼女はクリムたちの姿を発見したらしい。

 おいでおいでと手招きする少女に、クリムは皆を代表して疑問を投げかける。


「霧須サクラ……ではないのじゃな?」

「うん、そうだよー。一般プレイヤーとして遊ぶために運営に融通させました、ふふん」

「……あれ、マジだったんじゃな」


 自慢げに胸を張り、あっけらかんと笑う彼女に、クリムが苦笑する。



 ――今の彼女は『霧須サクラ』と髪色こそ一緒だが、細部でちょこちょこと容姿が異なっていた。


 見た目は、ヴァーチャルアイドルである『霧須サクラ』の完璧に整えられた容姿を、少しリアル側に寄せたような姿。髪は頭の後ろでポニーテールに結われている。


 服装も、旅装混じりの旅芸人衣装……たしか、吟遊詩人トゥルバドールセットという名の公式販売のアバターセットである、若草色の衣装を纏っていた。



「というわけで、こっちのお忍び姿の時は『ハル』って名前だよ。よろしくね?」

「うむ、承知した」


 にこやかに挨拶してくる彼女に、クリムたちも快く頷いたのだった。




 そうして出会ったスザクら一行も交え、皆で芝生に輪になって、現状についての情報共有を行う。


「なるほどな。相変わらず厄介ごとに巻き込まれてんな、お前」

「ほっとけ、好きで巻き込まれているのでは無いわ!」


 事情を説明したところ、スザクに呆れたように言われて食ってかかるクリム。


「まあ、それが君のいいところなんだろうねー」


 と、のんびり語るのは、すっかり少年少女に懐かれて、ハープの弦の弾き方を教えたりして子供達の相手をしているハル。


「もう、そういう星の下に生まれたのだと諦めるしかないのかのぅ……ところで、先程からずっと気になって仕方ないのじゃが」


 スザクとハルは、二人パーティーではない。

 もう一人NPCの少女、ダアト=クリファードが居るはずなのだが……その、少し離れた場所に居る少女はというと。


「なあスザク、我、なぜダアトにやたらキツく睨まれておるのじゃ?」

「さあ……なんでだ?」


 クリムは、特に彼女に嫌われるようなことはした覚えが無い。


 無いのだが……最初は別に険悪ではなかったNPCの少女は、何故かクリムの話を聞いていくうちに機嫌が悪化の一途を辿り、今ではすっかり敵意剥き出しに睨まれる事態になっていたのだ。


 何が良くなかったのだろうかと首を傾げているクリムに、不機嫌極まりないといった様子のダアトが、渋々と口を開く。


「だって……その魔王、なんでいつもい〜〜〜っつも勇者みたいなことしてるのよ! 勇者様はスザクなのに! スザクもさぁ、勇者として負けて恥ずかしくないの!?」

「「あっハイごめんなさい」」


 すっかりおかんむりな彼女の言葉に、クリムとスザクの二人、見事に声を揃えて謝るのだった。








【後書き】

・課金装備


 購入後は所有権は永続。DUOのそれは価格共々良心的と評判。


 さすがにクリムたちトッププレイヤーの纏う装備には遠く及ばないものの、初期に入手可能な装備としては破格の性能を誇り、デザインも非常に凝っているためファッション着として購入する者も多い。


 リアルマネーさえ出せば開始直後から入手可能とあり、一部プレイヤーからは忌避されがちな面もある。


 ……が、今回に関して言えばハルは明らかに育成不足のキャラでスザクについて辺境地域へ行くという事情もあり、少しでも彼の負担を軽減するため購入したという事情がある。


 余談であるが、彼女はすでに親からの小遣い等は一切貰っておらず、全て自分で稼いだお金でやりくりしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る