悪魔の少女エイリー

「はぐ……はむ……」

「エイリーちゃん、美味しい?」

「……(こくり)」


 小さな口で、一生懸命にはむはむと団子に齧り付くその姿は愛らしく、周囲に居た者は皆、思わず表情を緩めその光景を見守っていた。


 だが、そのような食べ方では当然ながら口の周りにタレが付着するわけで。


「口の周りベタベタだねー、こっち向いて?」

「むぐ……ありがとう」


 少女は、口の周りについたタレを湿らせたハンカチで拭われて、素直にフレイヤへお礼を口にする。

 すっかりお姉ちゃんモードになっているフレイヤはそんな少女の様子満足そうに眺め、ハンカチを畳んでポケットへ仕舞った。


 それは、すでにこの眼前のゴスロリ少女の皿には食べ終わった団子の串が五本鎮座していることさえ無視すれば、実に心温まる光景なのだが……


「……何だろうな、この状況」

「……我に聞かれても困る」


 何故、この街を襲撃予定の悪魔……バアル=ゼブル=エイリーと仲良くお茶しているのか。


 引き攣った笑みを浮かべ呟いたフレイの質問に、苦い抹茶を啜りながら苦々しい表情を浮かべたクリムはただ、そう返すのだった。




 ◇


 結局、周囲からの「お前の領分だろなんとかしろよ」という圧力に耐えかねて、渋々とクリムが話をすることになったのだが……まず何よりも気になることがあった。


「……先程から遠慮なく食いまくっておるが、お主、その団子の代金は持っているのじゃろうな?」


 そんなクリムの何気なく呟いた言葉に、少女の、七本目の団子を貪る口がピタリと止まる。


「……代金?」

「お金、持っとるのか?」

「………………お金?」

「……分かった……支払いは我がやっておくから好きに食っておれ……」


 見た目がどれだけ愛らしくても、少女の存在は核地雷のようなものだ。それが食い逃げなどという、しょうもなさ過ぎる理由から爆発でもされようものならば、たまったものではない。

 長考の末に、首を傾げ聞いてくる少女に、クリムは諦めたようにがっくりと肩を落とすのだった。



 ――話していて疲れる。



 話自体はきちんと通じるが、そのテンポがどこかズレているためにどうにもペースが掴めない。


 だが……困ったことに、どこか憎めないのがまた厄介だ。


 ついつい幼い子供の相手をしているような気分になり、ベリアルの時のように怒り任せに話をぶった切ることも難しいのだ。


 ……が、それでも捨ておけぬ事がある。


「そもそも……何でよりによって、この街でのんびりしておるんじゃ、お主は」

「ん……暇だったから。あなた達の準備ができるまで、妾のやる事が何もないのよ」

「いや暇だったからて、バレたらヤバいじゃろうが」


 発覚、即開戦の敵のお姫様が、よりによって宣戦布告先でお茶してたなど問題しかないというのに。


「大丈夫、妾の顔は割れてないもの。この姿のせいか、皆親切で助かるわ」

「だとしても、普通はこれから襲おうっていう敵地真っ只中には遊びに来んじゃろうが。敵情視察とかでもなければ」

「そうなの?」

「そ、う、じゃ。常識的に考えればの」


 至極真っ当に諭すクリムに、少女はしばらく首を傾げて考え込んだのち、納得が行ったとばかりにポンと柏手を打つ。


「甘いわね、夜の精霊の子。妾が司るクリフォ2iは『愚鈍エーイーリー』よ」

「……それが?」


 無表情のまま、胸を張って自分の肩書きを紹介する少女に、クリムは半眼で睨みながら先を促す。


 そして……彼女は、自信満々に言い放った。


「だからそんな常識なんて知らないわ、だって私バカだもの」

「開き直ったバカとか最悪じゃな!?」


 思わず全力でツッコミを入れ、クリムはぜぇはぁとテーブルに崩れ落ちた。

 認めよう、完敗だ。何に負けたのかは全く分からないが。


 しかし横でオロオロと心配しているルージュの頭を撫でてやりながら再び起き上がると、新たに質問を口にする。


「そもそもなんじゃ、その『クリフォ』というのは」

「……ああ。そうね。今の人はそこから知らないのね。いいわ、教えてあげる」


 そう、今まさにかぶりつこうとしていた九本目の団子をそっと皿に戻しながら、少女は姿勢を正してクリムたちへと向き直る。


「構わぬのか?」

「ええ。知ってもあなた達のやる事は変わらないでしょうから、構わないわ」


 どうやら、今まで謎だった悪魔たちの話を、首魁から直接聞けるチャンスらしい……それを察したクリムたちもまた、表情を引き締め直して彼女の言葉に耳を傾ける姿勢を取るのだった――……

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