遭遇
「そう……エルフ以外の何者かが、接近してきているのね……意外と来るのが早かったわね」
彼方から飛んできて、眼前でホバリングしている蠅に対し、まるで会話するように呟く少女。
子供の頭くらいのサイズの蠅というのはなかなかにグロテスクだが、少女はただ無表情でその蠅を見つめていた。
――全身黒で頭からつま先まで統一されたゴシックロリータスタイルを纏う、小学生くらいの銀髪赤目の少女。当然ながら、森の最奥に居る格好や人物としては、あまりにも不似合いだ。
そしてそれが……無数の蟲たちに囲まれて、眉ひとつ動かさぬ無表情で傅かれているならば尚更。
「……そうね、未熟なエルフたちとのお遊戯もいい加減に飽き飽きしていたし……ベリアルの奴が苦渋を舐めさせられたという、黄昏の刃を振るう赤の王。その力、この妾が直々に確かめさせてもらうわ……!」
少女が、報告にあった集団のいる方角へとビシッとポーズを取るように、手を伸ばし指し示す。
すると……その足元からまるで湧き上がるようにして、小学校の高学年くらいの子供並なサイズをした六本足のダニのような生き物が、ギシギシと関節を軋ませて這い出してきた。
その数……ざっと数十。
それらの大軍が一斉に森の中を這いずり回って去っていくのを眺めながら……
「……あ、ここは『妾が直々に裁定してくれようぞ』の方が威厳があったかしら? ……え、どうでもいい? そう……」
ふとポーズを解いて首を傾げ、側に控える蠅に尋ねた少女だったが……器用に空中でホバリングしたまま、やれやれとポーズを取ったその蠅の反応に、彼女は無表情でありながらもとても残念そうな様子で、がっくりと肩を落とすのだった。
◇
花の都フローリアから、早足で歩いて一時間ほど北に歩いた森の先。
「――あれか」
物陰に潜んで双眼鏡を覗いていたクリムが、うげぇ、という嫌そうな表情をする。
敵は……まあ間違いない蟲だ。てんとう虫を、かなりの割合台所に出没するあの黒い悪魔に近づけたような姿をしているのはいただけないが。
そんなずんぐりむっくりとした体躯の、幼稚園の子供くらいのサイズの蟲が『ハルニアの木』に群がって、幹にストロー状の口を突き刺して吸っている。
――正直、あのサイズが十数匹、一本の木に群がっている絵は気持ち悪い。しかもそれが何本にも渡り広がっている光景なのだから、尚更だ。
「クリムちゃんごめん、私ムリかも……」
「あー、フレイヤは昔から、虫の集合体とかダメだったもんなぁ」
そうクリムに縋って真っ青な顔をしているのは、集合体恐怖症の気があるというフレイヤ。
一体ならば平気なのだが、多数の足がわちゃわちゃと蠢いていたりすると途端に気持ち悪くなるのだという幼馴染に……クリムは、そういえば小学生の時の夏休みにフレイと競いカブトムシをはじめとした昆虫類を取りすぎて、カゴいっぱいの虫を見た彼女を卒倒させてしまった事があったなとふと思い出し、苦笑する。
「でも、正直あまり見ていたい光景では無いよね……」
「とりあえず私たちは、アレを駆除していけばいいです?」
「ガンナーで良かったって今しみじみ思ってるの……」
声を顰め隠れている皆の会話からすると、どうやら平気なのはクリムとフレイと雛菊、ちょっと苦手なのがカスミとリコリス、フレイヤは全然ダメと、クリムはそれぞれの精神的ダメージをざっと計算するのだった。
それでも、依頼な以上は対処しなければならない。そう気合い入れて、武器を構えた……が、しかし。
「――どうやら、あの木を吸っているやつは後回しだな……新手だ」
フレイの言葉が発せられるよりわずかに早く、クリムたちはそれぞれ背中合わせになった円陣を組み、周囲を警戒する。
――そこは……すでにクリムたちは、いつのまにか周囲に湧いて出ていた蟲……樹液を啜っているてんとう虫Gとは違う、まるで鎌のように鋭い刃を備えたダニのような蟲の群れに囲まれていた。
存外素早く静かな動きで背後まで回り込んだ蟲たちの数、ざっと見回して五十匹は下るまい。
「一つはっきりしたな」
「ああ……蟲たちの裏に、統率している何者かが居る」
六本足の黒い蟲たちは、明らかに何者かの意思を受けて動いている。でなければ――
「罠だと思いますですか?」
「いや、罠ならばこのような露骨に退路を設けんじゃろ。もっと迂遠に、じわじわと、気がついたら嵌まっているように行動を誘導するはずじゃ」
雛菊の質問に対し、クリムは解説する。
あまりにも露骨すぎる退路に、これが罠を仕掛けたつもりならばよほどの阿呆か策士かであろうとクリムは判断する。
「向こうから、全然攻撃してこないの。まるでこちらが仕掛けるのを待っているみたい」
ただギチギチと殻が擦れ合う耳障りな音を鳴らし、横歩きで周囲を旋回しているだけの蟲たちの動きに、リコリスが首を傾げる。
彼女の言葉通り、向こうから仕掛けてくる様子はないが……一方で穏便な空気は感じられず、何か動きがあれば仕掛けてくるであろうくらいに一触即発の状態だ。
「うむ。おそらくこれは、こちらの偵察。こちらと交戦するにはどれくらいの戦力が必要な相手なのか……いや」
クリムは周囲を包囲する蟲たちの用兵ににどこか無邪気な癖を感じとり、その裏で糸を引いている差し手の姿を予想する。
その直感じみた予想からすると、この敵がこちらに興味を持っているのは……
「
どうやら、なかなかに傲慢な相手らしい。内心のちょっとイラっとした揺らぎが周囲の空気に伝播して、樹々がかすかにざわめいた。
「で、どうするクリム、さっさと退くか?」
「うむ……当然、最善手はこちらの手を晒さずに離脱する事であろう。それは、我もよく分かっておる」
逃がしてくれるならば、何の情報も与えずに立ち去るのが最善だろう。このゲームを始めた当初のクリムならば、迷わずそうした筈だ。だが……
「じゃが……それでは、面白くなかろう?」
そう、クリムは手を掲げると――彼方にある山嶺の方、ある一点からチリチリと視線が突き刺さる方角を睨んで、ニィ、と口の端を釣り上げた。
そんなクリムを見たフレイはただ、仕方ないなと肩をすくめて魔本を構える。他の皆も、ほぼ同様に呆れ混じりでそれぞれの武器を構え始めた。
だが……反対意見は無い。蟲たちを前に青ざめているフレイヤに至るまで、全員が頷いた。
それを確認し……クリムは大きく息を吸い、命令を発する。
「――我ら『ルアシェイア』のギルドマスターが命じる! 我らが
『――了解!!!』
クリムの号令に対し揃って返ってきたその返事と共に――一人一殺、瞬き一つの時間で6体の蟲の足が宙を舞うのだった――……
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