忍者の少女①
フレイヤとのデートを終えて、二人が『Destiny Unchain Online』にログインすると……そこではいつもの中庭にてお茶会が開かれており、アドニスが甲斐甲斐しく給仕する中で、フレイが誰かと席を共にしていた。
「おかえりクリム、それに姉さんも」
「ええ、ただいまフレイ」
「それで……なんじゃ、お主また来ておったのか」
「ええ、お邪魔してました赤の魔王さま! お茶もお菓子もすごく美味しいわ!」
そう元気に告げながら、案外と行儀の良い所作でケーキをフォークで口に運び、満面の笑みを浮かべる少女。その様子に、給仕しているアドニスは満更でもなさそうに微笑んでいた。
その、フレイの対面に座る少女……それは、先日殴り込みをかけてきた、鮮やかな金色の髪を持つ忍者装束の少女だった。
だが今改めて見て、クリムはふと、少女が人間族でないことに気づく。
「お主、鬼人族……にしては様子が違うのう。何かのレア種族かの?」
そう、クリムは彼女の前髪の陰からぴょこんぴょこんと生えている、よく見なければ見落としてしまいそうな小さな二本のツノを指して訪ねる。
また、鬼人族は全種族最大を誇る高いSTR補正に見合うだけの、筋骨隆々とした鋼の筋肉を持つ種族だ。どれだけ頑張ってキャラメイクをしても、少女のような小柄で細身の少女にはなり得ない……筈だ。
「そうよ、『
……クリムも聞いたことのない種族だ。フレイに視線を送るも、攻略サイトや匿名掲示板をよくチェックしていて知識豊富な彼ですら、知らないと首を傾げている。
「『
「へぇ、あとはどんな特徴があるのかな?」
そう、意気揚々と答える金髪少女に、クリムがさらに質問する。
そのまま続きをしばらく待っていたのだが……少女はただケーキに夢中であり、それ以上の事は語らなかった。
……まさか、とは思うのだが。
「……え、それだけ?」
「それだけよ! あとはぶっちゃけ全部『
そんなまさか、と思いながらの質問を、意気揚々と肯定された。
確かに、鬼人族は非常に優秀なレア種族だが……まさか、その下位互換などということが果たしてあるだろうか。
あるいは、少女は何かを隠しているか……と考えたところで、クリムはこれ以上追求するのをやめようと思い直す。話したくないことを無理矢理聞き出すのは、主義に反するからだ。
そうして、アドニスに椅子を引かれるままテーブルにつき、素早く眼前に置かれた、紅茶が注がれたカップを手に取る。
「まあ、いいか。それで……我の首を獲るとかいうのはもう良いのか?」
「えぇ!? クリムちゃん、そんな物騒な話になってたなんて私聞いてないよー!?」
「うむ、なんでも父親に認めてもらうため、私を倒そうと以前一人で乗り込んで来たのじゃが……」
先日のことのあらましを、おなじくテーブルについたフレイヤに説明していた――その時だった。
「なるほどお師匠の首を獲りにここまで潜入してきた……つまりPKですね?」
「ひっ!?」
不意に、新たな声が場に加わった。
同時に、少女の背後からその首に添えられる、鋭い刃。
そこには……いつのまにか居たのか、PKキラーモードで爛々と喜色に目を輝かせた、雛菊がいた。
「あ、雛菊ちゃん。お疲れ様、リアル忙しかったみたいだけど大丈夫?」
「はいです、何やらPKさんの気配を感じてログインしたら、ドンピシャリでした」
――何それ怖い。
そう思いながら、賢明にも口に出すのは控えたクリムたちだった。
「それでお姉さん、PKさんなんですよね? ねえ、プレイヤーキラーさんなんですよねぇ?」
「な、なな、何ですかこの子ぉ!?」
光の無い瞳でジッと見つめながら笑っている雛菊に、少女が完全に泣きの入った声でクリムに助けを求める。
――わかる。めっちゃ怖いもん。
これにはクリムも心底から少女に同情しながら、さすがに可哀想になって助け船を出すことにした。
「雛菊ちゃん、ステイ、ステイ。大丈夫だよ、もうその気は無いみたいだから許してあげて?」
「……はい、わかりましたです」
どこか不満げな声で、しかし素直に言うことを聞く雛菊に、一同ホッと安堵の息を吐く。
そうして、雛菊にも紅茶……甘いミルクティーを出してあげてから、ようやく本題の話を始める。
「……それで、先日のことを話したら、おとーさんに言われたんですよぅ、『お前さぁ、突然誰かの首狩りに行くとかそれ忍者じゃなくてヤベー奴だろ』って。めっちゃ呆れて怒られたんですぅ」
少女が、すっかりしおらしくなった様子でことのあらましを語る。
なるほど、その意気消沈した様子を見るに相当怒られたらしい。「なんかすごい忍者」らしい父親はどうやらまともな人らしくて良かったと、胸を撫で下ろすクリムであった。
「そこで思ったのです! 忍者になる上で、私に足りないものがあったと!」
「そ、それは?」
グッと拳を握って力強く主張する少女に、ちょっと嫌な予感がしつつクリムが聞き返す。
「主君です! 言い換えるとご主人様です!!」
「……忍者ならお館様とかのほうがそれっぽくないかの?」
「じゃあそれで!」
さっくり手のひらを返しクリムの意見を採用した少女が、テーブルに乗り出すようにしてクリムへと詰め寄る。
「というわけで……赤の魔王クリム、あなたが私のお館様になってくれてもいいのですよ!」
バァーン、と音を立てそうなくらい胸を張り、偉そうにそう曰う金髪の忍者少女。
その自信満々な様子に、クリムたちはというと……
「そういえばクリムお姉さんとフレイヤお姉さん、今日はなんで、そんな離れて座っているんです?」
「えっ!? いや、ベツニナニモオカシクナイヨ?」
「そ、そうそう、いつもこんな感じだったよねー?」
雛菊の指摘に、慌てて弁明するクリムとフレイヤ。ちなみにこの時フレイは横で肩を震わせて爆笑していた。
「嘘です、二人はいつも絶対隣に座ってベタベタしてるです」
「「ゔっ……!?」」
雛菊の指摘に、クリムとフレイヤは呻き声を上げてお互い見つめ合い……すぐにまた、パッと目を離してしまう。
システムがオーバーに感情表現した結果、二人揃って真っ赤に茹だっているその様子を見た雛菊は、さらにクリムたちをジトーっと睨んでいた。
「って無視しないでくださいよーぅ!?」
「うわっ!? わかった、分かったからマント掴んで揺するのはやめい!?」
ついには号泣しはじめた少女に服を掴んでガックンガックン揺さぶられ、クリムは根負けして仕方なしに話を聞く体勢を取る。
「で、まず我、まだ根本的なことを知らぬのじゃが……お主の名は?」
「はい、セツナと申します!」
クリムの問いに、シュピッと手を挙げて返事を返す少女……セツナ。その顔にはすでに涙はなく、満面の笑顔だ。
――喜怒哀楽の激しい娘だなあ。
まあコロコロ変わる表情は実に子供らしく可愛いもので、それ自体は見ていて楽しいので悪い印象は無い。
ちょっとうるさいのは玉に瑕ではあるが、悪い子でもなさそうなため、ギルドに入れるのも特に問題ないだろう。
だが……その前に、試しておきたいことがあった。
「良かろう、では、少し実力を見せてもらうとするかの?」
「……クリムちゃん?」
「すまぬが止めてくれるな。我は少々、こやつに興味がある」
クリムが気がかりな事――少女の実力が、読めない。
隙だらけでドッペルゲンガーや雛菊に背後を取られ、泣かされていたものの……しかし一方で、この少女はセイファート城奥深くまで潜入してきたのも、また事実なのだ。
「では、魔王様と戦えばいいのですか!?」
「うむ、私が見定めてやろう」
「では、お願いします!」
そう元気に言って、椅子から軽い身のこなしで飛び退った少女が、広場に降り立つと同時に腰の後ろから短刀を抜き放ち、姿勢を低くして逆手に構える。
その姿に余計な力みは見受けられず、ずいぶんと手慣れている様子がある。更には……
――ほぅ。
少女の雰囲気が、変わった。ピリッと全身に走る感触は……殺気。それも、あまりにも濃密な殺気だ。
――なんと、ずいぶん透明な殺気じゃな?
少女からは、表情が消えていた。そして今発しているそれは、私情の一切混じらぬ、ただ目標を狩るという純粋無垢な殺意。
――だが、先程までの様子との温度差が激しすぎる。
なるほどこれは油断ならぬと、クリムも魔法により短剣を取り出し、握る。
「……フレイ、戦闘開始の合図を頼む」
「ああ、コインが落ちたらでいいな?」
「うむ、お主もそれで良いな?」
クリムの問い掛けに、少女はすり足で微妙に位置調整し、油断なくこちらの動きを伺いながら、頷く。
先ほどまでの残念な子という様子はすっかりと鳴りを潜め……冷たい目をした今の少女は、眼前の相手を血祭りにあげるにはどうしたら良いのかを常にしたたかに計算している、殺戮人形のような雰囲気を纏っていた。
一切の邪気の感じられぬ先程の天真爛漫な少女と、今の研ぎ澄まされた妖刀のような、雛菊にも負けぬ剣呑な気配の少女。まるでスイッチのオンオフを切り替えたかのような変貌ぶりに、さしものクリムも舌を巻く。
それは――おそらく現代社会において不要な、暗殺者の天凛の才。
――これは、思わぬ拾い物かもしれぬな。
クリムが、口の端を緩める。
心が昂っていくのを感じる中……フレイが親指で弾いたコインが落下し石畳を叩き、戦闘の火蓋が切って落とされたのだった――……
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