船出

 ――そうして、イベントダンジョン完全攻略祝賀パーティーが始まった。




 さすがにクトゥルフ戦の間は姿を隠してもらっていたルージュたちも呼び出して、時折あちこちで焼いているたこ焼き(クリムはタコのかわりにチーズを入れて貰っていた)をつまみながら、お祭り騒ぎを眺める。


「あ、あふいでふ……!」

「だ、大丈夫?」

「よく冷まさねば危ないぞ、気をつけような?」


 そう、クリムとフレイヤがちょっと涙目ではふはふ言っている、今は妖精さんではなく人間形態に戻っているルージュを気遣いつつ愛でながら……


「ところで……これ、そやつ的にはどうなんじゃろうな?」


 クリムが、十分に冷ましたチーズ入りの偽たこ焼きを、ルゥルゥの膝の上に居るクルゥに食べせながら、ふと疑問に思ったことを尋ねる。

 その質問に、周囲の空気がギシリと凍結した気がする、が。


「『知らんし。というか何だその足、余の物ではないぞ』……だそうです」


 何故かさらっと通訳するルゥルゥの言葉に、腕(?)を組んで「うむ、うむ」と頷いているクルゥ。

 どうやら狩られた眷属の触手と、ドロップ食材であるタコ脚は別のものらしい。

 釈然としないものを感じつつも、本人がそう言うならば問題ないだろう。周囲に安堵の空気が流れ、再び喧騒が再開した。


 その後、ほかのギルドでも食材を提供し始め、さまざまな海鮮を網焼きにし始めるプレイヤーたち。

 クリムたちも、いくつかのカトゥオヌスからドロップしたS級食材を提供したりして、そのたびに歓声と、美味へのため息が上がる。


 そんな風に、ルルイエが沈む時間までは刻一刻と進んでいき……やがてイベント期間終了と同時に、波止場に帰還用の大型船が停泊した。


 どうやら完全に海へ沈むまでは滞在を許してくれるようで、それと併せて全プレイヤーのHPは最大値でロックされ、ここ水没都市ルルイエの全てのエネミーや防衛装置の稼働が停止したことで、最後に安全になった島の見学に行った者たちもいる。




 ◇


 ……そうして皆が思い思いに最後の時間を過ごし――やがて、出航の時間が来る。


「……正直ロクな目に遭った覚えの無いイベントじゃったが、これでお別れとなるとやはり寂しいものじゃな」


 クリムは、傍らにぴったりとくっついている少女……遠くで海中に沈降していく水没都市ルルイエを眺めながら、目に涙を溜めているルージュの頭に、ポンと手を置き、そう呟く。


 見れば雛菊とリコリスの肩にそれぞれちょこんと座っているヒナとリコも、寂しげにルルイエの方をじっと見つめていた。


 彼女たちにとっては、やはり故郷は故郷なのだ。その心境は穏やかではないだろう。


「私も……思えば、ほとんどの思い出はあの島にしかありません。そういう意味では私にとっても故郷になるんでしょうかね?」


 そう語りながらルージュとは反対側の隣に立ったルゥルゥが、どこか寂しげに、潮風に揺れる髪を押さえながら呟く。


「む、そうじゃったのか?」

「ええ、幼い頃に送り込まれ、ずっと機を窺っていましたから。でもこの子、本人の意思に関係ない周囲に放出している呪いが大問題でしたが、暮らしている側にとっては案外といい為政者だったのですよ?」


 クスクス笑いながら、腕の中でこちらも沈む都市を眺め意気消沈しているクルゥを撫でる。

 ルゥルゥの言葉を聞いて、意外そうに見つめるクリムの視線を受け……プイッと目を逸らしたクルゥは、どうやら照れているらしい。



 ――そういえば「例の神話」でも眷属が悪さしていたけど、本人はずっと眠っていてたまにろくでもない電波撒き散らすだけで、特に何か積極的に悪事は働いてなかったのう。少なくともどっかの這い寄るアレに比べれば。



 そんなふうに納得しているうちに、もはや水平線のあたりに見えていた水没都市が、やがて全て海中へと没した。


 こうして……夏休みの公式イベント『水没都市ルルイエ』は、終わりを迎えたのだった。






 ◇


 ――そうして、帰ってきたセイファート城。



「では、赤の魔王クリム=ルアシェイア様。本日より、しばらくこちらでお世話になりますわ」

「う、うむ、くるしゅうない、滞在中は楽に過ごすがいい」

「ふふ、お気遣いありがとうございます」


 そう、メイドのアドニスの見立てによって封印の御子の簡素なワンピースからお嬢様風の私服に着替えたルゥルゥが、スカートの裾を摘んで軽く膝を折る。


 そんな所作が堂に入った美少女に気圧されているクリムだったが、彼女は特に気にした様子もなく、柔らかく微笑んでいた。


 ……何故、彼女がセイファート城に居るのかと言うと。



「お前の城なら学校もあるし、彼女の勉強したいという当面の目的に合致するだろうし、あそこは安全だから滞在するには丁度いいだろう」



 そんなソールレオンの鶴の一言に、プレイヤー皆が満場一致で賛同し……かくして封印の御子と邪神がセイファート城の居候として追加されたのだった。




 ……ちなみにクルゥは水没都市ルルイエの支配者であり、ルージュたちドッペルゲンガーにとっては一番上の上司でもあるのだが。


 そのため彼はルージュたちには尊大な態度に出ているものの……残念ながら今のゆるキャラ姿では彼女らに歓迎はされても恐れ敬われる事はなく、ルージュの頭の上でふんぞり返っていても可愛くはあるが、威厳もへったくれもないのであった




 クリムは、そんなふうにまた賑やかになった我が城を眺め……


「……なんだか我らの居城、行き場の無いNPCたちの駆け込み寺になっとらんか?」


 そう呟き、眼前に広がる平和な光景を眺めながら、しかし満更でもなさそうに苦笑するのだった――……

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